発表・掲載日:2018/05/18

大型発電用、高出力・高熱効率・低NO水素エンジンの燃焼技術を開発

-地球温暖化など大気環境保全への貢献も期待-

ポイント

  • これまで大型発電用の水素エンジンは、天然ガスエンジンに比べて出力および熱効率が低く、高負荷運転時に多くの窒素酸化物(NO)が生成される技術的な問題があった。
  • 試験用小型エンジンで、水素燃料の新しい燃焼方式を確立し、大型エンジンとして世界初の高出力・高熱効率・低NOを実現できる火花点火水素エンジンの開発に成功した。
  • 水素を大型発電用や船舶用エンジンの燃料に使用することで、地球温暖化防止や大気環境保全への貢献が期待される。


内閣府 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が推進する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」(管理法人:科学技術振興機構【理事長 濵口 道成】)において、産業技術総合研究所、岡山大学、東京都市大学、早稲田大学の研究グループは、試験用小型エンジンを用いた基礎実験で、水素燃料の優れた燃焼特性を活用した新しい燃焼方式を確立し、世界初となる高熱効率・低NOを実現できる火花点火水素エンジン注1)の開発に成功しました。この研究開発は、化石燃料への依存を低減し二酸化炭素(CO)排出を削減するため、水素燃料の用途を拡大する一環として行われました。

本開発技術の目標として、(1)正味熱効率注2)50パーセント(低位発熱量ベース注3))(大型発電用エンジンに用いられている気筒あたり33.9リットル、出力600キロワット(kW)の機関に換算)以上とすること、(2)NO排出値は、後処理装置を用いずに大気汚染防止法による規制値よりさらに厳しい大都市圏自治体条例の規制値(200ppm:O0パーセント補正値)以下とすることの2点を設定し、それぞれ上回る性能(正味熱効率54パーセント、NO排出値20ppm)となりました※)

なお、本研究は川崎重工業、海上技術安全研究所(海技研)、前川製作所と共同で行ったものです(図1)。

開発した水素エンジンの出力は、これまでに類を見ない図示平均有効圧力注4)(1.46メガパスカル(MPa))を達成し、大型発電用や船舶用エンジンの燃料に使用できることを確認しました。今後、再生可能な一次エネルギー源からの製造が可能な水素エネルギーを活用することにより、地球温暖化防止や大気環境保全にも貢献することが期待されます。

※)達成した性能を追記し、修正しました(平成30年6月8日)。


本成果は、以下の事業・研究課題・研究開発テーマによって得られました。

戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
課題:「エネルギーキャリア」
研究開発テーマ:「水素エンジン技術開発」
研究責任者:餝 雅英(川崎重工業株式会社)
研究期間:平成26年9月~平成30年3月



研究の背景

日本のエネルギー政策において、化石燃料への依存を低減しCOを削減することは重要な課題です。この課題解決のために基幹エネルギーの1つとして水素を使用する計画が進められています。このような水素社会の到来に備えるため、すでに製品化されている自動車用や定置発電用の水素燃料電池に加えて、水素の用途を幅広く拡大する研究開発や実証も重要な課題であり、国をあげての取り組みが行われています。

本研究開発テーマでは、高出力に加えて高い熱効率とNOの低減を同時に実現することで、水素を10メガワット(MW)級の大型発電用エンジンへの適用だけではなく船舶用エンジンや中・小型の定置用発電用エンジンへの展開も計画し、研究を行ってきました。

研究の内容

これまでも水素エンジンの研究は行われていましたが、水素燃料の燃焼特性が優れているにもかかわらず熱効率が低く、高負荷運転時にNOの生成が多いことが問題でした。そこで東京都市大学が提唱する、燃焼室に噴射した水素燃料噴流が分散する前の塊の状態で燃焼させる過濃混合気点火燃焼方式(PCC燃焼)注5)を採用し、燃焼室壁面近傍での燃焼を減らすことに成功しました(図2)。さらに、燃焼ガス温度の低い希薄混合気で、燃料の塊からNOの生成が増加しないように水素濃度を制御し、噴流の形状と点火までの時間を最適化してNOの生成を減らすことにも成功しました。また、排気再循環(EGR)注6)でNOの生成を抑制する方法を組み合わせ、試験用小型単気筒エンジンを用いて、熱効率は54パーセントと、現在の天然ガスを燃料とする世界最高効率の発電用大型エンジンを凌駕する性能を達成しました。その際のNOの排出量は、大都市圏の自治体条例の規制値の10分の1以下を満たすことができ、COと微粒子物質の排出がゼロに近い水素エンジンのクリーンさを向上させ、ゼロ・エミッションの実現に一歩近づきました(図3)。

さらに産総研では、冷却損失を軽減させるように設計した燃焼室を使用し、EGRと給気の過給注7)による低NO、高熱効率化を達成しながら、図示平均有効圧力がこれまでの水素エンジンでは類を見ない1.46メガパスカル(MPa)という高出力を実現しました(図3)。噴射時期をPCC燃焼条件に設定することやエンジンの設計最適化によって、より高い熱効率や出力の達成が期待できます。

以上のように、水素エンジンの高性能化には水素燃料噴流の分散状態が重要であり、本研究グループでは、制御された噴流塊の様子を把握するため、2つの新しい診断技術を開発して適用しました。その1つが、SIBS法注8)と呼ばれる、点火プラグの中心電極に光ファイバーを埋め込み、点火時の放電火花に含まれる水素濃度を光学的に計測診断する技術です。この手法により、点火位置における点火時の水素噴流塊濃度が、噴射後徐々に希薄化され、点火時にはNO生成を抑制し得る混合状態となっていることを計測することができました。もう1つの技術が、高空間解像型CFD数値計算法注9)で、噴射した噴流塊の空間的な濃度分布を可視化する技術です。この手法により、噴射した水素噴流塊が噴射後の時間経過とともにNO生成の低い希薄混合気状態に移行していく空間的な分布の様子が定量的に観察でき、試験用小型エンジンで得られた燃焼・排気性能に対し、論理的な裏付けが得られました。

今後の展開

本技術により、発電用エンジンに用いられている天然ガスなどを水素に置き換えられるため、国内の年間500万トンのCOの削減が可能となります。また、一気筒あたり600kW出力の大型機関で成立することを、開発中の3次元数値計算シミュレーションにより検証することで、水素の燃焼室内における分布が計算できるようになるなど、燃焼性能の予測が可能になります。これらの技術と、液化水素を圧縮して高圧水素にする高圧液化水素ポンプと、高圧水素をエンジンに噴射する高圧水素噴射弁の開発も合わせることにより、大型機関への適用に向けた展開を進めていきます。

参考図

図1
図1 高圧直噴火花点火水素エンジンシステムの構成と研究・開発の分担(最終システムの想定図)および目標性能

図2
(a)過濃混合気点火燃焼の噴流塊のイメージ (b)制御された伝ぱ火炎
図2 研究開発に用いたPCC(過濃混合気点火燃焼)の噴流のイメージと火炎写真

図3
図3 実現した水素エンジンの高熱効率と低NO排出性能および過給とEGRの組み合わせなどによる一層の出力向上効果


用語解説

注1)火花点火水素エンジン
多くの自動車用エンジンでは、ガソリンと空気の混合気に火花で点火する「火花点火エンジン」が用いられている。燃料として水素を用いた火花点火エンジンが「火花点火水素エンジン」である。[参照元へ戻る]
注2)正味熱効率
内燃機関の最終出力端(出力軸)で発生する仕事を供給熱量に対する割合で示す熱効率。[参照元へ戻る]
注3)低位発熱量ベース
燃焼して仕事に変えることができる燃料の持つ発熱量を「低位発熱量」と呼ぶ。エンジンでは排気ポートに排出されるガス中の水分は水蒸気であるため、燃料の発熱量には水分の蒸発熱を差し引いた値である低位発熱量が使われる。[参照元へ戻る]
注4)図示平均有効圧力
燃焼室の位置で示すエンジンの仕事量の指標。単位は圧力と同じkPaまたはMPaで示され、注1で示す最終出力端との間には、関連する部位・部品の摩擦損失が存在する。[参照元へ戻る]
注5)過濃混合気点火燃焼方式(PCC燃焼)
Plume Ignition and Combustion Conceptの略語で、燃料が燃焼室全域に分散する以前の塊(Plume)の状態で点火して燃焼させる燃焼方式。[参照元へ戻る]
注6)排気再循環(EGR)
Exhaust Gas Recirculationの略語。エンジンの排出ガスを吸入空気に還流・混合させることで燃焼温度を下げ窒素酸化物を抑制する手法。異常燃焼の抑制にも効果がある。[参照元へ戻る]
注7)給気の過給
供給する空気を過給機(排気ターボ過給機、電動または機械駆動圧縮機など)で高圧にすることによって空気の供給量を増加させる給気方式。[参照元へ戻る]
注8)SIBS法(火花誘起ブレイクダウン分光法)
Spark-induced Breakdown Spectroscopyの略語。エンジンの点火時の火花放電を分光分析し、水素成分と空気中の窒素の成分の比から、水素濃度を計測する手法。[参照元へ戻る]
注9)CFD数値計算法
Computation Fluid Dynamicsの略語。流体流動の方程式をベースにして、物質の混合や拡散を支配する数式を解き、流体の流動場や物質の濃度変化を算出する方法で、3次元場の計算が可能。[参照元へ戻る]



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