ヘテロ接合型は異型接合体とも呼ばれ、二倍体生物において遺伝子座が Aa のように異なる対立遺伝子を持つ状態を指します。Aが機能を持つ対立遺伝子でaが機能欠損突然変異である場合には、突然変異(a)が機能を持つ対立遺伝子(A)によって補われるので、機能欠損の表現型が現れない(顕性遺伝しない)ことが予想されます。それにも関わらず遺伝子機能欠損の表現型が現れる(顕性遺伝する)現象はハプロ不全(注9)と呼ばれ、例外的に見られる遺伝現象であると考えられてきました(図1)。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の大貫慎輔特任研究員と大矢禎一教授(産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)の研究グループは、真核生物のモデルとして知られる出芽酵母において、必須遺伝子のヘテロ接合型変異株の単細胞形態表現型を高次元かつ網羅的に調べ、ハプロ不全は決して例外的な遺伝現象ではないことを発見しました。出芽酵母には1,112の必須遺伝子がありますが、全必須遺伝子の59%(657遺伝子)の欠損変異株が野生型株とは異なる細胞形態を示し、ハプロ不全性を示したからです(図2)。つまり6割近くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝したことになります。
今までの常識と異なり、遺伝子の機能欠損が頻繁に顕性遺伝するということには大きな意味があります。例えば、疾患遺伝子を1コピー持つ保因者にも特徴的な表現型が現れるということは、未然に疾患遺伝子の存在を把握して疾患を防ぐことにつながるかもしれません。また、機能を持つ対立遺伝子によって補われると考えられてきた機能欠損変異が顕性遺伝するということから、顕性と潜性の優劣の概念はリセットされることになるかもしれません。
顕性遺伝と潜性遺伝はもともとGregor Mendelによって定式化され、現代の遺伝学において基本的な概念になっています。遺伝子の機能欠損はほとんどが潜性遺伝すると長い間考えられてきました。ハプロ不全は、ヘテロ接合体における遺伝子の機能欠損変異に起因して稀に見られる、遺伝子の機能欠損が顕性遺伝する現象で(図1)、はじめはショウジョウバエで研究されていました。1コピーの対立遺伝子の喪失が、癌や腫瘍形成、発達障害や神経障害を含むヒト疾患の原因になることが次々に明らかになってきたために、ハプロ不全性を示す遺伝子に大きな関心が寄せられてきています。特に、ゲノム中にハプロ不全性を示す遺伝子が一体いくつあるのかは多くの研究者の関心の的になっていました。
本研究では出芽酵母の二倍体株を使って、幾つの必須遺伝子がハプロ不全性を示すか、細胞形態を指標にして調べてみました。形態データを収集する際の条件の不一致によるばらつきを最小限に抑えるために、完全培地で培養した出芽酵母を初期対数期の正確なタイミングで集菌し、自動画像解析システムCalMorph(注10)を用いて各変異株について200個以上の細胞を解析しました。CalMorphに内蔵された自動画像識別器と分類器を活用することにより、高品質の501次元の形態情報を得ることができました。その結果、少なくともひとつ以上の形態的形質で異常を示す変異株が全必須遺伝子欠損株の59%あり(FDR=1%、注11)、また最小培地で培養することにより新たにハプロ不全性を示すものを加えると、合わせて75%もハプロ不全性を示す遺伝子が検出されました(図2)。この数は、細胞増殖速度を指標として算出されたハプロ不全性を示す遺伝子の割合がこれまでの研究では9%だったことからすると、極めて多くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝したことになります。この結果が、表現型を過大に評価したことによるものではないことは、形態情報をランダマイズ(注12)した時に得られる結果が野生型の繰り返し実験の結果とほぼ同じであることで確かめました。
どうしてこのように多くの必須遺伝子の機能欠損変異が顕性遺伝したのかを調べるために、形態表現型の特徴をよく表している形質について調べました。出芽酵母の細胞形態に関する量的形質(注13)には、平均値を表す形質、割合を表す形質、分散を表す形質があります。例えば娘細胞の大きさに関する形質でいえば、娘細胞の大きさの平均値、娘細胞を持たない細胞の割合、娘細胞の大きさの分散値がそれぞれに相当します。それらの中で、分散を表す形質を数多く用いることで多くの必須遺伝子の機能欠損が顕性遺伝することを明らかにしました(図3)。分散を表す形質は、ひとつひとつの細胞の形質を調べた後で細胞集団における分散を計算して得られます。したがって、必須遺伝子の機能欠損の多くが顕性遺伝したのは、単細胞の形態表現型をより多くの観点から定量的に調べたことによることが明らかになりました。
今回の研究でハプロ不全性を示した遺伝子のうち、9割の遺伝子で、同じような機能を持つ遺伝子の欠損突然変異は類似した表現型を示すことが正順相関分析(注14)により明らかになりました(図4)。つまり、ハプロ不全性を示す表現型のほとんどに、どのような機能を持つ遺伝子が欠損したかがわかる目印がついていることになります。例えば、様々なタンパク質を正常に機能できるよう手助けをする働きのあるシャペロニン複合体は、8種類のサブユニットタンパク質が球状に集まって機能していますが、(図4左)、各サブユニットのヘテロ接合型変異株は互いに類似した目印がついていました(図4右)。このハプロ不全性の目印を用いることで必須遺伝子の機能を詳しく研究できます。以前から知られていた遺伝子間の機能的関係を確認できるだけでなく、今まで未知だった機能的関係を推測することができるようになりました。さらにハプロ不全性を示す表現型の類似性に基づいて、遺伝子機能ネットワークの全体像を提示することができました。ハプロ不全性を示す表現型の情報は、複雑な生物学的システムを解析するためだけでなく、細胞内薬物標的を探索するためにも今後使われることが期待されます。
謝辞
本研究は、科学研究費補助金(15H04402代表:大矢禎一)によって実施されました。
雑誌名: PLOS Biology (オンライン版5月16日掲載)
論文タイトル: High-dimensional single-cell phenotyping reveals extensive haploinsufficiency
著者: Shinsuke Ohnuki1, Yoshikazu Ohya1,2* (*Corresponding author)
1東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻、2産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(OPERANDO-OIL)
DOI番号:10.1371/journal.pbio.2005130
URL:http://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.2005130