国立大学法人 東京大学 【総長 五神 真】(以下「東大」という)大学院工学系研究科物理工学専攻 荒井 俊人 講師、長谷川 達生 教授(兼)国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】総括研究主幹らは、簡易な塗布法を用いて、手のひらサイズ(10センチメートル×10センチメートル)の面積全体にわたって分子が規則正しく整列し、かつ有機分子わずか2分子分(約10ナノメートル)の厚みをたもつ、超極薄×大面積×高性能な有機半導体(注1)デバイスを構築する技術を開発しました。
印刷や塗布によりフレキシブルな電子機器を製造するプリンテッドエレクトロニクス技術は、大規模・複雑化したこれまでの半導体製造技術を格段に簡易化できる革新技術として期待されています。常温での塗布により性能を発揮する有機半導体はこのための素材として有力ですが、従来技術では、分子レベルで厚みが均質な半導体の形成は困難でした。そこで極限的に薄い生体の細胞膜にならい、分子を基板上に整然とならべた2分子膜(注2)1層のみからなる半導体を形成する新たなしかけを考案することで、今回の成果が得られました。この超極薄半導体の結晶性は、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構【機構長 山内 正則】(以下「KEK」という)物質構造科学研究所 熊井 玲児 教授と協力し、KEKの放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)を用いて確認しました。
本研究成果はドイツの科学誌Advanced Materialsに2018年4月25日(中央ヨーロッパ夏時間)掲載されます。
①研究の背景
人間とコンピュータがより心地よく繋がった未来社会の実現に向けて、身体にフィットしたウエアラブルでフレキシブルなエレクトロニクスの開発が求められています。既存のシリコン技術が不得手とするこれらデバイスの実現には、常温・常圧付近の塗布や印刷により金属配線や半導体を形成し様々な電子回路を構築する、プリンテッドエレクトロニクス技術が有利になると期待されています。
これまでの研究により、印刷による高精細な金属配線は製品化の目途が立ってきました。しかし、これと組み合わせる半導体の印刷には、いまだ課題が多く残されています。基本素子であるTFT(注3)向け半導体を塗布や印刷で形成するには、常温で溶解するπ(パイ)電子系(注4)の有機分子からなる有機半導体が適しています。近年、溶液中で有機分子(図1(1))がみずからジグザグ状に規則正しく整列(図1(2))して層を形成しやすい層状結晶性材料が見いだされ、構造の不規則性が大幅に抑えられることで、有機TFTの高性能化が進んできました。しかし、得られる薄膜の厚みや広がりを分子レベルで制御することはいまだ難しく、このための新たな製膜技術の開発が求められていました。
②研究の経緯
東大・産総研の共同研究グループは、溶液中におけるπ電子系有機分子の自己集積により得られる機能性分子集合体を用いた、新たなエレクトロニクス応用やセンサー応用の研究を進めています。
最近、π電子骨格(注4)とアルキル鎖(メタン系炭化水素から水素1原子を除いた残りの原子団からなる鎖)を連結した非対称なある種の棒状の有機分子(例えば、図1(1))が、分子の向きを揃えて横つながりに層をなした単分子層が2つ、π電子骨格の先端どうしを互いに向かい合わせるように重なり合った2分子膜構造を形成することを見いだしました。この層状構造は、究極に薄い生体細胞膜に似た構造です。これにより高性能TFTの構築に適した、分子レベルで薄く大面積に広がった半導体薄膜が得られるようになりました。しかし従来の塗布や印刷では、2分子膜どうしがさらに積み重なる多層化の抑制は難しく、厚みが2分子膜1層から数十層に至るランダムな膜厚分布の半導体が得られていました。またこれが、デバイス特性がばらつく原因になっていました。
今回、半導体の膜厚を分子レベルで制御するため、π電子骨格に連結したアルキル鎖の長さが自由に変えられるという特長を活かす、新たな製膜法を開発しました。そこでは、究極に薄い生体細胞膜の形成メカニズムにならい、『均質な厚みの層を得るため、分子の長さをわずかずつずらす』という発想のもと、アルキル鎖長の異なる2種の分子の混合溶液による製膜を行いました。結果、従来の常識を大きく超える大面積にわたって究極の薄さをたもつ、きわめて高均質かつ高性能な超極薄半導体が得られました。
なお、本研究開発の一部は、科研費補助金・基盤研究A(26246014)、挑戦的萌芽研究(16K13661)、新学術領域研究・π造形科学(17H05144)、若手研究B(17K14370)による助成、及び、科学技術人材育成費補助事業「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業Nanotech Career-up Alliance (CUPAL) 」(総括責任者:中鉢 良治(産総研 理事長))による支援を受けて開発を行いました。
③研究内容
本研究では、半導体としての性能を与えるπ電子骨格に炭素数6~14のアルキル鎖を連結した分子を用いました(図1(1))。これらの非対称な棒状分子は、前述した2分子膜構造を自己形成することが明らかになっています。このとき、π電子骨格は同じままアルキル鎖長のより長い分子を少量混合した溶液を用いて膜形成すれば、π電子骨格どうしの重なり合いによって2分子膜を形成する分子の横つながりの自己組織化はたもたれながら、アルキル鎖の長さのばらつきのため、自己組織化膜の表面にわずかな凹凸が生じると予想されます。この凹凸により、2分子膜が別の2分子膜と積層できなくなり、多層化が抑えられて、単層2分子膜が得られると考えました(図1(3))。
上記の分子混合溶液(0.1重量パーセント)を、酸化被膜(膜厚100ナノメートル)を表面層に持つシリコンウエハー(6インチサイズ)上にブレードコート法(注5)を用いて塗布製膜したところ(図1(4))、ウエハー全面(面積100平方センチメートル)にわたって膜厚が分子レベルで均質な薄膜が得られました(図2)。原子間力顕微鏡による測定から、その膜厚は2分子膜1層のみの厚みに相当する4.4ナノメートルの極薄半導体であることが分かりました(図2右)。なお、以上はアルキル鎖の炭素数6の分子と炭素数10の分子を9:1の比で混合した溶液を用いて得られた薄膜についての結果を示しています。
薄膜X線回折(注6)の実験は、KEK放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のシンクロトロン放射光を用い、ビームラインBL-7Cに設置された回折計により行いました。その結果、上記の超極薄半導体による明瞭な回折スポットが観測されました(図3左上)。これは、得られた半導体の高い結晶性を示しています。また回折角(図3左下)をもとに求めた結晶格子は、アルキル鎖の炭素数6の分子の結晶格子と一致していました。さらにシリコンウエハー上の超極薄半導体をクロスニコル(注7)配置で偏光観察した結果、ウエハー全面(面積100平方センチメートル)にわたって結晶薄膜が形成されていること、及び単一ドメイン(注8)の大きさは10センチメートル×1センチメートルに及ぶことが分かりました(図3右)。
さらにアルキル鎖の長さが異なる分子を混合した効果を検証するため、アルキル鎖の長い分子と短い分子の混合比(長い分子の割合をφlong)を変えた製膜を行いました。得られた薄膜の光学顕微鏡像(図4上)から、長い分子をわずかに混合(φlong = 0.03-0.5)することで、上記の超極薄半導体が効率よく得られることが分かりました。このことから、分子の横つながりの自己組織化による2分子膜形成がたもたれたまま、分子のアルキル鎖長の違いによる凹凸が2分子膜どうしの積層を抑える働きをし、2分子膜の単層化が実現していることが明らかになりました(図4下)。このような構造の不規則さに伴う秩序化の制御をフラストレーション(注9)効果と呼びます。
以上により形成した超極薄半導体によるTFTを作製し、その特性を評価しました。ゲート電圧を加えることによるドレイン電流変化をよみとる伝達特性(図5左)には、負のゲート電圧を加えることによりドレイン電流が増加するp型特性が見られました。また各ゲート電圧のもとでの電流-電圧特性(出力特性、図5右)には、一定以上のドレイン電圧を加えることでドレイン電流値が一定となる典型的なTFTの挙動が見られました。伝達特性の測定結果を解析したところ、飽和領域(注10)の移動度(注11)は6.0 cm2 V-1 s-1に達する良好な性能を持つことを確認しました。さらにこれら超極薄TFTは、電流の流れる領域が非常に薄く外部からの刺激に対し電流値が敏感に応答することが確認されました。このような特徴を活かせば、超高感度な分子センサーとしての応用が期待されます。
④今後の予定
今後は超極薄半導体の形成に適した分子材料の設計と製膜法のさらなる最適化により、フレキシブルな電子機器や超高感度分子センサーの実用化に必要な仕様を満たす超極薄TFTの開発を進めていきます。さらに生体細胞膜に似た単層2分子膜の特徴を活かし、分子レベルの表面吸着や化学反応を制御できる究極の機能性人工超薄膜への展開を推進します。
雑誌名:「Advanced Materials」(オンライン版:4月25日)
論文タイトル:Semiconductive Single Molecular Bilayers Realized Using Geometrical Frustration
著者:Shunto Arai*, Satoru Inoue, Takamasa Hamai, Reiji Kumai, and Tatsuo Hasegawa*
DOI番号:10.1002/adma.201707256