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多画素超伝導検出器を用いる計測器 (a)多重化なし (b) 多重化 (c) 超伝導検出器と多重化チップの実装モジュール;全体が摂氏マイナス273度に冷却される。
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国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 安田 哲二】超伝導計測信号処理グループ 山森 弘毅 研究グループ長、平山 文紀 主任研究員、神代 暁 研究グループ付は、東京大学【総長 五神 真】(以下「東大」という)大学院工学系研究科原子力専攻 大野 雅史 准教授、高橋 浩之 教授と共同で、超伝導検出器に関し、1本の読出線上に従来の5倍となる1000画素以上の信号を載せることができる技術を開発した。
超伝導検出器は、単一光子・粒子のエネルギーや微弱電磁波強度の精密計測が可能であり、宇宙から到来する微弱電磁波の長時間・精密観測などに利用されているが、計測時間短縮に必要な多画素化が遅れている。その主因は、極低温の多画素検出器と室温処理装置をつなぐ読出線に載せられる画素数が限られるからである。多画素化のために読出線の数を増やすと、読出線経由の流入熱が増えて冷却装置の強化が必要となり、計測器全体の体積・消費電力・価格の上昇につながる。今回開発した技術は、複数の室温信号処理装置を並列動作させ、室温処理装置ごとに全画素の情報を異なる周波数帯に変換し、まとめて1本の読出線上に載せるものである。載せられる画素数が飛躍的に増大し、超伝導検出器を用いる分析電子顕微鏡、放射線分光器、光子顕微鏡などの計測時間短縮や、小型化・低消費電力化・低廉化が期待される。
なお、この技術の詳細は、2018年2月1日(現地時間)に学術誌Superconductor Science and Technologyに掲載される。
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図1 超伝導検出器の画素数と、室温から極低温への流入熱との関係
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超伝導検出器は、低周波磁界、ミリ波からX線・ガンマ線までの電磁波やエネルギー粒子を低雑音で検出でき、室温動作の半導体検出器などを凌駕するので、脳磁計、心磁計、分析電子顕微鏡、天文観測用受信器などで用いられている。しかし、室温検出器に比べて、受光面積が2~3桁小さく、入射信号の検出効率が2~3桁低い。そのため、少数の画素を走査しながらの撮像(イメージング)となり、一般に室温検出器に比べて、測定時間が2桁程度長くなる。これらの問題を解決するには検出器の多画素化が必要とされる。しかし、高速信号をリアルタイムに読出せるように、極低温に置かれた多画素検出器と室温の信号処理装置をつなぐ配線を増やし、これを並列接続することで画素数を増やすと、配線経由の流入熱が増える(図1:点線a)。そのため極低温冷凍機の強化(大型化または多数化)が必要となり、検出器システムの大型化により、消費電力が増加し、価格も上昇する。さらに、極低温下で、複数の画素信号を画素ごとに異なる周波数に変換して多重化して配線数を減らす超伝導周波数多重読出回路も研究されてきたが、従来技術では、1本あたり1000以上の多画素化は困難であった。しかし超伝導検出器も1000画素集められれば、市販半導体検出器と同等の受光面積が可能となり、同一測定時間での比較で、遥かに優れた分光性能が実現できる。これにより、例えば、材料評価用の分析器の革新的目標である、高い物質同定能力と高いスループット(単位時間あたりのデータ処理能力)の両立が期待されている。
産総研と東大は共同で、超伝導検出器の出力周波数を、汎用部品で取り扱えるマイクロ波に変換し、画素ごとに異なる周波数の信号として1本の読出線上で多重化するためのマイクロ波帯周波数多重読出回路の研究に取り組んで成果を上げてきた。
本研究開発はこの取り組みの一環であり、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究A(平成27年度~29年度)による支援を受けた。
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図2 情報量を水量に例えたマイクロ波帯周波数多重回路の摸式図: (a) 従来型 (b) 新型
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マイクロ波帯周波数多重読出回路では、超伝導検出器からの低周波出力を、小型機器での低雑音処理がしやすいマイクロ波帯へと、一旦、周波数を上げ、一部の信号処理や増幅の後、室温処理装置での信号処理のため低周波に戻す。図2に模式的に示すように、従来のマイクロ波帯周波数多重読出回路(図2(a))では、室温処理装置の制約が、多重化可能な画素数を限定していた。この制約を無くすために、従来は単一であった低周波とマイクロ波の間の変換の基準周波数を、今回の技術では室温処理装置ごとに個別の値に設定した。幅広い周波数帯域の電気信号へと変換されているので、各周波数帯域用の室温処理装置を複数並列化することで、全ての画素からの信号を1本の読出線で扱えるようになった。
図2(b)で模式的に示した新規多重読出回路の具体的構成を、図3に示す。この読出回路は、図の中央に四角型点線で囲んだ極低温回路と、その外側の複数(N個)の室温処理装置から成る。室温処理装置に設置されたN個の任意波形発生器群で、それぞれM個の異なる種類の低周波信号を発生させ、各信号を周波数上方変換器群でマイクロ波に変換する。さらに超伝導検出器に接続された超伝導多重化チップ内で、このN×M個の種類のマイクロ波信号の振幅と周波数を、各画素からの信号の大きさに基づいて変調させる。この二段階の多重化により、全画素からの信号をすべて異なる周波数のマイクロ波信号に変換できるので、1本の配線を通してマイクロ波信号を 極低温回路に導入するとともに、1本の読出線で全信号を室温側に取り出すことができる。取り出された信号は、室温処理装置群の周波数下方変換器群とAD変換器群で低周波のデジタル信号に変換され、パソコンに取り込まれる。この方式で当初問題となった室温処理装置間の信号の干渉は、周波数特性を選んだフィルタ群を用いることで防止できた。その結果、低周波-マイクロ波間の周波数変換での、隣接する基準周波数の間隔を減少させ、1本の読出線上に多重化する画素数を増大できることを、世界で初めて明らかにした。さらに、この方式の試作として、1台の極低温冷却装置に実装された極低温回路、二台の室温信号処理装置、これらの間を接続する配線から成る、最も基本的な試験装置を製作し、正常動作することを確認するとともに、読出回路として重要な、雑音や画素間クロストークの少なさが従来法に劣らないことを実証した。
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図3 開発した新型のマイクロ波帯周波数多重読出回路の構成 |
従来型の多重化法では約1000個の画素信号のためには、同型の極低温冷凍機を3台以上必要(図1:点線bと点線dの比較)としたが、今回の多重化法を数百画素規模の超伝導検出器に適用することで、超伝導多重化チップ、汎用マイクロ波部品、市販の小型極低温冷凍機1台(三相200 V、消費電力7 kW、概略寸法:巾40 cm × 奥行き30 cm × 高さ60 cm)で、1本の読出線上に多重化(図1:実線cと点線dの比較)できる見通しが得られた。
図4に、超伝導検出器の特長を活かしつつ、その汎用化に貢献が期待される、今回の多重読出回路の研究の特徴と展開をまとめた。図4(a)は、放射性物質が発する光子1個あたりのエネルギー(放射線源となる物質に固有の値)に対する、超伝導検出器(青)と半導体検出器(赤)の出力(検出光子数)を示す。図4(b)には、放射線測定時の物質同定(組成、機能)の不確かさと計測時間の関係、図4(c)には、今回の技術を適用することで可能となる、超伝導検出器用の極低温冷却装置の簡素化、図4(d)には、今回の技術の適用で、計測時間短縮と小型・低消費電力化が両立できるようになる超伝導検出器の応用例を、それぞれ示した。今回開発した読出回路は、超伝導検出器の持つ優れた物質同定能力という特長(図4(a))を活かしつつ、長年の課題であった、多画素化による計測時間短縮(図4(b))と、計測器の小型化・低消費電力化・低廉化(図4(c))の両立に資すると期待される。
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図4 超伝導検出器の特長を活かしつつ、その汎用化に貢献する新規多重読出技術の展開 |
今回開発した読出回路を、実際に多画素超伝導検出器と組み合わせた動作実証を行う。例として、図4(d)に示す超伝導検出器を用いる光子顕微鏡(2017年4月5日産総研プレス発表)に適用できれば、撮像時間が1/100に短縮する可能性がある。