北海道大学(総長:名和 豊春)、韓国・成均館大学校(学長:Chung Kyu SANG)、産業技術総合研究所(理事長:中鉢 良治)は、青色発光ダイオード注1)の材料である窒化ガリウム(GaN)からなる半導体の電子の動き易さを活かした半導体二次元電子ガス注2)が、既に実用化されている熱電変換材料に比べ2~6倍も大きな熱電変換出力因子を示すことを発見しました。二次元電子ガスとは、電子が溜まったナノメートル(nm)オーダーの極めて薄い層のことです。ここ数年、米国や中国で性能の高い熱電変換材料が報告されていますが、性能が再現できないなど、実用化にはまだ多くの課題があります。今回の発見は、温度差を電気に直接変換する熱電材料を高性能化するために有力な材料設計指針となると期待されます。将来、工場や火力発電所、自動車からの廃熱を電気に変えて有効利用する技術に繋がります。
研究論文名:High thermoelectric power factor of high-mobility 2D electron gas (高移動度二次元電子ガスの高い熱電変換出力因子)
著者:太田 裕道1,2、金 聖雄3、金木 奨太2、山本 淳4、橋詰 保2,5
(1北海道大学電子科学研究所、2北海道大学大学院情報科学研究科、3成均館大学校、4産業技術総合研究所省エネルギー研究部門、5北海道大学量子集積エレクトロニクス研究センター)
公表雑誌:Advanced Science(独Wiley社のオープンアクセスジャーナル)
公表日:中央ヨーロッパ時間2017年11月24日(金)(オンライン公開)
(背景)
金属や半導体のゼーベック効果注3)によって温度差を直接電気に変換できる熱電変換は、工場や火力発電所、自動車などの廃熱を直接電気エネルギーに変換する、クリーンなエネルギー変換技術として注目されています。この熱電変換技術に利用できる半導体(=熱電変換材料)の熱⇔電気変換性能は、温度差1℃あたりに発生する電圧(熱電能注4)、S)、内部抵抗の逆数(導電率、σ)、熱の伝わりやすさ(熱伝導率、κ)、平均温度Tを用いて、次の式で決定されます。
熱電変換性能指数ZT = S2×σ×T/κ
つまり、温度差をつけやすく、電圧が大きく、電気が流れやすい材料が熱電変換材料として優れています。熱⇔電気変換効率は、この性能指数ZTと、熱電変換材料に与える温度差の大きさによって決まります。例えば、ZTが1の熱電変換材料に、700℃の温度差(自動車のエンジン付近の熱に相当)を与えた場合、熱⇔電気変換効率は約17%です。
現在、性能指数ZTが1をわずかに超えるいくつかの熱電変換材料が実用化されていますが、これらの材料は、資源が少ないことから高価であり、化学的・熱的な安定性が低いことと、それに伴う毒性などの問題点があり、大規模な実用化への障害となっています。特に、重金属元素の一つであるテルルを含むテルル化ビスマスは室温付近の温度で大きなZT(>1)を示しますが、テルルの希少性(プラチナよりも天然資源が乏しく高価)と毒性のため、こうした元素を使わない熱電変換材料の開発が世界中で活発に行われています。
近年、米国や中国の研究者が相次いで性能の高い熱電変換材料(ZT > 2)を発表し、多くの熱電変換材料の研究者が注目していますが、性能の再現性の問題を含めて、実用化にはまだ多くの課題があります。その主な理由として、これらの材料に使われるセラミックや焼結体(粉体を焼き固めた試料)には多くの粒界(粒と粒の境界)が存在し、粒の大きさや向きが不揃いであることから、試料ごとにZTが大きく異なることが挙げられます。ZTがばらついている試料は、実用化に向かないだけでなく、真に高性能な熱電材料を開発するための材料設計指針を立てるにも不向きです。
今回、北海道大学電子科学研究所の太田裕道教授、同大学量子集積エレクトロニクス研究センターの橋詰 保教授、韓国・成均館大学校の金 聖雄教授、産業技術総合研究所の山本 淳研究グループ長らの共同研究グループは、「どうすれば熱電材料を高性能化できるのか?」を簡単にモデル化し、将来の熱電変換材料の高性能化に繋がる材料設計指針を提案することを目的として、焼結体ではなく、粒界が存在しない「単結晶」を用いた研究を行いました。熱電材料を高性能化するためには、材料の電気的な性質である熱電変換出力因子(S2×σ)を増強する方法と、熱的な性質である熱伝導率κを低減する方法がありますが、今回の研究では、熱電変換出力因子を増強するための仮説を立て、実験によってこれを検証する方法をとりました。
具体的には、青色発光ダイオードの材料として知られる窒化ガリウム(GaN)の高い電子移動度を活かした二次元電子ガスに着目しました(図1)。一般に、半導体窒化ガリウムの電気の流れやすさ(導電率)を高めるためには、ケイ素などの不純物を混ぜ込みます。この時、ケイ素は窒化ガリウム結晶中でイオンになり、それにより電気伝導を担う電子が生じます。このような半導体窒化ガリウムに温度差を与えると、電圧(熱起電力)が発生し、電子は暖かいほうから冷たいほうに流れますが、イオン化したケイ素が電子の流れを妨げるため、結果的にあまり導電率は高められません。つまり、一般的な半導体窒化ガリウムでは大きな熱電出力は得られません。
一方、半導体二次元電子ガスの場合は、不純物を混ぜ込むのではなく、静電気によって窒化ガリウム結晶の中の電子を薄い領域に寄せ集めることで導電率を高めます。不純物を一切含まないので、二次元電子ガスの電子は高速で動くことができ、大きな熱電出力を示すのではないかと予測しました。
(研究手法)
図2aに、本研究で作製した半導体二次元電子ガスの模式図を示します。今回、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)/GaNからなる半導体二次元電子ガスの上に、静電気力を変化させるための絶縁体層(酸化アルミニウム、厚さ30 nm)を乗せ、熱電効果計測用のソース、ドレイン、ゲート電極を備える3端子の薄膜トランジスタ構造を作製しました。ゲート-ソース電極間にマイナス電圧を加えると、二次元電子ガスの電子濃度注5)が減少し、逆にプラス電圧を加えると二次元電子ガスの電子濃度が増加する仕組みです。トランジスタ特性と熱電効果は、図2bに示す非常に小さな材料の計測が可能な装置を自作して計測しました。ゲート-ソース間に一定電圧を加え、二次元電子ガスの電子濃度を制御した状態で、二つのペルチェ素子を用いて二次元電子ガスに温度差を与え、ソース-ドレイン電極間に発生する電圧(熱起電力)を電圧計で計測しました。
(研究成果)
半導体二次元電子ガスの電子濃度を、静電気力(ゲート電圧)を変化させることで制御し、その時の電子移動度を計測しました(図3a)。予想どおり、シート電子濃度注5)を高めても半導体二次元電子ガスの電子移動度は減少せず、1012 cm-2から1013 cm-2の範囲では1000 cm2 V-1 s-1を超える大きな電子移動度が維持されることがわかりました。一方、熱電能は一般的な半導体に見られる傾向と同様に、シート電子濃度の増加に伴いその絶対値が減少しました(図3b)。既に報告されている一般的な半導体窒化ガリウムの熱電能と電子濃度の関係から、二次元電子ガスの正味の電子濃度を求め、計測した移動度と掛け合わせて導電率σを算出しました。
図4aに半導体二次元電子ガスの熱電変換出力因子の電子濃度依存性を示します。半導体二次元電子ガスの出力因子は最大で約9 mW m-1 K-2と、極めて大きいことがわかります。これは、一般的な半導体窒化ガリウム(1 mW m-1 K-2以下)の10倍以上であり、既に実用化されている最先端の熱電変換材料(1.5~4 mW m-1 K-2)の2~6倍に相当します。このように大きな出力因子が得られたのは、一般的な半導体では不純物濃度の増加に伴って電子移動度が大きく減少してしまうのに対し、半導体二次元電子ガスでは大きな電子移動度を維持することができるからです(図4b)。
(専門家向けの補足説明)
半導体二次元電子ガスでは静電気力によって電子を寄せ集めているので、電子が集まっている領域の厚さを見積もる必要があります(補足図)。本研究では、ゲートに各電圧を加えた際の半導体二次元電子ガスの熱電能が、一般的な半導体の熱電能の電子濃度依存性と等しいと仮定して、電子が溜まっている層の厚さを見積もりました。その結果、–5 V以上の電圧を加えた時には厚さは2 nmであり、報告されている二次元電子ガスの厚さと一致したことから、計測が正しく行われたことがわかりました。また、–5 V以下の電圧を加えることで二次元電子ガスの厚さを20 nmまで広げられることもわかりました。
なお、1993年に米国・マサチューセッツ工科大学のドレッセルハウス教授らが提案した極薄二次元電子層が大きな熱電能を示すという理論は、本結果には適用できませんでした。電子濃度が不十分であるためと推察していますが、詳細は今後の検討課題です。
(今後への期待)
今回の発見は、半導体二次元電子ガスのように高い電子移動度を維持しながら電子濃度を制御できる構造が、熱電材料の高性能化の鍵であることを明確に示すものです。今回使用した窒化ガリウムの半導体二次元電子ガスは、非常に高価な単結晶基板の上にしか作製できないことに加え、熱伝導率が大きいことから、そのまま実用化に繋がるものではありませんが、今回提案する半導体二次元電子ガスの高い電子移動度を活かして熱電変換出力を高めるモデルは、実用化を控えた熱電材料を高性能化するための材料設計指針を与えると期待されます。