ホルムアルデヒドは建材の防腐剤などに用いられていますが、建材などから放出される蒸気が、健康被害(シックハウス症候群)を引き起こすことが問題となっています。また、ホルムアルデヒドには発がん性も疑われています。そのため、世界保健機関では、室内でのホルムアルデヒド濃度を0.08 ppm(1)以下に維持管理するよう推奨しています。
ホルムアルデヒドを検知するセンサーは色が変わる化学反応を利用したものなどが市販されていますが、多くのものが高価で大型な装置が必要であったり、測定毎に検出タグを交換する必要があったりなど、ホルムアルデヒドを継続的にモニタリングするには課題がありました。このようなタイプのセンサーを用いた場合、有害物質の有無を確認するためには、毎回手動で測定を行う必要があります。予期せぬ状況下で有害物質が発生していた場合には、長期間に亘って有害物質に曝されてしまう危険があります。従って、常時、自動で有害物質をモニタリングし、有害物質が検出された場合には危険を知らせるようなセンサーが求められています。
ナノ材料のひとつとして知られる単層カーボンナノチューブ(2)は、半導体的な性質を持つものと金属的な性質を持つものの混合物として合成されますが、半導体型と金属型を分離することが可能です。半導体型単層カーボンナノチューブの導電性は、酸性または塩基性物質に応答して大きく変化するため、小型化学センサーとしての応用が期待されています。しかしながら、ホルムアルデヒドは中性の分子であり、半導体型の単層カーボンナノチューブの導電性をほとんど変化させないため、単層カーボンナノチューブを用いたホルムアルデヒドセンサーで実用的な性能を有するものは報告されていませんでした。
本研究グループは、ホルムアルデヒド蒸気(HCHO)とヒドロキシルアミン塩酸塩(NH2OH∙HCl)が反応すると塩酸ガス(HCl)が発生する化学反応に着目しました(図1a)。発生した微量の塩酸ガスは、半導体型単層カーボンナノチューブから電子を奪い取り、導電性を上昇させます。清浄な空気によって塩酸ガスを除くと、半導体型単層カーボンナノチューブの導電性は元に戻ります(図2a)。したがって、半導体型単層カーボンナノチューブが橋渡しする電極間の抵抗値を測定することでホルムアルデヒドを定量することができます(図1b)。詳細な検討の結果、ヒドロキシルアミン塩酸塩と半導体型単層カーボンナノチューブを直接混合せず、間を空けて配置することで、ホルムアルデヒドに対する良好な応答が得られることがわかりました(図1c)。ホルムアルデヒド蒸気とヒドロキシルアミン塩酸塩の反応は不可逆的ですが、数mgのヒドロキシルアミン塩酸塩を用いれば、ppm濃度のホルムアルデヒドに比べて過剰となるので、ホルムアルデヒド蒸気に応答してごく微量の塩酸ガスが継続的に発生し、センサーは長期間繰り返し利用することが可能となります(図2b)。
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図1 (a) ホルムアルデヒドとヒドロキシルアミン塩酸塩の化学反応
(b)センサーの構成 (c)センサーの作成方法 |
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図2 センサーの可逆性(a)と長寿命性(b)。 |
導電性の変化を抵抗計で精密に測定した場合、今回得られたセンサーは、世界保健機関が定める基準値である0.08 ppmを下回る0.05 ppmのホルムアルデヒドを実際の使用に近い雰囲気下(空気中、22 ℃、湿度36%)で検出することができました(図3)。検出限界は、0.016 ppmと極めて高感度です。
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図3 ホルムアルデヒド(0.05-6.7 ppm)に対する導電性の変化率。 |
さらに、本センサーは、ホルムアルデヒドに対して高い選択性を示し、0.19 ppmのホルムアルデヒドでは、導電性が約12%上昇するのに対して、数百~数千ppmの水蒸気・メタノール蒸気・トルエン蒸気などでは、導電性が1-7%減少するのみでした(図4)。すなわち、本センサーは、ホルムアルデヒドに対して極めて高い選択性と識別能を持っていると言えます。
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図4 ホルムアルデヒドと他の蒸気への応答の比較 |
このセンサー材料を、電池と発光ダイオード、固定抵抗だけからなる簡便な電子回路中に組みこむことで、ホルムアルデヒドを常時監視できる小型装置も試作しました(図5)。ヒドロキシルアミン塩酸塩で修飾したセンサーと固定抵抗を並列に配置し、それぞれに発光ダイオードを繋げました。センサーの初期抵抗値は約20kΩと固定抵抗と同じになるように設定しています。センサーがホルムアルデヒドに曝される前には、2つの発光ダイオードの輝度は同じに見えます。センサーがホルムアルデヒドに曝されるとセンサーの導電性が上がるため、センサーに接続された側の発光ダイオードの輝度が増します。すなわち、2つの発光ダイオードの輝度に差があれば、ホルムアルデヒドが存在することを示唆します。回路を工夫すれば、ブザーを鳴らしたり、無線で情報を転送したりすることも可能であると考えています。この簡便な装置では0.9 ppm以上のホルムアルデヒドを検知することができました。医療現場や工場など、ホルムアルデヒド(またはホルマリン溶液)を常時扱っている職場において、従業員の健康管理に役立つものと期待しています。また、センサー材料のさらなる高感度化を進めることにより、世界保健機関が定める基準値(0.08 ppm)にも将来対応できるものと考えています。
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図5 (a)簡易センサーによるホルムアルデヒド検知 (b)回路図 |
化学反応を適切に選択することで、ホルムアルデヒド以外の有害物質も常時モニターできるセンサー材料を開発できると期待しています。今回開発したような導電性が変わる小型化学センサーは、スマートフォンなどの汎用電子機器へ容易に組み込める長所があります。今後、化学センサーと情報通信技術の融合を進めることにより、安心・安心な社会の構築に貢献できるものと期待しています。
題目:Amperometric Detection of Sub-ppm Formaldehyde using SWCNTs and Hydroxylamines: A Referenced Chemiresistive System
著者:Shinsuke Ishihara, Jan Labuta, Takashi Nakanishi, Takeshi Tanaka, and Hiromichi Kataura
雑誌:ACS Sensors
掲載日時:平成29年10月16日(現地時間)
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(1) ppm
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parts-per-million の略で、1 ppm は百万分の1の濃度を表す。例えば、満水となったお風呂(300 L)に一滴(0.03 mL)の物質を加えた場合の濃度は、0.1 ppmである。[参照元へ戻る]
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(2) 単層カーボンナノチューブ
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炭素の同位体の一つであり、単層のグラフェンシートが円筒状になった一次元物質で、導電性または半導体特性を示す。ナノ材料として注目されている。[参照元へ戻る]
本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会 基盤研究(S)「完全制御カーボンナノチューブの物性と応用(平成25~29年度)」による支援を受けて行った。