国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)再生可能エネルギー研究センター【研究センター長 古谷 博秀】(兼)地圏資源環境研究部門【研究部門長 光畑 裕司】の最首 花恵 研究員は、活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】の大坪 誠 主任研究員、国立大学法人 東北大学【総長 里見 進】(以下「東北大」という)大学院環境科学研究科 岡本 敦 准教授とともに、プレート境界付近の巨大分岐断層沿いに形成される岩石の亀裂内で石英が析出する時間を算出する新しい計算モデルを開発した。そして、岩石の亀裂を埋める石英の析出反応が巨大分岐断層の活動に影響を与える可能性を提唱した。
地下で岩石亀裂が閉じる現象は、岩石中の水の分布や圧力の上昇に寄与すると考えられている。地震を引き起こす断層周辺での水の圧力上昇は地震につながるとも言われている。また、地下の熱と水を源とする地熱エネルギーの持続的な利用には、岩石中の熱水の溜まる場所や量を知ることが重要である。石英析出反応による地下深部環境の時間変化の見積もりを可能にした本研究成果は、地震の活動周期の予測や地熱エネルギーの持続的利用につながる可能性があると期待される。
この成果は、2017年10月17日(英国現地時間)にScientific Reportsにオンライン掲載された。
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岩石亀裂を石英が埋めるまでの時間の計算結果(左)と石英脈の顕微鏡写真(右) |
海のプレートが陸のプレートの下に沈み込む場所では、プレート境界や巨大分岐断層でマグニチュード8を超える巨大地震が発生している。これらの地震は、100年オーダーから1000年オーダーの周期で繰り返し発生すると考えられている。地震を引き起こす断層周辺の流体(水)の圧力(流体圧)が上昇すると、断層の強度が低下して断層が滑りやすくなり地震が発生すると考えられている。これまでも日本国内外の地震に起因する防災・減災政策のために、巨大分岐断層の活動により生じる巨大地震や、それに関連するといわれるスロー地震の研究が多くなされてきた。特に、南海トラフの巨大地震の発生周期は再検討の必要性が強く指摘されているが、地下の断層周辺環境の時間変化を直接測定することは難しく、岩石の力学特性や流体圧の時間変化から地震発生周期を定量的に評価した研究はほとんどない。
地下の流体圧の時間的・空間的変化を知ることは、地熱エネルギーの利用にも欠かせない。地熱エネルギーは、天候などに左右されない安定的な再生可能エネルギーである。特に火山国である日本の地熱ポテンシャルは高く、国産エネルギーとして期待が高まっている。しかし、従来の手法では地熱ポテンシャルの空間的な分布のみが評価され、地熱エネルギーの持続的な利用(時間変化)は考慮されていなかった。
産総研と東北大は、過去に巨大地震が発生したとされる宮崎県の延岡衝上断層(図1a)の周辺に分布する石英脈に注目した。地殻中の水から岩石の亀裂内部に石英が析出すると、石英が岩石の亀裂を埋めた石英脈になる。この現象により、地下の水の溜まる場所、流れる方向、流体圧などが変わる可能性がある。今回は、石英脈ができるまでの時間を算出できる計算モデルを開発し、巨大地震の発生周期と比較して、石英の析出速度と地震発生の周期の相関性を提唱した。
地殻内部では、岩石の隙間や亀裂を水が移動している。地震が発生すると、断層周辺への力のかかり方が変化して岩石に引っ張り亀裂が生じることが知られている(図1b)。この亀裂中を水が通る際に温度や圧力が変化すると、水に溶け込んでいるさまざまな成分が鉱物として析出して、亀裂を埋めるようにして鉱物脈が作られる。特にシリカは大陸地殻に豊富に存在しており、地下の水に溶けだして岩石亀裂内部へ鉱物として析出しやすい。シリカ鉱物の中でも、特に地震が発生する環境では、石英が安定して存在する。そのため、岩石亀裂を石英が埋めた石英脈が地下に数多く形成される。
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図1 今回着目した九州-四国の地質概略図と延岡衝上断層(村田(1998)を改訂)(a)と巨大地震が発生した後の引っ張り亀裂の形成時の模式図(b)、延岡衝上断層周辺の石英脈の露頭写真(c)と薄片試料の偏光顕微鏡写真(d)
地震が発生すると、それまで断層周辺に蓄積していたプレート沈み込みによる水平方向からの強い力が解放されて、重力による垂直方向の力のほうが大きくなるために、引っ張り亀裂が生じる(b)。もともと亀裂だった空間の中を石英が埋めたもの(d黄線内部)を石英脈という(c黄色矢印)。 |
延岡衝上断層では、岩石の引っ張り亀裂を石英が埋めた石英脈が特に多く分布している(図1c、d)。今回は、延岡衝上断層の環境条件を基に、水の流れによるシリカ成分の移動と石英の結晶成長速度を組み合わせた、新しいモデルを構築した。このモデルを用いることにより、岩石の引っ張り亀裂内部の水と、周囲の水との圧力の違いによるシリカの溶けやすさの変化から、シリカが亀裂内部で石英として析出して、亀裂を埋め、石英脈となる時間を見積もることができた。
延岡衝上断層に相当する深さ10 km、温度250 ℃の条件での計算を行い、延岡衝上断層で観察される平均サイズの石英脈(長さ約7センチ、開口幅約50マイクロメートル)が形成されるのにかかる時間は6年から60年程度であること、また、比較的大きな亀裂でもほとんどが300年以下で石英脈になる、という結果が得られた(図2)。
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図2 地震後の岩石孔隙率 と閉塞亀裂数の割合の時間変化と石英脈形成過程のモデル
地震が起こった後に引っ張り亀裂が形成する(a)。亀裂周辺にたまっている水の流れ(移流)と石英の結晶成長によって引っ張り亀裂が埋まり、石英脈が形成される(b-c)。亀裂が全て埋まると水の通り道がなくなる(d)。この環境では水が流れにくいために流体圧が上がり、地震が起こりやすくなる。 |
多くの地球物理探査によって、地震が発生する断層付近は流体圧が高く、石英脈の形成がその要因のひとつと推定されている。なぜなら、地下の流体の圧力は、水が岩石をどのくらいの速さで通ることができるか(透水率)に関係し、透水率は岩石亀裂の数と正に相関するからである。つまり、石英の析出により引っ張り亀裂が閉塞し、水が移動できる岩石亀裂が少なく(孔隙率が低く)なるほど、水の速度が遅く通りにくく(透水率が低く)なる。その間にも、岩石中にさまざまな過程で水が供給されていれば、流体圧が上昇する可能性がある(図2)。今回計算された石英脈の形成の時間スケールは、南海トラフなど巨大分岐断層で発生する巨大地震の繰り返し周期(100年オーダーから1000年オーダー)の時間スケールと相関性があった。これは、地震が発生しやすい流体圧まで上がる過程と、移流と石英の結晶成長による石英脈形成過程とが、密接に関係している可能性を定量的に示した、世界初の研究成果である。石英脈形成という地球化学プロセスが地震発生周期に関連し得るという全く新しい視点をもたらし、その解明に向けた新機軸を提示したといえる。
プレート境界での巨大地震の発生は、水の存在と断層運動が密接に関わっていると考えられている。今後は、本研究成果を基に、地震学や地質学、岩石力学などの専門家と連携し、プレート境界での水の動きや岩石との反応に関して、地球物理学と地球化学の両方の観点から、地震が起きやすい条件やタイミングについて定量的な評価方法を確立する。また、本研究成果を地熱ポテンシャル評価に応用し、超臨界地熱発電を含む地熱エネルギーの持続的な利用に役立てたい。