国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】水環境技術研究グループ 王 正明 上級主任研究員らとカナダ トロント大学 G. A. Ozin教授らは、グラフェン(炭素原子一個の厚さのシート)の両側を、数十ナノメートルの薄膜のメソポーラスシリカで挟んだサンドイッチ型複合体において、グラフェン表面に対して垂直に配向した細孔の孔径や深さを制御できる技術を開発した。
グラフェンとメソポーラスシリカのサンドイッチ型複合体は、グラフェンの電気伝導性、熱伝導性、光誘起発熱性などと、メソポーラスシリカの多孔性を組み合わせることで、新たな機能を持たせることができる。この複合体は、グラフェンの前駆体であるグラフェン酸化物、有機シリコン源、界面活性剤の溶液中でグラフェン表面の両側に細孔をもつシリカを成長させたもので、これまでできなかった細孔の孔径と深さの制御が可能である。孔径や深さは、メソポーラスシリカ膜の細孔内に侵入した分子の吸着力、吸着分子・反応分子の拡散距離、選択性を持つ分子のサイズの閾値などの機能に影響する重要な因子である。これらを制御できるようになることで応用範囲が広がると考えられ、分子ふるい型汚染物センシング、ドラッグデリバリーシステムなどへの応用も期待される。
なお、この成果の詳細は、2017年10月12日(ドイツ現地時間)にWiley-VCH社が発行する国際科学誌Advanced Functional Materialsにオンライン掲載された(DOI:10.1002/adfm.201704066)。
グラフェンは、優れた電気伝導性、熱伝導性、機械的強度、光誘起発熱性、化学的安定性などから、注目を集めている。メソポーラスシリカは、孔径2~50 nmの細孔(シリカメソチャンネル)が蜂の巣などのように規則正しく並んだ多孔質シリカで、吸着材、触媒担体、ナノ空間反応場などとして有望である。グラフェンとメソポーラスシリカの複合化により、両者の特長を兼ね備えた材料が期待されている。しかし、センシング材料などへの応用では、基板に対して細孔が垂直に配向することが求められるが、界面活性剤を細孔を作るための鋳型を形成する分子(鋳型分子)としたこれまでの合成技術では、シリカの細孔が基板に平行配向した材料が得られることが多く、細孔を垂直に配向させるには、高価な鋳型分子や外場(電場、磁場)の適用が必要であった。
産総研 環境管理研究部門では、グラフェンの前駆体であるグラフェン酸化物を利用し、調湿効果を示すシリカや高性能触媒・光触媒であるチタニアとグラフェンとの複合体や、パラジウムナノ粒子を分散させたグラフェン複合体などを開発してきた。一方、トロント大学のG. A. Ozin教授らはメソポーラスシリカ膜の界面成長において優れた技術を持っている。両者は共同して、グラフェンの両側を細孔がグラフェン面に垂直に配向したメソポーラスシリカで挟んだ複合体が比較的簡単な方法で合成できることを示し(ACS Nano 2010 4(12))、今回このサンドイッチ構造の形成機構をさらに明確にし、細孔の深さ、孔径を制御できる複合材料の開発に取り組んだ。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本科学技術振興会 科研費基盤(C)24550170による支援を受けて行った。
図1にグラフェン-メソポーラスシリカのサンドイッチ型複合体の合成法とシリカ中の細孔(シリカメソチャンネル)の成長過程を推定したものを示す。原料はグラフェン酸化物、界面活性剤と有機シリコン源の水溶液である。なおグラフェン酸化物は水溶液中で簡単に解離し単一層でも安定化するため、水溶液中には一枚一枚独立に分散している状態で存在している。最初に細孔の鋳型分子である界面活性剤のミセルがグラフェン酸化物の表面に吸着する。これらのミセルの周りで有機シリコン源が加水分解してシリカの前駆体が生成し、それらがミセルの間を埋める。これらの上にシリカメソチャンネルがグラフェン表面に垂直に成長して、メソポーラスシリカ膜が生成する。垂直に配列したシリカメソチャンネルを成長させるには鋳型分子である界面活性剤とグラフェン酸化物との間の相互作用を適切にコントロールすることが重要である。その後、焼成により界面活性剤が取り除かれて、グラフェン-メソポーラスシリカのサンドイッチ型複合体が得られる(図2)。なお、焼成の際にグラフェン酸化物から酸素が取り除かれて、グラフェンに変化する。
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図1 シリカメソチャンネルが垂直配向したグラフェン-メソポーラスシリカ複合体の生成メカニズム |
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図2 シリカメソチャンネルが垂直配列したサンドイッチ型複合体の断面透過電子顕微鏡写真 |
これまで、未知であったグラフェン酸化物表面に吸着したミセルの構造を明らかにするために、今回、短時間に高感度で構造解析できる、高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーBL-6Aステーションの高輝度X線を線源とする小角X線散乱技術を用いてミセルの測定を行った。合成時と全く同じ条件の界面活性剤とグラフェン酸化物の混合溶液のその場測定を行い、グラフェン表面に一定の秩序で吸着ミセルが並んでいることを確認した。分子鎖の長さ(鎖長)の異なる界面活性剤を用いてグラフェン酸化物上の吸着ミセルのサイズを変え、グラフェン-メソポーラスシリカのサンドイッチ型複合体を合成したところ、図3に示すように、界面活性剤の鎖長が長くなるにつれて、複合体の細孔の孔径が大きくなった。すなわち、今回開発した複合体では、界面活性剤の鎖長を変化させることで、シリカメソチャンネルの孔径を1 nmから5.5 nmまで調節できる。
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図3 異なる鎖長の界面活性剤から得た複合体の細孔の孔径分布 |
反応時間を3時間から1週間まで変化させてグラフェン-メソポーラスシリカ複合体を成長させると、反応時間が長くなるにつれてメソポーラスシリカの膜厚が徐々に増加した。図4に示すように、メソポーラスシリカの膜厚(シリカメソチャンネルの深さ)は12.5 nmから38.4 nmまで変化した。すなわち、反応時間を変化させることによって、シリカメソチャンネルの深さを制御できる。
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図4 反応時間とメソポーラスシリカ膜厚み(シリカメソチャンネル長さ)の関係 |
以上のように、今回開発した合成法では、シリカメソチャンネルの深さと孔径を制御できる。これらは、メソポーラスシリカ膜の細孔内に侵入した分子の吸着力、吸着分子・反応分子の拡散距離、選択性を持つ分子のサイズの閾値などの性質に影響する重要な因子であるため、応用範囲が広がると考えられる。
この合成技術をさらに発展させていき、汚染物の高性能センシングやドラッグデリバリーシステムなどへの応用をめざす。