国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 松原 浩司】化合物薄膜チーム 柴田 肇 研究チーム長、反保 衆志 主任研究員は、国立大学法人 岐阜大学 【学長 森脇 久隆】(以下「岐阜大学」という)工学部電気電子・電子情報工学科 藤原 裕之 教授と共同で、薄膜型太陽電池の量子効率スペクトルを高精度にシミュレーションできるソフトウェアを開発し、無償公開する(https://unit.aist.go.jp/rpd-envene/PV/ja/service/e-ARC/index.html)。
開発したソフトウェアは、太陽電池の性能評価に用いられる量子効率スペクトルやこのスペクトルから算出できる短絡電流密度を、膜厚、バンドギャップ、光吸収層の品質パラメーターを変化させながらリアルタイムにシミュレーションすることができる。また、太陽電池の各種構成材料の光学特性データを搭載しておりデバイス設計や特性評価にすぐに利用可能であり、次世代太陽電池の研究開発への貢献が期待される。
この技術の詳細は、2017年9月25日にアムステルダムで開催されるEU PVSEC 2017で発表される。
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量子効率スペクトルシミュレーションソフトのインターフェースと解析結果の一例 |
近年の太陽電池のさらなる低コスト化への要求に応えるため、CIGS太陽電池やペロブスカイト太陽電池などの薄膜型太陽電池の研究開発が活発に進められている。また、テラワットスケールの太陽電池の導入に向けて、希少金属を利用せず資源制約の少ないCZTS太陽電池にも注目が集まっており、世界的に研究開発が進められている。
これらの次世代太陽電池の変換効率の高効率化や、それを実現するための構成材料の最適化には、長い時間を必要とし、開発にかかる時間の削減が強く求められている。また、太陽電池に用いる膜の品質向上は高効率化の手段の一つであるが、開発途上の太陽電池の場合、その品質は高くなく、また開発途上の膜の品質を簡便かつ定量的に評価する方法は確立していない。
産総研は、CIGS太陽電池、ペロブスカイト太陽電池、CZTS太陽電池などの次世代太陽電池の高性能化に関する研究開発に取り組み、太陽電池の高効率化や物性解明において成果を上げてきた。しかし、高効率化に関して、構成する薄膜の材料選択や膜厚、導電率の調整などの構造の最適化に長時間を要し、研究加速の障害となっていた。
量子効率スペクトルは、電流・電圧特性と並んで太陽電池を評価するための基本特性であり、太陽電池を作製する際には必ず評価が行われる。また、量子効率スペクトルから、変換効率に直接影響する短絡電流密度が計算できるといった利点もあり、量子効率スペクトルのシミュレーション技術はデバイス設計や膜質評価の標準的な手法として幅広く利用できる可能性がある。しかし、これまでは膜厚を入力することで量子効率スペクトルをシミュレーションする技術はあったが、高精度に量子効率スペクトルをシミュレーションするために必要な太陽電池の波長ごとの反射率(反射スペクトル)の適切な光学モデルや、光吸収層の膜質を考慮する技術、精密な光学定数は整備されていなかった。
そこで、産総研は岐阜大学と共同で、量子効率スペクトルの高精度シミュレーション、短絡電流密度と損失解析、そして膜質の定量評価ができる技術を開発することとした。
なお、本研究開発の一部は、国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」の研究テーマ「NEXT 次世代を目指す化合物薄膜太陽電池の高性能化」【研究責任者 片桐 裕則(長岡工業高等専門学校)】(平成22~28年度)による支援を受けて行った。
今回公開するソフトウェアは、量子効率スペクトルをシミュレーションすることにより太陽電池の特性予測や、膜質の評価を可能とするものである。このシミュレーション技術は、太陽電池の反射スペクトルに薄膜の凹凸による反射防止機能を取り込んだ新しい光学モデル(ARC法)、光吸収層の膜質を収集長として取り込んだモデル(e-ARC法)、そして光吸収層の精密な光学特性を導入することで実現した。太陽電池の各層の膜厚や、収集長を入力・変更することにより量子効率スペクトルのリアルタイムシミュレーションができる。
量子効率スペクトルのシミュレーションでは、太陽電池を構成する各層の物理膜厚と光学定数を利用して計算を行う。しかし、これらのデータだけでは薄膜表面が平たんな条件で計算を行うことになり、量子効率スペクトルに著しい光学干渉の効果が表れる。薄膜型太陽電池を構成する種々の薄膜は、実際には図1に示す通り表面の凹凸が実効的に反射防止の機能を果たし、光学干渉効果は顕著に現れない。そこで、ソフトウェアにはこの現象を再現するための新しい光学モデル(ARC法)を実装し、反射防止条件(光学干渉がない条件)での反射スペクトルを計算し利用することができるようにした。なお、本ソフトウェアでは、ARC法での反射率以外にも、太陽電池で実際に測定された反射率や表面が平たんな条件での反射率、またそれらの複合による反射率など種々の反射率もシミュレーションに利用することができる。
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図1 太陽電池の表面に凹凸の有無による入射光の経路の模式図
薄膜の両面および裏面が平たんな場合、両面および裏面の反射により光が強め(弱め)あう現象(光の干渉)が起こる(左)。一方、現実には表面の凹凸により反射光の再吸収や、入射光の折れ曲がりによる吸収効率増大により実効的に反射率は減少する(右)。開発したソフトウェアでは、この現象を再現した光学モデル(ARC法)を実装し、光学干渉がない条件での反射スペクトルが利用できる。 |
太陽電池の研究開発、特に研究開発の初期段階においては、光吸収層の品質が十分ではない場合が多い。光吸収層の品質は量子効率スペクトルに大きな影響を与えるため、開発したソフトウェアでは、吸収層の品質を収集長としてモデル化してシミュレーションできるようにした(e-ARC法)。収集長は、小さくなるに従い量子効率スペクトルの感度が減少することが知られており、本ソフトウェアでは収集長を含んだシミュレーションを実現したため収集長により光吸収層の品質を定量的に評価できる。また、実験による量子効率スペクトルとシミュレーション結果を比較(フィッティング)することで光吸収層の品質を定量評価することもできる(図2)。
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図2 収集長による量子効率スペクトルの変化のシミュレーション結果
グラフはCZTS太陽電池の収集長を変化させた結果である。光吸収層の膜厚(1.8 μm)の場合、収集長が0.1μm、0.3 μmと大幅に小さいと、長波長の感度が大きく減少する。 |
また、ソフトウェアにより計算される量子効率スペクトルを利用することで、太陽電池の短絡電流密度を計算することもできる。太陽電池を構成する各層の波長ごとの吸収損失も計算できるので、層ごとの電流損失も分かる(図3)。これらの機能のほか、ソフトウェアは各層のバンドギャップの増減、さまざまな材料の特性に応じた光学特性が計算できる物理モデルを利用した光学定数の計算機能、光吸収層に任意の組成傾斜がある場合のシミュレーション機能なども有している。
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図3 CIGS太陽電池の量子効率スペクトル、短絡電流密度と電流損失のシミュレーション結果
○で示したものは実験データ、赤線はシミュレーション結果を示す。
太陽電池各層での吸収損失(各波長で黄色以外の色の部分)や、それによる電流損失(“Simulation Result”として表示)も計算できる。光吸収層以外で吸収された短絡電流密度(Jsc)は電流損失となる。 |
今回のソフトウェアの公開では、シミュレーションソフトと共にCIGS太陽電池、ペロブスカイト太陽電池、CZTS太陽電池を構成する各材料の光学定数を同時に提供しているため、これらの太陽電池ではすぐにシミュレーションを行うことができる。またいずれの太陽電池においてもガラスなどの基板側(スーパーストレート構造)および反対側(サブストレート構造)からの光入射に対してシミュレーションすることもできる。
今後は結晶シリコン太陽電池、III-V族太陽電池などのバルクタイプの太陽電池、さらにはそれらを含めて多接合型の太陽電池のシミュレーション技術までソフトウェアの適用範囲を拡大する。また、太陽電池内で現実に起こる電子や正孔の再結合、電子正孔対の発光性再結合による再放射の効果、新しい材料の光学定数の取り込み、さらには実験で得られた量子効率スペクトルのシミュレーションによる自動フィッティング機能の実装などにより、幅広い種類の太陽電池を精密に評価できる技術としての改良を目指す。