科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業において、徳島大学の南川 丈夫 講師、安井 武史 教授、および産業技術総合研究所(産総研)の大久保 章 主任研究員、稲場 肇 研究グループ長らの研究グループは、高い制御性を持ち、光の波長、強度、位相が精密に定まったレーザー光源(光コム)を用いた新しい薄膜分析法を開発しました。
薄膜(注1)は、物質に電気的・機械的・光学的な機能や付加価値を与えるため注目されていますが、それらの特徴を明らかにするには高精度な薄膜分析が必要です。そのためさまざまな手法が提案されていますが、その中でも光の特徴(波長、強度、位相、偏光など)を利用した分光エリプソメトリー法(注2)が広く応用されてきました。しかし従来の分光エリプソメトリー法では、光の特徴を計測するために機械的・電気的な光の変調が必要であり、機械的振動や温度特性などの影響で、計測時間、安定性、堅牢性、精度などに制限が生じるという課題がありました。また、薄膜分析では、波長が異なる多数の光を用いることで分析可能な情報が飛躍的に増えますが、従来法では光検出装置の波長分解能、変調器の波長依存性などによる制限が生じ、改善が求められていました。
そこで研究グループは、産総研が開発した高性能な光コム光源と、徳島大学が考案した光の偏光を計測する新しい方法を組み合わせ、機械的・電気的な光の変調を必要としない、光学材料や薄膜を解析・評価するための新たなエリプソメトリー法を開発・実証しました。本手法は、機能性薄膜や光学材料の高精度な特性評価、高速性を生かした材料の動的特性評価など幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2017年9月20日(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の電子ジャーナル「Nature Communications」で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究プロジェクト:「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト」
研究総括:美濃島 薫(電気通信大学 情報理工学研究科 教授)
研究期間:平成25年10月~平成31年3月
光波の時間、空間、周波数、位相、強度、偏光など全てのパラメーターを自在に操作でき、さまざまな応用に使えるところまで進化した知的光源を開発し、その未踏な応用分野を開拓することを目標としています。
薄膜分析は、薄膜の特徴を明らかにし、その機能を制御する上で重要です。そのため、高精度な薄膜分析を実現するさまざまな手法が提案されていますが、その中でも光の特徴(波長・強度・位相・偏光など)を利用した分光エリプソメトリー法が広く利用されています(図1)。この方法では、薄膜に光を入射し、入射光と反射光が作る面(入射面)に平行な偏光(注3)成分(p偏光)と垂直な偏光成分(s偏光)で生じるわずかな光の特徴の違いを精密に分析することで、薄膜の特性を明らかにします。
従来の分光エリプソメトリー法では、各偏光成分の光の特徴を得るために機械的、あるいは電気的な光の変調が必要となります。この変調には、機械的振動や温度特性などの影響で、計測時間・安定性・堅牢性・精度などに制限があるという課題がありました。また、分光エリプソメトリー法では光の波長情報を用いることで分析可能な薄膜の特徴が飛躍的に増えますが、従来法では光検出装置の波長分解能、変調器の波長依存性などによる制限が生じ、改善が求められていました。
本研究グループは、光の波長や位相が高度に制御され、広い波長帯域を持つレーザー光源(光コム)を活用することで、分光エリプソメトリー法で計測する光の特徴を機械的・電気的変調を行わずに高速、精密、かつ堅牢に計測可能な新たな手法を開発しました。
光コムは、非常に波長幅の狭い光が等間隔に櫛の歯状に並んだ広帯域のスペクトル群で構成される光源です(図2)。光コムの櫛1本1本の波長やその位相関係は極めて高精度に制御され、その強度も安定しています。そのため、光コム光源を2台用意し、空間的に重ね合わせてうなり信号(注4)を計測することで、それぞれの波長、位相、強度といった光の特徴を、機械的・電気的変調を加えることなく得ることが可能です(図3)。
そこで本研究グループは、これまでに産総研が開発してきた高精度な光コム光源を利用し、徳島大学が考案した分光エリプソメトリー解析法に適用する新たな手法の開発に取り組みました。その結果、従来の分光器を用いた分光エリプソメトリー法では0.1~0.01ナノメートル程度であった波長分解能が、本手法により1.2x10-5 ナノメートルに向上し、より精密な分光エリプソメトリー法が実現できることが示されました。さらに本研究では、原理検証実験として、複屈折性光学材料(図4)および光学薄膜(図5)の計測をし、機械的・電気的変調を行わなくても高速・精密に分光エリプソメトリー法による分析が可能であることを明らかにしました。
本研究のポイントは、分光エリプソメトリー法で必要な光の特徴(特に光の位相)を2台の光コムのうなり信号として計測した点にあります。光は、非常に高い周波数(数百テラヘルツ)であることから、従来法では光の時間波形を直接計測できません。そのため、光の位相に相当する情報を光の強度に変換することで計測しており、その過程で機械的・電気的光変調を必要としていました。本研究で用いた光コムは、光の周波数を光のうなりという電気的に計測可能なRF周波数(数十メガヘルツ)に変換するため、光の時間波形を直接計測することが可能です。これにより、分光エリプソメトリー法で必要な光の強度や位相などの特徴を、直接取得することに成功しました。この光コムを用いた光周波数からRF周波数への周波数リンク(注5)を活用することにより、分光エリプソメトリー法を飛躍的に進化させる光学的手法の開発に成功しました。
光コムを用いた新しい分光エリプソメトリー法には、機械的・電気的変調を必要としないため堅牢性がある、波長分解能が高い、高速で測定できるなどの特徴があります。そのため、これらの特徴を生かして機能性薄膜や光学材料の静的・動的評価などの応用が可能です。また、本手法は原理的にさまざまな波長領域に展開することができるため、本手法の波長分解能が高いことを利用して、紫外線、赤外線、テラヘルツ領域など、材料の特性が鋭敏に変化する波長領域での応用も期待されます。さらに材料表面性状評価などへの応用も期待されます。このように、本研究成果は材料特性評価のための基礎技術となり、今後の機能性薄膜を含む材料開発へ大きく寄与するものと期待されます。