国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センターは、地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】シームレス地質情報研究グループ 内野 隆之 主任研究員らが三重県鳥羽地域における地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「鳥羽」を刊行した。
紀伊半島の東端、志摩半島に位置する鳥羽地域は、古生代~中生代のさまざまな種類の地層・岩石が分布する日本列島でも有数の場所で、1996年には恐竜「トバリュウ」の化石が発見されたことでも知られる。しかし、これまでこの地域の詳細な地質図は作製されていなかった。
今回、詳細な地表踏査を基に、複雑に分布する地質を把握して鳥羽地域の精緻な地質図を作製した。また、これまで時代未詳であった地層の年代を決定し、地層名の定義や、地質のまとまりである地質帯の区分と整理を行った。鳥羽地域の地質の成り立ちを解明する上で重要な地殻変動の復元を行った結果、鳥羽で恐竜化石が発見された理由や、この地域の最高峰である朝熊ヶ岳が形成された過程を解明できた。鳥羽図幅は、今後、学術研究に加え、防災・減災計画、都市計画、観光産業、地学教育の基礎となる重要な資料として利活用されることが期待される。
この図幅は9月15日頃から産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で販売される。また、今回の研究成果は、9月16~18日に愛媛大学城北キャンパス(愛媛県松山市)で開催される日本地質学会第124年学術大会でも発表される。
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今回刊行した5万分の1地質図幅「鳥羽」 |
地質図は、地盤や地層の様子を表した図で、資源開発や防災、土木・建設、地球環境対策など幅広い分野で、基礎資料として必要とされる。また、日本列島の発達過程を探るための学術資料としても重要である。5万分の1の地質図幅は、地質図幅の中で最も高精度の地質図であり、日本列島を約1300に分割した区画ごとに地質調査を実施し、その結果をまとめたもので、詳細な地質情報が記載されている。
産総研 地質調査総合センターでは、全国各地域の地質を調査・研究し、未整備地域の地質図幅を作製しているほか、過去に刊行された地質図幅についても改訂を行っている。
紀伊半島東部に位置する鳥羽地域は、日本列島の基盤をなす「三波川帯」、「秩父帯北帯」、「黒瀬川帯」、「秩父帯南帯」、「四万十帯」と呼ばれる、種類や時代など同じ特徴を持つ岩石・地層群を一括りにした「地質帯」が一通りそろっている貴重な地域の1つである。すなわち、西南日本(関東以西)の基盤の地質基準となりえる地域であり、また日本列島の発達過程の解明につながる地質情報を備えた重要な場所である。しかしながら、これまでこの地域の地質全体を包括的に扱った研究や詳細な地質図はほとんどなかった。その理由としては、一般の研究では、一つの地質帯が一つの専門分野であることが多く、特徴の異なる複数の地質帯を包括的に扱うことがほとんどなかったこと、幾つかの地質帯ではその形成過程解明に役立つ年代が決定していなかったことが挙げられる。
そこで、地質調査総合センターは、平成23~27年度の5年間にわたり、鳥羽地域全域の地表踏査及び岩石試料の顕微鏡観察や年代測定などの室内実験を実施し、5万分の1地質図幅「鳥羽」として、地質図と説明書にまとめ刊行することとした。
今回、鳥羽地域を中心に約300日にわたる地表踏査を行い、岩石の種類やその分布、地質構造の把握を行った。また、採取した岩石の微化石抽出や放射年代測定を行って年代を決定した。それらを基に、各地質帯の構成要素や地質帯同士の関係を把握して、紀伊半島東部の地質の発達過程や地殻変動を復元した。
鳥羽地域では主にジュラ紀~白亜紀(約2億~7千万年前)に、海溝域で形成された付加体(図1(a)、(c)、(d))と、より陸側の海底で付加体の上に薄く堆積した浅海層(図1(b))が、陸上で帯状に分布していることが確認された。また、地下深部で形成された蛇紋岩や古い時代の火成岩・堆積岩・変成岩などが、白亜紀以降に活動した長さ20 km以上の大断層(五ヶ所-安楽島構造線)に沿って分布することも確認できた。そこで、鳥羽図幅では、地質の岩相・年代・地質構造などによって、地層名を定義・再定義し(例えば、青峰コンプレックス、鷲嶺火成岩類、松尾層)、更に同様の種類の地質をまとめて「三波川帯」・「秩父帯北帯」・「黒瀬川帯」・「秩父帯南帯」・「四万十帯」の5つの地質帯に区分・整理した(図2及び図3の①~⑤)。
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図1 鳥羽地域で見られる地質の例
(a) 白亜紀の変成した付加体の露頭(三波川帯の宮川コンプレックスの変成岩(結晶片岩)):変形によって褶曲した縞状の構造を示す。
(b) 白亜紀の浅海層の露頭(黒瀬川帯の松尾層の砂岩泥岩互層):海溝より陸側の海底で、付加体を覆うように堆積し、地層の構造は整然としている。この地層から恐竜化石が発見された。
(c) ジュラ紀の付加体の露頭(黒瀬川帯の青峰コンプレックスの混在岩):海溝で堆積し、付加に伴い変形している。泥岩の基質中に、海洋地殻上の玄武岩や石灰岩の断片化された岩塊を含む。
(d) ジュラ紀の付加体の露頭(黒瀬川帯の青峰コンプレックスの破断した砂岩泥岩互層):泥岩の基質中に、砂岩の断片化された岩塊を含む。
B:玄武岩、M:泥岩、L:石灰岩、S:砂岩 |
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図2 鳥羽図幅中に示された地質帯区分
(右下の挿入図は紀伊半島における位置関係を示す) |
北東-南西方向の断層である五ヶ所-安楽島構造線と仏像構造線の間に位置する地質帯(黒瀬川帯と秩父帯南帯:図2の③、④)では、恐竜「トバリュウ」の化石が発見された浅海層(松尾層)が分布する。この浅海層は、もともと陸側の海底下で付加体を薄く覆っており、地盤が隆起すると削剥されてしまう。したがって、全体的に隆起している鳥羽地域では浅海層の下位にあった付加体が広く露出しているが、そのような中、浅海層が「鳥羽」に残されているのは、そこが周囲の地質帯(秩父帯北帯や四万十帯:図2の②、⑤)に比べて隆起(上昇)量の少ない場所だったからである(図4)。このように、地質図を基にした地殻変動の復元から、恐竜化石が鳥羽で発見された理由が判明した。
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図3 鳥羽地域の地層を総括した図(第四紀の地質は除く)
*は、化石または放射性年代測定により新たに年代が判明した地層を示す。 |
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図4 恐竜化石が発見された地点周辺の地質分布(左)と地殻変動を復元したモデル(右) |
鳥羽地域北部に分布する三波川帯の南部には、この地域の最高峰で古くから山岳信仰の対象となってきた朝熊ヶ岳がある。この朝熊ヶ岳は、付加体の中に取り込まれた大規模な海洋火山の断片が、逆断層によって上昇してできたことがわかった(図5(b))。更に、南北方向の圧縮によって三波川帯全体の地層が大きく褶曲し、朝熊ヶ岳の地層の上下が逆転していることも判明した(図5、図6)。朝熊ヶ岳を中心とした朝熊山地は東西に延びる地形を示しているが、この地形は鷲嶺火成岩類と呼ばれる主に玄武岩からなる海洋火山断片の東西分布によって形作られている。
また、秩父帯北帯(図2及び図5(a)の②)の地層には、中央に南北方向の断層(五知-朝熊ヶ岳断層;新称)が走っており、この断層の西側では周囲より古い付加体(前期ジュラ紀付加体の逢坂峠コンプレックス)がより新しい付加体(中期ジュラ紀付加体の河内コンプレックス・白木コンプレックス)の上に薄く乗り上げていること、一方で断層の東側では西側よりも地盤が上昇したためこの薄く乗り上げた「前期ジュラ紀付加体」は削剥されて無くなってたことなども明らかになった(図5(a))。
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図5 鳥羽地域の地質分布・構造を示した3次元モデル図
(a) 北から、①白亜紀の変成した付加体(三波川帯)、②ジュラ紀の付加体(秩父帯北帯)、③ジュラ紀の付加体、ジュラ紀~白亜紀の浅海層、三畳紀に変成した付加体、古生代の火成岩・変成岩、古生代の浅海層、蛇紋岩(以上、黒瀬川帯)、④ジュラ紀の付加体及びジュラ紀~白亜紀の浅海層(秩父帯南帯)、⑤白亜紀の付加体(四万十帯)が分布する。
(b) 三波川帯にみられる横倒し褶曲(横臥褶曲)の形成過程(i→iv)。逆転した部分が現在の朝熊ヶ岳を構成している(iv)。 |
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図6 上下関係が判定できる枕状溶岩
(a) 朝熊ヶ岳北麓に露出する逆転した枕状溶岩(三波川帯の鷲嶺火成岩類):点線は枕状溶岩の輪郭。
(b) 枕状溶岩の理想的な形状:枕状溶岩は、通常、枕を敷き詰めたような産状を示し、重力により垂れ下がるため、地層の下位方向に鋭角を示す。 |
鳥羽図幅の説明書には、地質情報のほかに、マンガン鉱石などの鉱物資源、恐竜化石産地や景勝地などの観光資源についても記述している。また、地すべりの発生箇所なども地質図上に表記してあり、地質との関連性が読みとれる。
紀伊半島は、今後30年以内に東南海地震に見舞われる確率が高いと考えられている。そのため、地質に関する細かい基礎情報が収録された鳥羽図幅は、国や地方自治体による防災・減災計画や都市計画などに利活用されることが期待される。加えて、ジオパークを中心とする観光産業や、地学教育での利活用も進むものと想定される。
鳥羽図幅の作製を通して構築されたこの地域の地質構造モデルを基として、特に三波川帯中の海底火山岩体(鷲嶺火成岩類)がいつどこで形成され、どのように付加したのかを、年代測定や化学組成の分析などにより解明していく。