発表・掲載日:2017/09/14

恐竜化石はなぜ鳥羽で見つかったのか?

-志摩半島の地殻変動の歴史を編んだ5万分の1地質図幅「鳥羽」を刊行-

ポイント

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  • 紀伊半島東部で初となる5万分の1の詳細な地質図を刊行
  • 地殻変動の復元から、鳥羽で恐竜化石が発見された理由を解明
  • 伊勢市の霊峰朝熊ヶ岳あさまがたけの成り立ちを解明


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センターは、地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】シームレス地質情報研究グループ 内野 隆之 主任研究員らが三重県鳥羽地域における地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「鳥羽」を刊行した。

 紀伊半島の東端、志摩半島に位置する鳥羽地域は、古生代~中生代のさまざまな種類の地層・岩石が分布する日本列島でも有数の場所で、1996年には恐竜「トバリュウ」の化石が発見されたことでも知られる。しかし、これまでこの地域の詳細な地質図は作製されていなかった。

 今回、詳細な地表踏査を基に、複雑に分布する地質を把握して鳥羽地域の精緻な地質図を作製した。また、これまで時代未詳であった地層の年代を決定し、地層名の定義や、地質のまとまりである地質帯の区分と整理を行った。鳥羽地域の地質の成り立ちを解明する上で重要な地殻変動の復元を行った結果、鳥羽で恐竜化石が発見された理由や、この地域の最高峰である朝熊ヶ岳あさまがたけが形成された過程を解明できた。鳥羽図幅は、今後、学術研究に加え、防災・減災計画、都市計画、観光産業、地学教育の基礎となる重要な資料として利活用されることが期待される。

 この図幅は9月15日頃から産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で販売される。また、今回の研究成果は、9月16~18日に愛媛大学城北キャンパス(愛媛県松山市)で開催される日本地質学会第124年学術大会でも発表される。

今回刊行した5万分の1地質図幅「鳥羽」の図
今回刊行した5万分の1地質図幅「鳥羽」


研究の社会的背景

 地質図は、地盤や地層の様子を表した図で、資源開発や防災、土木・建設、地球環境対策など幅広い分野で、基礎資料として必要とされる。また、日本列島の発達過程を探るための学術資料としても重要である。5万分の1の地質図幅は、地質図幅の中で最も高精度の地質図であり、日本列島を約1300に分割した区画ごとに地質調査を実施し、その結果をまとめたもので、詳細な地質情報が記載されている。

 産総研 地質調査総合センターでは、全国各地域の地質を調査・研究し、未整備地域の地質図幅を作製しているほか、過去に刊行された地質図幅についても改訂を行っている。

研究の経緯

 紀伊半島東部に位置する鳥羽地域は、日本列島の基盤をなす「三波川帯」、「秩父帯北帯」、「黒瀬川帯」、「秩父帯南帯」、「四万十帯」と呼ばれる、種類や時代など同じ特徴を持つ岩石・地層群を一括りにした「地質帯」が一通りそろっている貴重な地域の1つである。すなわち、西南日本(関東以西)の基盤の地質基準となりえる地域であり、また日本列島の発達過程の解明につながる地質情報を備えた重要な場所である。しかしながら、これまでこの地域の地質全体を包括的に扱った研究や詳細な地質図はほとんどなかった。その理由としては、一般の研究では、一つの地質帯が一つの専門分野であることが多く、特徴の異なる複数の地質帯を包括的に扱うことがほとんどなかったこと、幾つかの地質帯ではその形成過程解明に役立つ年代が決定していなかったことが挙げられる。

 そこで、地質調査総合センターは、平成23~27年度の5年間にわたり、鳥羽地域全域の地表踏査及び岩石試料の顕微鏡観察や年代測定などの室内実験を実施し、5万分の1地質図幅「鳥羽」として、地質図と説明書にまとめ刊行することとした。

研究の内容

 今回、鳥羽地域を中心に約300日にわたる地表踏査を行い、岩石の種類やその分布、地質構造の把握を行った。また、採取した岩石の微化石抽出や放射年代測定を行って年代を決定した。それらを基に、各地質帯の構成要素や地質帯同士の関係を把握して、紀伊半島東部の地質の発達過程や地殻変動を復元した。

 鳥羽地域では主にジュラ紀~白亜紀(約2億~7千万年前)に、海溝域で形成された付加体(図1(a)、(c)、(d))と、より陸側の海底で付加体の上に薄く堆積した浅海層(図1(b))が、陸上で帯状に分布していることが確認された。また、地下深部で形成された蛇紋岩や古い時代の火成岩・堆積岩・変成岩などが、白亜紀以降に活動した長さ20 km以上の大断層(五ヶ所-安楽島あらしま構造線)に沿って分布することも確認できた。そこで、鳥羽図幅では、地質の岩相・年代・地質構造などによって、地層名を定義・再定義し(例えば、青峰あおのみねコンプレックス鷲嶺しゅうれい火成岩類、松尾層)、更に同様の種類の地質をまとめて「三波川帯」・「秩父帯北帯」・「黒瀬川帯」・「秩父帯南帯」・「四万十帯」の5つの地質帯に区分・整理した(図2及び図3の①~⑤)。

鳥羽地域で見られる地質の例の図
図1 鳥羽地域で見られる地質の例
(a) 白亜紀の変成した付加体の露頭(三波川帯の宮川コンプレックスの変成岩(結晶片岩)):変形によって褶曲した縞状の構造を示す。
(b) 白亜紀の浅海層の露頭(黒瀬川帯の松尾層の砂岩泥岩互層):海溝より陸側の海底で、付加体を覆うように堆積し、地層の構造は整然としている。この地層から恐竜化石が発見された。
(c) ジュラ紀の付加体の露頭(黒瀬川帯の青峰コンプレックスの混在岩):海溝で堆積し、付加に伴い変形している。泥岩の基質中に、海洋地殻上の玄武岩や石灰岩の断片化された岩塊を含む。
(d) ジュラ紀の付加体の露頭(黒瀬川帯の青峰コンプレックスの破断した砂岩泥岩互層):泥岩の基質中に、砂岩の断片化された岩塊を含む。

B:玄武岩、M:泥岩、L:石灰岩、S:砂岩

鳥羽図幅中に示された地質帯区分の図
図2 鳥羽図幅中に示された地質帯区分
(右下の挿入図は紀伊半島における位置関係を示す)

 北東-南西方向の断層である五ヶ所-安楽島構造線と仏像構造線の間に位置する地質帯(黒瀬川帯と秩父帯南帯:図2の③、④)では、恐竜「トバリュウ」の化石が発見された浅海層(松尾層)が分布する。この浅海層は、もともと陸側の海底下で付加体を薄く覆っており、地盤が隆起すると削剥されてしまう。したがって、全体的に隆起している鳥羽地域では浅海層の下位にあった付加体が広く露出しているが、そのような中、浅海層が「鳥羽」に残されているのは、そこが周囲の地質帯(秩父帯北帯や四万十帯:図2の②、⑤)に比べて隆起(上昇)量の少ない場所だったからである(図4)。このように、地質図を基にした地殻変動の復元から、恐竜化石が鳥羽で発見された理由が判明した。

鳥羽地域の地層総括図
図3 鳥羽地域の地層を総括した図(第四紀の地質は除く)
*は、化石または放射性年代測定により新たに年代が判明した地層を示す。

恐竜化石が発見された地点周辺の地質分布(左)と地殻変動を復元したモデル(右)の図
図4 恐竜化石が発見された地点周辺の地質分布(左)と地殻変動を復元したモデル(右)

 鳥羽地域北部に分布する三波川帯の南部には、この地域の最高峰で古くから山岳信仰の対象となってきた朝熊ヶ岳がある。この朝熊ヶ岳は、付加体の中に取り込まれた大規模な海洋火山の断片が、逆断層によって上昇してできたことがわかった(図5(b))。更に、南北方向の圧縮によって三波川帯全体の地層が大きく褶曲し、朝熊ヶ岳の地層の上下が逆転していることも判明した(図5、図6)。朝熊ヶ岳を中心とした朝熊山地は東西に延びる地形を示しているが、この地形は鷲嶺火成岩類と呼ばれる主に玄武岩からなる海洋火山断片の東西分布によって形作られている。

 また、秩父帯北帯(図2及び図5(a)の②)の地層には、中央に南北方向の断層(五知-朝熊ヶ岳断層;新称)が走っており、この断層の西側では周囲より古い付加体(前期ジュラ紀付加体の逢坂峠おうさかとうげコンプレックス)がより新しい付加体(中期ジュラ紀付加体の河内こうちコンプレックス・白木コンプレックス)の上に薄く乗り上げていること、一方で断層の東側では西側よりも地盤が上昇したためこの薄く乗り上げた「前期ジュラ紀付加体」は削剥されて無くなってたことなども明らかになった(図5(a))。

鳥羽地域の地質分布・構造を示した3次元モデルの図
図5 鳥羽地域の地質分布・構造を示した3次元モデル図
(a) 北から、①白亜紀の変成した付加体(三波川帯)、②ジュラ紀の付加体(秩父帯北帯)、③ジュラ紀の付加体、ジュラ紀~白亜紀の浅海層、三畳紀に変成した付加体、古生代の火成岩・変成岩、古生代の浅海層、蛇紋岩(以上、黒瀬川帯)、④ジュラ紀の付加体及びジュラ紀~白亜紀の浅海層(秩父帯南帯)、⑤白亜紀の付加体(四万十帯)が分布する。
(b) 三波川帯にみられる横倒し褶曲(横臥褶曲)の形成過程(i→iv)。逆転した部分が現在の朝熊ヶ岳を構成している(iv)。

上下関係が判定できる枕状溶岩の写真と図
図6 上下関係が判定できる枕状溶岩
(a) 朝熊ヶ岳北麓に露出する逆転した枕状溶岩(三波川帯の鷲嶺火成岩類):点線は枕状溶岩の輪郭。
(b) 枕状溶岩の理想的な形状:枕状溶岩は、通常、枕を敷き詰めたような産状を示し、重力により垂れ下がるため、地層の下位方向に鋭角を示す。

 鳥羽図幅の説明書には、地質情報のほかに、マンガン鉱石などの鉱物資源、恐竜化石産地や景勝地などの観光資源についても記述している。また、地すべりの発生箇所なども地質図上に表記してあり、地質との関連性が読みとれる。

 紀伊半島は、今後30年以内に東南海地震に見舞われる確率が高いと考えられている。そのため、地質に関する細かい基礎情報が収録された鳥羽図幅は、国や地方自治体による防災・減災計画や都市計画などに利活用されることが期待される。加えて、ジオパークを中心とする観光産業や、地学教育での利活用も進むものと想定される。


今後の予定

 鳥羽図幅の作製を通して構築されたこの地域の地質構造モデルを基として、特に三波川帯中の海底火山岩体(鷲嶺火成岩類)がいつどこで形成され、どのように付加したのかを、年代測定や化学組成の分析などにより解明していく。



用語の説明

◆地質図・地質図幅
地質図は、地盤や地層の様子、つまり、いつの時代の、どのような種類の岩石・地層が、どこに、どのように分布しているかを塗色し地形図上に示した地図である。地質図は、地層の種類や活断層の位置、石炭・天然ガス・温泉・地熱といった地下資源の有無、火山活動の履歴などが分かることから、土木・建築、防災・減災、観光、資源探査など幅広い分野で利活用されている。また、緯度経度で囲まれた四角の図画を図幅と呼び、地質調査総合センターでは、20万分の1と5万分の1スケールの地質図幅を作製している。前者は日本全国で124区画、後者は1274区画あり、前者については2010年に全国の地質図幅を完備し、20万分の1日本シームレス地質図としてもWeb上で公開されている。[参照元へ戻る]
◆地表踏査
地質調査を行なう上で最も基本的な事項であり、地表を自らの足で歩き、河床・海岸や崖などに露出した岩石の種類、地層の方向・傾き、構造などを丹念に調べていくこと。鳥羽地域の無人島や海岸の崖などは船で接岸して調査を行った。[参照元へ戻る]
◆地質帯
同じような種類や時代の岩石・地層が分布する範囲を地質帯と呼ぶ。白亜紀の付加体が分布する範囲を四万十帯、白亜紀の変成した付加体が分布する範囲を三波川帯などと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆微化石
径数mm以下の放散虫や有孔虫など、主に顕微鏡でしか同定できない小さな化石のこと。微化石のうち、特定の種は年代決定に役立つ。微化石を含む岩石を薬品で適度に溶解させ、微化石を取り出した後、電子顕微鏡などで観察し同定する。今回の研究で年代決定に有効であった微化石は、泥岩に含まれる放散虫であった。[参照元へ戻る]
放射年代
鉱物に含まれる放射性元素(例えば、ウランやカリウム)の放射性壊変(不安定な元素が放射線を出して安定した元素に変化すること)を利用して求められた数値年代。放射年代測定法の1つであるウラン-鉛法はウランの放射性同位元素が、放射崩壊によって鉛の同位元素に変わることを利用したもので、カリウム-アルゴン法はカリウムの放射性同位元素がアルゴンの同位元素に変わることを利用している。それぞれの元素で放射線の強さが半分になる時間(半減期)が決まっている。
今回の研究では、ウラン-鉛法での測定については砂岩中のジルコンを、カリウム-アルゴン法での測定については変成岩中の白雲母を対象とした。[参照元へ戻る]
◆付加体・浅海層
付加体とは、海洋プレートが海溝で大陸プレートの下に沈み込む際に、海洋プレートの上の堆積物や海山の断片などが剥ぎ取られ、海溝に溜まった砂や泥と一緒になって、陸側に押し付けられてできた岩石・地層群である。一般的に、地層は強く変形している(図1(a)、(c)、(d)参照)。長い時間をかけて、陸側に押し上げられ続けると、それらは地表に露出する。日本列島の基盤の多くはこの付加体からなる。
海溝より陸側の海底で、陸からもたらされた砂や泥が堆積した地層が「浅海層」である。付加体に比べ、変形が弱く整然とした地層をなす(図1(b)参照)。通常、アンモナイトや貝などの大型化石を多く含む。恐竜「トバリュウ」の化石は、浅海層である「松尾層」の中から発見された。[参照元へ戻る]
付加体・浅海層の説明図図
◆変成
地殻の内部で、岩石の組織と鉱物組成とが、その場所での温度や圧力下の条件に適合するように再構成されること。鳥羽地域では、後期白亜紀付加体が海溝域での沈み込みに伴い地下深部で変成し、結晶片岩と呼ばれる縞状構造の発達した変成岩となっている(図1(a)参照)。それが分布する地質帯が三波川帯である。[参照元へ戻る]
◆岩相
種類・色・構造(例えば、堆積構造や変形構造)・組織(例えば、粒度)など、岩石についての様相・特徴のことを指す。[参照元へ戻る]
◆コンプレックス
地層は通常、○○層と呼ばれるが、付加体のように、変形が強く元の成層構造を保持していない、また様々な種類の岩石が混在しているような乱雑な地質については、「付加複合体」という意味を表し、○○コンプレックスと呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆露頭
野外において露出している岩石・地層のこと。通常、岩石や地層のほとんどは、植生や人工物に被覆されているため、地質調査では、川沿いや海岸、崖など岩石が直接露出している露頭を探す。[参照元へ戻る]
◆褶曲
地層が両側から押される力によって湾曲することをいう。褶曲の中でも、上に凸の形状を示す場合を背斜と呼び、逆に下に凸の形状を示す場合を向斜と呼ぶ。また、横倒しになった褶曲は横臥おうが褶曲といい、鳥羽地域では三波川帯中に背斜が南に向け横倒しになった横臥褶曲が認められる。[参照元へ戻る]



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