国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 市川 直樹】センシング材料研究グループ 上原 雅人 主任研究員らは、株式会社 村田製作所【代表取締役 村田 恒夫】(以下「村田製作所」という)と共同で、低コストで成膜温度の低いRFスパッタ法を用いた、単結晶と同等の圧電性能を示す窒化ガリウム(GaN)薄膜を作製できる方法を見いだした。さらに、スカンジウム(Sc)添加で圧電性能が飛躍的に向上することを実証し、GaNとしては現在、世界最高性能の圧電薄膜を開発した。
GaNはLEDやパワーエレクトロニクスへの利用で知られているが、窒化アルミニウム(AlN)と同様に機械的特性に優れた圧電体でもあり、通信用高周波フィルターや、センサー、エナジーハーベスターなどへの利用も期待されている。さまざまな応用が期待される一方で、GaNはAlNに比べて圧電薄膜の作製が難しく、RFスパッタ法では圧電体として利用できる十分に良質な配向薄膜を作製できなかった。今回、ハフニウム(Hf)またはモリブデン(Mo)の金属配向層の上にGaNの結晶を成長させることで、良質なGaN配向薄膜を作製できた。この薄膜は単結晶並みの圧電定数d33(約3.5 pC/N)を示した。さらに、Scを添加するとd33が約4倍の14.5 pC/Nまで増加した。今回の成果により、GaNの圧電体としての応用が広がるだけではなく、GaN薄膜の製造技術への波及効果も期待できる。
なお、この成果の詳細は、平成29年9月5~8日に福岡国際会議場で開催される第78回応用物理学会秋季学術講演会で発表される。
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今回作製したGaN圧電薄膜の電子顕微鏡写真(左)と構造の模式図(右) |
圧電体は振動などの機械的エネルギーを電気エネルギーに変換する材料である。特に、AlNやGaNなどの窒化物の圧電体は、酸化物に比べて機械的性質に優れ、センサー感度やエネルギー変換効率が高いため、通信用高周波フィルターや、センサー、エナジーハーベスターとして期待されている。AlNは、すでにスマートフォン用のBAW型高周波フィルターとして利用されており、次世代機器での利用(市場規模約800億円以上)も期待されている。一方で、GaN圧電デバイスの作製はAlNに比べて難しいため、圧電体としてのGaNの研究開発はほとんど進んでいない。
GaNは、電波の送受信・信号処理を担う電子機器である高周波デバイスとしての利用も期待されている。スマートフォンだけでなく、自動車間通信や車載レーダーの信号処理による自動運転システムなど、今後の通信社会の拡大には不可欠であり、高出力、低損失で作動するGaN系の高電子移動度トランジスタへの期待は大きい。その電子密度は圧電性により制御されているので、GaNの圧電性に関する研究開発は重要である。さらに、GaNで高性能な圧電素子やトランジスタが開発されれば、高周波フィルターや増幅器などを一体化させた次世代の高周波集積回路の開発にもつながる。
産総研は、次世代通信用高周波フィルターや過酷環境下でも利用できるセンサーへの利用を目指して、高い圧電性を示すAlN圧電薄膜の開発に取り組んできた。企業との共同研究で開発したSc添加(2008年11月21日 産総研プレス発表)やMgとNbを同時添加した(2016年3月18日 産総研プレス発表)AlNは、世界で最も高い圧電性を示す窒化物薄膜である。今回、この世界最先端の技術を背景に、村田製作所と共同で、これまでほとんど進んでいないGaN圧電体の開発研究に取り組んだ。
圧電体としてのGaN研究開発の問題点は作製方法にある。GaN圧電デバイスは、MOCVD法で作製されている。この方法は良質なGaN単結晶を作製できるが、製造コストがかかる。また、一般的に700 ℃以上の高い加熱が必要であり、高温加熱によって圧電デバイスに不可欠な電極に用いる金属は、不純物としてGaNを汚染してしまう。そのため、金属電極はGaN成膜後に複雑な工程で作製しなければならない。 GaN圧電デバイスの低温かつ低コストな作製技術が開発できれば、圧電体としてのGaNの研究開発が加速され、AlNと同じような圧電体としての応用が可能となる。
今回開発した技術では、GaNと結晶学的に相性のよいハフニウム(Hf)やモリブデン(Mo)の配向層を、あらかじめシリコン基板上に成長させて、その上に、比較的低温で成膜できるRFスパッタ法でGaNの配向薄膜を成長させる。X線ロッキングカーブ法で配向薄膜の結晶学的な品質を評価した結果を図1に示す。ロッキングカーブの半値幅(赤い矢印)が小さい方が配向薄膜の品質が良いことを示すが、シリコン基板上に直接成長させた薄膜より、HfやMoの配向層上に成長させた薄膜の方が配向性が良いことが分かった。このGaN配向薄膜の圧電定数d33は、MOCVD法などで作製された単結晶GaNの発表されている値と同等であり(図2、約3.5 pC/N)、良質な薄膜を作製できたことがわかる。今回開発した技術では、MOCVD法に比べて低い温度でGaN薄膜を作製できるため、コスト削減のほか、これまでGaN成膜後の複雑な工程が必要だった金属電極の作製も容易になる。また、比較的低温で作製できるので、他のデバイスや製品へGaN圧電体を付与できると考えられる。
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図1 X線ロッキングカーブの模式図(左)とシリコンや金属配向層上に作製したGaN圧電薄膜のX線回折ロッキングカーブの半値幅(右) |
さらに、AlNの圧電性能を飛躍的に高めることで知られているScの添加をGaNでも試みた。AlNは結晶のある一方向に圧電性を示すが、Scを添加すると結晶構造が少し変化して、その方向にイオンが動きやすくなり、圧電性が向上すると考えられている。今回開発した金属配向層を利用する作製方法により、同じ結晶構造をもつGaNにScを添加した圧電薄膜を作製した。その結果、圧電定数d33は著しく向上し、Sc無添加のGaNの4倍である約14 pC/Nを示した。これまでの作製技術では、Scのような異種元素を添加すると良質な配向薄膜を作製できなかったが、今回開発した方法により、Scを添加しても良質な配向薄膜を作製することができた。今後、この作製方法を利用することで、圧電体としてのGaNの研究開発が促進されると考えられる。
さらに、今回開発した方法により作製したGaN圧電薄膜を用いてBAW型高周波フィルターを試作し、共振特性を調べところ、Sc無添加の薄膜もScを添加した薄膜も良好な共振特性を示した。特にScを添加した薄膜の電気機械結合係数k2は約6 %と、無添加単結晶の3倍の高い値を示した。なお、今回作製したSc添加GaNの圧電定数d33や電気機械結合係数k2は、現在のところGaN系としては世界最高値である。
今回開発した方法により、GaN圧電薄膜へ異種元素を添加できるようになったので、高価なレアアースであるScに替わる安価な元素の探索と、さらに圧電性能を向上させるための構造制御技術の開発を行う。