国立研究開発法人国立環境研究所らのグループは、世界最大級の都市である東京圏からの二酸化炭素(以下、CO2という。)排出量をモニタリングするために、東京スカイツリーにおいて、大気中の温室効果ガス(CO2、メタン等)と関連物質(炭素同位体、酸素、一酸化炭素等)の観測を開始しました。CO2濃度だけでなく、CO2中の放射性炭素同位体比と大気中酸素濃度を高精度で分析することで、CO2排出量を排出源別(植物の呼吸から出たものか、化石燃料を燃焼して出たものか)および燃料別(天然ガスか、石油か)に推定することが可能になると期待できます。CO2濃度については、平成28年3月末から現在まで1年以上の観測を実施し、大都市特有のCO2濃度変動(濃度が高く、かつ気象場に応じた数日周期の激しい変動がある)を捉えることに成功しました。このような、大都市における温室効果ガスと関連物質の大気観測は、フランスのパリや米国のインディアナポリス、ロサンゼルス、国内では代々木、など、世界的にみてもわずかしか行われておらず、非常に貴重な観測です。
パリ協定で合意された世界平均気温の上昇を抑える目標を達成するためには、温室効果ガス排出量の大幅な削減が不可欠です。このような地上での多成分かつ高精度な大気観測と、平成30年度打上げ予定の温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)の全球観測データを組み合わせることで、温室効果ガスの吸収・排出量の把握精度の向上が期待されます。
パリ協定で合意された「世界平均気温の上昇を、工業化前を基準に2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」目標を達成するためには、さらなる温室効果ガス排出量の削減が不可欠です。日本では、温室効果ガス排出量の92.5%が二酸化炭素(CO2)で、CO2排出量の95.1%が燃料の燃焼によるものです(国立環境研究所地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス編 「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」2017年)。燃料の燃焼によるCO2排出量の中では発電が最も多く、自動車、業務と家庭といった都市活動に起因するCO2排出が次いで多くなっており、主要な温室効果ガス排出源として注目されています(図1は、都市と発電所から排出されたCO2のシミュレーション結果)。
大都市レベルといった詳細なスケールの排出量監視には、平成20年度打上げの温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)ならびに平成30年度打上げ予定の「いぶき2号」(GOSAT-2)による人工衛星観測データに加えて、高精度な地上観測との連携が極めて重要ですが、大都市圏での温室効果ガスの地上観測の整備は遅れているのが現状です。そこで、国立研究開発法人国立環境研究所と研究グループ(東京大学大気海洋研究所、気象庁気象研究所、国立研究開発法人産業技術総合研究所)は、世界最大級の都市である東京圏からのCO2排出量をモニタリングするために、東京を代表する高所である東京スカイツリーで温室効果ガスと関連物質の観測を開始しました。
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図1 化石燃料の燃焼によって都市と発電所から排出されたCO2のシミュレーション例。地表から高度1kmの層におけるCO2濃度(ppm, 100万分の一を表す単位)で、赤が濃いほど濃度が高い。(国立環境研究所地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室シャミル・マクシュートフ室長提供) |
平成28年3月末、東京スカイツリー®機器室(地上高250m)に大気観測スペースを整備し、大気観測を開始しました(図2)。1つは、現場に分析装置を設置して、その場の大気を分析装置に導入して、その場で成分を分析する観測です(その場観測)。平成28年3月末に、非分散赤外線吸収法によるCO2濃度の連続観測を開始しました。その後、平成29年1月にキャビティリングダウン分光法によるCO2、メタン、一酸化炭素(CO)分析計を導入し、現在までCO2、メタン、COの連続観測を実施しています。また、平成29年2月には、超高精度の大気中酸素濃度の連続観測を開始しました。
もう1つの観測方法は、ガラスの容器に現場の大気を採取し、それをつくば市の国立環境研究所に持ち帰り、実験室で成分を分析する観測手法です(フラスコサンプリング)。平成28年7月からフラスコサンプリングを開始し、CO2、メタン、一酸化二窒素、CO、六フッ化硫黄の濃度、ならびに安定炭素同位体比(13CO2)と放射性炭素同位体比(14CO2)の分析を行っています。
本観測では、CO2濃度だけでなく、CO2中の放射性炭素同位体比と大気中酸素濃度を高精度で分析することが特徴です。都市からは、さまざまなところからCO2が排出されていますが、CO2濃度と同時に放射性炭素同位体比を分析することで、そのCO2が植物の呼吸から出たものか、化石燃料を燃焼して出たものか、が推定できます。また、CO2濃度と同時に酸素濃度を分析することで、燃焼された燃料が天然ガスなのか、石油なのか、を推定することができます(図3)。
このような、大都市における温室効果ガスと関連物質の大気観測は、フランスのパリや米国のインディアナポリス、ロサンゼルス、国内では代々木、など、世界的にみても非常にわずかしか行われていない、貴重な観測になります。
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図2 東京スカイツリー®に整備した国立環境研究所大気観測スペースの写真 |
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図3 炭素同位体と酸素濃度を用いてCO2排出源を推定する方法の概要 |
東京スカイツリー®で観測された、平成28年4月から平成29年5月までのCO2濃度データを、富士山頂のCO2濃度(平成29年4月14日既報「富士山頂での自動CO2濃度観測機器による長期間観測の成功 -富士山頂で東アジア全体が把握できるCO2濃度が観測可能と判明-」)と比べたグラフを図4に示します。富士山頂のCO2データは、中緯度東アジア域における代表的な背景場の濃度を示していると考えられます。
東京スカイツリーのCO2濃度は、富士山頂と比べ、①最大で100ppm以上の非常に大きな変動が数日周期で現れる、②濃度が低い時でも、夏期(7~8月)以外は常に数ppm以上高い、ことなどがわかりました。富士山頂のCO2濃度よりも高くなっている部分が、東京や周辺の地表面で排出されたCO2濃度を捉えていると考えられます。
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図4 2016年4月1日から2017年5月31日に観測されたCO2濃度の時間変化。黒が東京スカイツリーで観測されたCO2濃度の1時間平均値、青が富士山頂で観測された夜間(22時から23時)のCO2濃度。 |
平成29年2月に得られたCO2、メタン、CO濃度の同時観測データ(図5)から、数日~10日程度ごとに、CO2、メタン、CO濃度が急増するイベントが観測されました(2月4~5日、16~17日、19~20日、22~23日)。この濃度増加イベントは、北西風から南よりの風に変わったときに起こっていたことから、東京湾岸の大規模事業所から排出された空気を観測したものと推察されます。また、各イベントで増加する成分の比が異なることなども観測されました。こうした濃度増加イベントと気象場との関係、CO2、メタン、COの成分比、さらに酸素濃度と炭素同位体を分析することで、CO2排出源の解析を進めていきます。
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図5 2017年2月に東京スカイツリー®で観測されたCO2濃度、メタン (CH4) 濃度、CO濃度の1時間平均値と風向風速(図上の矢印)。風向風速データは、東京スカイツリー外部環境計測器情報を参考にした。 |
我々が行う地上での多成分かつ高精度な大気観測から大都市東京のCO2排出量を排出源別に推定し、さらに平成30年度打上げ予定の「いぶき2号」の全球観測データを組み合わせることで、温室効果ガスの吸収・排出量を把握する精度が向上することが期待されます。
CO2排出量のさらなる削減に取り組んでも、効果が見える(=大気のCO2濃度の増加がゆるやかになる)のは、まだまだ先のことです。我々は、CO2排出量削減の効果を確かめるまで、温室効果ガス濃度の長期モニタリングに取り組みたいと考えています。
本研究は、環境省の委託業務「GOSAT等を用いた温室効果ガス排出量把握精度改善に関する技術開発委託業務」により実施されたものです。