国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】ヘテロ原子化学チーム 五十嵐 正安 主任研究員、山下 浩 主任研究員、フロー化学チーム 島田 茂 研究チーム長、同研究センター 佐藤 一彦 研究センター長は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 古川 一夫】(以下「NEDO」という)のプロジェクトでガラスの基本単位であるオルトケイ酸の結晶作製に成功し、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構【理事長 児玉 敏雄】J-PARCセンター【センター長 齊藤 直人】大原 高志 主任研究員と一般財団法人 総合科学研究機構【理事長 横溝 英明】(以下「CROSS」という)中性子科学センター 中尾 朗子 副主任研究員、茂吉 武人 研究員、花島 隆泰 研究員らの協力を得て、その構造を明らかにした。
オルトケイ酸は、19世紀前半に発見されて以来、さまざまな分析手法により組成や分子の形状までは分かっていたが、非常に不安定で単離することができないため詳細な分子構造は不明であった。今回、有機化学的手法を無機化合物のオルトケイ酸の合成に応用することで、不安定なオルトケイ酸を合成、結晶化させて、構造を解析した。オルトケイ酸はガラスに代表される無機ケイ素材料の基本単位構造であり、有機ケイ素材料の基本単位構造でもあるため、高機能・高性能ケイ素材料製造への貢献が期待される。
なお、本研究成果の詳細は、7月26日(現地時間)に英国の学術誌Nature Communicationsに掲載される。(DOI:10.1038/s41467-017-00168-5)
|
ガラスの基本単位であるオルトケイ酸と解明したその分子構造 |
無機ケイ素化合物(ガラス、シリカ、ゼオライトなど)だけでなく、有機ケイ素化合物(シリコーンなど)の基本単位であるオルトケイ酸(Si(OH)4)は、テトラアルコキシシラン(Si(OR)4)や四塩化ケイ素(SiCl4)を水と反応させる加水分解の際に短時間だけ発生し、次の反応を起こす「真の前駆体」である。これまでにない機能や高い性能を持つケイ素材料を製造するために、オルトケイ酸の安定な合成と単離が求められてきた。
また、自然界には石などから溶出したごく低濃度のオルトケイ酸がある(海水中の平均濃度0.00673 g/l)。植物(特にイネ科)は、天然のオルトケイ酸を吸収し、もみ殻や茎、葉などにシリカを蓄積させて、物理的に丈夫になるだけでなく、害虫や病原菌を防いでいる。また、天然水や麦(イネ科)から作られる飲料など(ビールなど)にはオルトケイ酸が溶け込んでおり、動物の骨や髪、皮膚、爪などの体組織の一部の原料となっている。動植物がオルトケイ酸を取り込むメカニズムの詳細を明らかにするためにも、オルトケイ酸の分子構造の解明が求められてきた。
19世紀前半にベルセリウスによりシリカが水に溶ける現象が発見され、溶解性のシリカ(オルトケイ酸)の化学がスタートした。しかし、当時はその組成や分子構造はわかっていなかった。その組成がSiO4H4であると判明し、さらに、ケイ素上に4つの水酸基-OHが結合した分子構造(Si(OH)4)であることが分かったのは20世紀初頭から中頃にかけてであった。しかし、オルトケイ酸は不安定で単離できなかったため詳細な構造は不明のまま、現在に至るまで、理論計算による分子構造の推測が行われてきた。
産総研は、機能性有機ケイ素化学品製造プロセスの研究開発を行っている。有機ケイ素材料の物性は分子の骨格を形成しているシロキサン結合(Si-O-Si結合)の構造に大きく依存するので、シロキサン結合の構造を自在に形成できる技術を開発している。シリコーン創成期の100年以上前から現在までシロキサン結合は加水分解で形成されてきたが、構造を制御して次世代材料として求められる性能水準を達成するには、シロキサン結合の「真の前駆体」であるシラノールの単離が必要となる。そのため、今回、シラノールの中でもガラスやシリコーンの基本単位でもあるオルトケイ酸を合成・単離する技術の開発に取り組んだ。
なお、本研究開発は、経済産業省未来開拓研究プロジェクト「産業技術研究開発(革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発プロジェクト/有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発)」(平成24~25年度)とNEDOプロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」(平成26~33年度)(プロジェクトリーダー:佐藤 一彦)の一環として行われた。
オルトケイ酸(Si(OH)4)は、テトラアルコキシシラン(Si(OR)4)や四塩化ケイ素(SiCl4)の加水分解によって生成するが、速やかに脱水縮合して、最終的にはシリカ(SiO2)になるため単離例は皆無である(図1)。
|
図1 従来法(加水分解)の問題点 |
オルトケイ酸が不安定で単離できないのは、加水分解の際の水が、その後の脱水縮合に大きく影響していると考え、水を使わないオルトケイ酸の合成反応を開発した。ベンジルオキシ基を4つ有するテトラベンジルオキシシランを、アミド溶媒中においてパラジウムカーボン触媒(Pd/C)を用いて水素化分解する手法を開発することで、オルトケイ酸を収率良く(96 %)合成できた(図2)。また、今回開発した水を使わない反応では、生成したオルトケイ酸が非常に安定に存在できる。
|
図2 今回開発した水を使わないオルトケイ酸の合成法 |
結晶化を促進させるためにテトラブチルアンモニウム塩(nBu4NX, X = Cl,Br)を反応溶液に加えると、オルトケイ酸と加えたアンモニウム塩からなる単結晶を得ることができた。この単結晶の構造を明らかにするためX線結晶構造解析と中性子結晶構造解析を行った。X線結晶構造解析の結果、オルトケイ酸は正四面体構造であり、ケイ素-酸素結合の平均結合長は0.16222ナノメートルで、酸素-ケイ素-酸素結合の平均結合角は109.76ºであった(図3)。また、J-PARCセンターとCROSSが行った中性子結晶構造解析により、酸素-水素結合の平均結合長が0.0948ナノメートルであることも分かり、世界で初めてオルトケイ酸の詳細な分子構造を明らかにした。
|
図3 オルトケイ酸の分子構造の構造解析結果
オルトケイ酸とテトラブチルアンモニウム塩が水素結合を介して複合して粉状になっているもの(左)とその分子構造(中央、右)。赤:ケイ素、青:酸素、白:水素、緑:窒素、灰色:炭素、黄色:塩素 である。
|
また、オルトケイ酸の脱水縮合の過程で生成すると考えられているオリゴマー(2量体、環状3量体、環状4量体)も、同様の反応により合成し、X線結晶構造解析によってそれらの構造を明らかにした(図4)。
|
図4 オルトケイ酸のオリゴマーの分子構造
左から2量体、環状3量体、環状4量体 |
オルトケイ酸とそのオリゴマーを安定に合成できるようになったことから、これらをビルディングブロックとして用いた高機能・高性能シリコーン材料の開発や革新的なシリカ製造プロセスの開発が期待される。また、安定なオルトケイ酸を用いることで、植物や動物のシリカ摂取のメカニズム解明に貢献することが期待される。
今後は、オルトケイ酸とオリゴマーの大量合成法の開発を行う予定である。また、構造を制御したシロキサン化合物の製造プロセスの開発を検討する。