国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】放射線イメージング計測研究グループ 平 義隆 研究員、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所【所長 川合 眞紀】(以下「分子研」という)加藤 政博 教授、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構【理事長 平野 俊夫】(以下「量研」という)東海量子ビーム応用研究センター 早川 岳人 上席研究員らは、円偏光高強度レーザーと高エネルギーの電子の衝突(レーザーコンプトン散乱)によって、渦状の形状を持つガンマ線が生成されることを理論計算により見出した。
近年、レーザー技術の進展によって、渦状の形状を持つ特異な光、光渦を生成できるようになってきた。光渦は、分子や材料に照射した場合に、通常の光ではできない「捻る」などの操作ができるといった特徴がある。生成できる光渦の波長(エネルギー)範囲は拡がってきているが、メガ電子ボルトのエネルギー領域のガンマ線の光渦(ガンマ線渦)はまだ生成されていない。ガンマ線渦が生成できれば、原子や原子核との新奇な相互作用を通じて、同位体分析や非破壊検査において新しい産業技術が実現される可能性がある。
今回、理論計算による検討の結果、円偏光高強度レーザーと高エネルギーの電子とをコンプトン散乱させた時に、高強度レーザーがもたらす強い電磁場における電子の散乱により高エネルギーのガンマ線渦が生成されることを見出した。これまで、光渦レーザーと高エネルギー電子のコンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線渦を発生する理論的方法が提案されていたが、今回発見した手法では光渦レーザーを用いなくてもガンマ線渦を発生できる。円偏光レーザーは一般的なレーザー装置を用いて安定かつ高強度に発生できることから、円偏光高強度レーザーを用いたレーザーコンプトン散乱が、ガンマ線渦を生成するための実用的かつ有望な手法となることがわかった。
なお、この研究の詳細は、2017年7月10日(英国時間)に英国科学雑誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。
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今回発見したガンマ線渦の発生方法 |
光は粒子と波の性質を併せ持つ。光を波と見なした場合、波の山なら山、谷なら谷となる部分をつないだ面を波面と呼ぶ。通常のレーザーのような光ビームでは、図1の左側に示すように光の進行方向に垂直な波面が周期的に独立して存在しているが、近年の光科学の進展によって、図1の右側に示すような渦状の波面を持つ特異な光、光渦を生成することが可能になってきた。光渦を金属やポリマーなどに照射した場合に、渦の性質を利用して対象物を「捻る」ことができるので、材料の微細加工などの研究が行われている。光渦と物質の相互作用の研究は始まったばかりであり、どのような新しい相互作用の可能性があるのか、理論研究も行われている最中である。
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図1 通常の光の波面(左)と、渦状の波面を持つ光渦(右)の模式図
波面に示した矢印は光の電場方向を示す。 |
光の波長が異なれば、異なる対象物に作用できるため、光渦の生成技術も幅広い波長範囲に次々と拡がっている。しかし、光の中でも最も波長が短く、原子や原子核と相互作用するガンマ線については、光渦(ガンマ線渦)がまだ生成できていない。そのため、ガンマ線渦の生成方法が模索されている。
産総研では、レーザーコンプトン散乱技術で生成したガンマ線を建造物や大型機械などの非破壊検査や、同位体分析などに産業利用するための研究開発を行ってきた(2009年3月6日 産総研プレス発表)。ここで仮に、ガンマ線渦が生成できれば、原子や原子核との新奇な相互作用が期待でき、新しい分析方法が可能になるはずだが、これまでのレーザーコンプトン散乱技術ではガンマ線渦を生成できていなかった。一方、産総研では分子研と共同で、高エネルギー電子ビームから光を発生させる技術や、円偏光を駆使した分光技術の開発にも取り組んできた。また、量研では高強度レーザーの研究開発や原子核とガンマ線の相互作用に関する研究を行ってきた。そこで、産総研、分子研、量研の持つこれらの技術や知見を駆使し、ガンマ線渦の新しい生成法の研究を開始した。
なお、本研究は独立行政法人 日本学術振興会の海外特別研究員制度、科学研究費助成事業(基盤研究B、研究課題:26286081、15H03665)の助成を受けて行われた。
レーザーコンプトン散乱ガンマ線(エネルギーにして数メガ電子ボルトから数百メガ電子ボルト)は、高エネルギー(通常は数十メガ電子ボルトから数ギガ電子ボルト)の電子ビームにレーザーの光子をコンプトン散乱させて生成される(図2(左))。今回、このレーザーコンプトン散乱に用いるレーザーを、円偏光かつ高強度なものとすれば、極めて強いレーザー光によって非常に強い電磁場が生成され、そこからガンマ線渦が生成されるのではないかとの着想を得た(図2(右))。そこで、その実現性について、強電磁場中の電子と光の相互作用を詳細に取り扱った理論計算を行ったところ、ガンマ線渦が特定の条件で生成されることを突き止めた。これまで、高強度レーザーによるレーザーコンプトン散乱では、通常のレーザーコンプトン散乱で得られるガンマ線と比べ、整数倍(2倍、3倍など)のエネルギーのガンマ線が生成する現象は知られていたが、それが光渦となることは全く予想されておらず、今回その事実を初めて発見してそれを理論的に検証した。
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図2 通常のレーザーコンプトン散乱ガンマ線(左)と、円偏光した高強度レーザーによるレーザーコンプトン散乱ガンマ線(右)の模式図 |
図3は、通常のレーザーコンプトン散乱ガンマ線と、円偏光高強度レーザーで生成されたレーザーコンプトン散乱ガンマ線を、ビーム正面から見た場合の強度分布の理論計算結果である。通常のレーザーコンプトン散乱ガンマ線は通常の光(ガンマ線)であるため、中心部の強度が高い分布をしている(図3のn = 1)。円偏光高強度レーザーによるレーザーコンプトン散乱ガンマ線のうち、2倍のエネルギーを持つガンマ線では、中心部の強度が低い(図3のn = 2)。このように円環状の強度分布になるのは、このガンマ線が渦を巻いていることの証左である。さらに3倍のエネルギーのガンマ線は、より大きな渦を巻いた結果、より大きな円環になっていることが分かる(図3のn = 3)。この結果から、通常のレーザーコンプトン散乱ガンマ線の整数倍のエネルギーのガンマ線がガンマ線渦であることが判明した。
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図3 通常のガンマ線(n=1)とガンマ線渦(n=2、3)の強度分布
ガンマ線渦では、光渦に特徴的な円環状の強度分布となっている。 |
円偏光高強度レーザーによるコンプトン散乱でガンマ線渦が生成するメカニズムは次のように考えられる。光を光子と考えると、光渦(ガンマ線渦)の光子は通常のガンマ線光子より大きな角運動量をもつという特徴がある。一方、円偏光レーザーでは、個々のレーザー光子の角運動量の向きが進行方向を軸として、時計回り、あるいは反時計回りといった具合にお互いに揃っている。高強度レーザーによるレーザーコンプトン散乱では、1個の電子が複数のレーザー光子を吸収した後に、1個のガンマ線光子を放出するという過程をたどるが、このとき放出されるガンマ線光子の角運動量は吸収した複数のレーザー光子の角運動量の和になる。ここで高強度レーザーが円偏光していると、吸収されたレーザー光子の角運動量の向きが揃っているので、放出されるガンマ線光子も大きな角運動量をもち、ガンマ線渦となるのである。
ガンマ線と、原子や原子核との相互作用は、ガンマ線が持つ角運動量の大きさによって性質が異なると考えられている。現在のガンマ線を用いた非破壊の同位体分析においては、各種の同位体が固有のエネルギーのガンマ線を強く吸収して再度放出する性質を利用しており、ガンマ線のエネルギー情報のみで同位体の識別を行っているが、ガンマ線渦で様々な角運動量を有するガンマ線を生成できるようになれば、エネルギーだけでなく角運動量の情報によって、より多種多様な同位体を識別することが可能になると期待される。大きな角運動量のガンマ線渦と個々の同位体の吸収の強さは、全く研究されていないに等しく、今後の課題である。その関係が理論・実験によって明らかになれば、これまでにない同位体分析や非破壊検査技術が実現できる可能性がある。
ガンマ線渦の生成とその利用は全くの未踏領域である。我々は本研究の国内のトップランナーとして、ガンマ線渦の生成、ガンマ線渦と物質の新奇な相互作用の探索とその計測、およびその産業利用を確実に推進する。現在、産総研、分子研、量研の三者は共同で、量研が保有する高強度レーザーを用いた、ガンマ線渦発生の実証実験を行うことを計画しており、早ければ来年度から共同研究を開始する予定である。