国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】 高橋 雅紀 研究主幹は、アナログ模型を併用した思考実験に基づいて、第四紀の日本列島の東西短縮地殻変動の原因が、これまで考えられていた太平洋プレートの運動ではなくフィリピン海プレートの運動であることを明らかにした。山が隆起し陸地の拡大が続く日本列島の地殻変動は、本州で頻発する内陸地震の原因でもある。
今回の研究により、日本列島を取り巻くプレートの運動と地殻変動が論理的に結びついたことで、過去のプレート運動と過去の地殻変動の因果関係だけでなく、将来の地殻変動についても、地質学的なシナリオを描くことが可能となる。
この研究の詳細は、2017年6月29日に地質調査研究報告 にオンライン掲載される。
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アナログ模型で明らかにした日本列島の地殻変動の力学的枠組みの概念図 |
本州は、およそ300万年前に開始した東西短縮地殻変動によって、かつての海底が隆起し広い範囲が陸化して生まれ、今もなおその範囲は東西方向に強く押されている。北アルプスや南アルプスなどは、本州が強い力で東西に押され隆起しているために急峻な山岳となっている。現在見られる日本列島の起伏に富んだ風景は、まさに、過去300万年間に及ぶ地殻変動によって生み出されている。
この第四紀の東西短縮地殻変動は、日本列島の風景を生み出すと同時に、地震災害といった負の自然現象ももたらしている(図1)。本州では1995年の兵庫県南部地震や2004年の新潟県中越地震など内陸地震が頻発しているが、これは東西短縮地殻変動が日本列島の各所に歪みをともなっているためである。地殻が東西に短縮すると、地殻には歪みエネルギーが蓄積される。そして、地殻の強度を超えると地殻は破壊され、逆断層や横ずれ断層が動くことによって歪みエネルギーが解消され地震が発生する。
このように、第四紀の東西短縮地殻変動は、地震災害といった負の自然現象を生む一方で、日本人の生活する場所(陸地)をもたらした。さらに、われわれ日本人固有の文化や美意識に対しても、強い影響を与えてきた。その原因を明らかにすることは、単に防災や地学的課題に留まらず、われわれが住むこの日本とわれわれ自身の来歴の理解に繋がる。
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図1 日本列島周辺のプレート運動と頻発する内陸地震 |
本州の広い範囲は東西方向に押されている(図中の赤矢印)。 |
日本列島を東西に短縮する地殻変動は、長い間、西に移動する太平洋プレートの沈み込み運動が原因と考えられてきた。ところが、太平洋プレートの運動は4000万年以上も概ね一定であったことが知られている。日本列島の活発な地殻変動の原因が太平洋プレートであるとすると、日本列島は300万年前より以前から東西短縮地殻変動が継続してきたことになり、地質学的に整合性が取れないという問題があった。今回、他のプレートの運動も考慮し、アナログ模型を用いた思考実験を行い、この問題の解決に取り組んだ。なお、プレートはオイラー極と呼ばれる回転軸を中心にした回転運動を行っているが、この資料の図ではこの回転軸をピンで表してある。
日本海溝と伊豆-小笠原海溝、南海トラフはいずれもプレートの沈み込み境界であり、房総半島の東方沖には、それら三つの海溝が1点に会合する世界で唯一の海溝-海溝-海溝型三重会合点(以下、三重会合点)がある。この三重会合点の配置の時間経過についてアナログ模型を使って考察した。
まず、日本列島(本州)を変形しないユーラシアプレートに属するとし、北海道の北東方を回転軸としてフィリピン海プレートを運動させてみた(図2)。
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図2 日本列島周辺のプレート運動の従来のモデル |
地質学的時間スケールでは、太平洋プレートが三重会合点で切断されてしまう。 |
フィリピン海プレートを回転させ続けると、三重会合点で会合していた日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれてしまう。これは1969年に既に指摘されており、その内容は地球科学に関する多くの教科書に掲載され、固体地球科学においては常識と受け取られている。二次元でみると矛盾する点はない。
ところが、三次元で考えてみると、日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれるということは、西に移動する太平洋プレートが三重会合点で切断され、両海溝の間にトランスフォーム断層が形成されることを意味している(図2)。しかし、太平洋プレートは世界で最も厚く(90 kmほど)、また温度が低いために固いプレートであり、容易に切断されるとは考えられない。また、プレートの上面で発生する深発地震は三重会合点の周辺で連続的に分布しており(段差がない)、これは、三重会合点の周辺で太平洋プレートが切断されていないことを示している。したがって、三重会合点で太平洋プレートが切断されず、日本海溝と伊豆-小笠原海溝が連続するようにアナログ模型を修正する必要がある。
ところが、日本海溝と伊豆-小笠原海溝がずれないように両者を画びょうで接合させると模型は可動せず、フィリピン海プレートが移動しないことになる。そこで、東北日本を、ユーラシア大陸本体とは別個に動けるようにした。東北日本の日本海東縁で東西短縮地殻変動が進行していることは、東北日本とユーラシア大陸との距離が縮んでいることを示しており、両者は別個に運動しているからである。そして、伊豆-小笠原海溝と日本海溝の南端がずれないようにし、地震学的に明らかにされているオイラー極を中心に東北日本が可動するようにしたところ(図3)、太平洋プレートが剪断されずにフィリピン海プレートが動くことが確認できた(図4) 。
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図3 太平洋プレートが剪断されずに動くアナログ模型 |
フィリピン海プレートが現在のオイラー極を中心に回転し、太平洋プレートが切断されないと、東北日本は必然的に西に移動するので地殻は東西に短縮せざるを得ない。 |
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図4 太平洋プレートが剪断されずに動くアナログ模型 |
フィリピン海プレートが北西に移動すると、東北日本は必然的に西に移動する。 |
この模型で、フィリピン海プレートをオイラー極(赤ピン)を中心に時計回りに回転させると、東北日本はそのオイラー極(青ピン)を中心に時計回りに回転した。すなわち、フィリピン海プレートが運動すると、東北日本は必然的に西に移動する。ところが、日本海の地下の基盤は固いマントルなので変形せず、西に移動した東北日本は東西に短縮せざるを得ない。
このことは、日本列島(本州)の東西短縮地殻変動やその変動の一端を示す内陸地震が、太平洋プレートの沈み込み位置(日本海溝)の移動によって引き起こされていることを示している。日本海溝の西向きの移動はフィリピン海プレートの運動によって引き起こされているので、日本列島(本州)の東西短縮地殻変動の原因は、従来考えられていた太平洋プレートの運動そのものではなく、フィリピン海プレートの運動であると結論づけられる。
今回明らかにしたフィリピン海プレートの北西方向への動き、東北日本の西への移動、日本海東縁での地殻変動の関係をベースに、日本列島周辺でのさまざまな現象が説明できるようになることを示していく。