国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)製造技術研究部門【研究部門長 市川 直樹】手塚 明 総括研究主幹、機械加工情報研究グループ 古川 慈之 主任研究員、同研究部門 米津 克己 招へい研究員は、顧客視点を取り入れた開発方針を、開発期間を通して関係者間で共有できる、デザイン思考の新しいプロセスを提案し、「構想設計の手法と道具」プロトタイプとしてシステム化して公開する。
製品やサービスなどの開発には、開発前半(上流)の「考える専門家」(企画・デザイン・設計など)、開発後半(下流)の「作る専門家」(調達・製造・販売など)、ユーザーなどの「使う専門家」の協業が重要である。しかし、「考える専門家」から「作る専門家」への開発方針の事前共有が十分でなく、しわ寄せが部品調達や製造原価、配送パッケージなどの下流に集中し、また「使う専門家」からのアイデアの取り込みも十分ではないことが多かった。さらに、開発上流の「考える専門家」間でもデザイン系の専門家と工学系の専門家の検討が分断されて意思統一できないなどの課題もあった。今回開発したプロトタイプは、製品やサービスなどの設計仕様が決まるまでの構想設計段階での活用を主なターゲットとした。構想設計段階では「考える専門家」が主体となるが、その会議に「使う専門家」「作る専門家」が参加できること、関係者全員に顧客視点を共通に持たせること、対話の阻害要因となっているマインドセットや立場、専門、言葉の違いを意識せず一体となって議論できること、を実現する手法と道具を目指した。
なお、本プロトタイプは6月21~23日に東京ビックサイト(東京都江東区)で開催される設計製造ソリューション展にてデモを実演している。来場者が実際に操作を体験することもできる。
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「構想設計の手法と道具」の概要 |
日本のものづくりでは、「製造作り込み設計力」とも言える開発下流の設計機能(製造プロセス設計、設計作り込みなど)が重要視される傾向があった。近年、製品やサービスの成否を決める開発上流の「設計仕様決定力」や体験価値の高い設計仕様を導き出すために、顧客視点の構想設計の重要性が認識されるようになってきた。
顧客視点からの構想設計では、製品の姿も定義もない設計の初期段階で、顧客の立場に立って使用する状況のさまざまな要素(時間、人、表情、感情、場所、季節、匂い、日差し、風、気温、体感など)を想像し、それらと製品との関係性や距離感を考えて製品の機能や仕様を決めていくプロセスが要求される。
従来、構想設計では、デザイナーが技術的難易度を理解せず実現性の低いデザインを提示する、工学系開発者が体験価値をうまく想像できず性能重視の設計を行う、製造などの開発下流のメンバーが実現性の難易度を開発上流に伝えにくい、「使う専門家」「考える専門家」「作る専門家」が対話し共創する手法とプロセスが確立していない、などの課題があった。
産総研では、2009年より関係性デザイン議論協業ソフトウェア「デザインブレインマッピング(DBM)」の開発を行っている。協業を目的とし、議論プロセスを記述できる点が既存の思考整理ソフトや議論可視化ツールとの大きな違いである。DBMを用いたワークショップによる問題解決デザインに関わる技術コンサルティングも行っている。
2014年に設立した構想設計コンソーシアムでは、開発上流に関わる会員企業の共通問題を把握し、解決方法を共有した上で、手法とツールの研究開発とを連動させて、DBMを試用した際の意見を迅速にフィードバックするなどPDCAサイクルに基づいた活動を行っている。今回、構想設計コンソーシアムでの議論を踏まえて、DBMに二つのツールを付加して「構想設計の手法と道具」プロトタイプを開発した。
本研究開発の一部は、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 革新的設計生産技術「チーム双方向連成を加速する超上流設計マネージメント/環境構築の研究開発」(管理法人:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて行った。
今回開発したプロトタイプの効果は①「使う専門家」のアイデアを有効活用、②「作る専門家」の知見を開発上流が前倒しで検討、③顧客視点を関係者間で共有し、デザイン系専門家と工学系専門家の検討の分断を解消、の3点である(図1)。このプロトタイプの新しい点は、構想設計の質と効率の向上を狙い、「使う専門家」「考える専門家」「作る専門家」が対話し共創する手法を提供し、非言語のイメージの段階と言葉と関連付けた段階を意識して構想設計のプロセスをアルゴリズム化し、さらに関係性デザインの観点からソフトウェアを構成して、共創を促す環境を提供している点である。
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図1 開発上流から下流までの全体として最適な開発へ向けた「構想設計の手法と道具」の効果 |
「構想設計の道具」はWindows動作のソフトウェアであり、「イメージシャワー」「ブレストツール」「DBM」から構成される。前者2つは非言語イメージによる思考、後者は非言語イメージと言葉とを関連付けた思考を促す構想設計の道具である(図2)。LAN接続されたパソコンおよびマルチタッチ表示環境で機能する。
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図2 「構想設計の道具」の構成要素 |
「構想設計の手法」は、複数人の思考の外在化を行い、その外在化と思考の相互作用による3つのプロセスから構成される(図3)。まず、設計する製品(サービスも含む)に何らかの関連があるイメージをできるだけ収集し、「イメージシャワー」を用いてチームで製品の周辺イメージを選択する(イメージの抽出を共創するプロセス1)。「ブレストツール」で製品イメージを中央に仮置きし、「イメージシャワー」から転送された選択イメージをカテゴリー分けし、イメージ間の関係性や距離を決める。この際の関係者は、「ブレストツール」を直感的に操作することで、思考を外在化して意思を伝えあい、配置の軸(例えば図1のような縦横軸)や問題の構造を把握するための創発を促す(周辺イメージにより問題の構造化を行うプロセス2)。「ブレストツール」で決めたイメージの配置はDBMに転送され、言葉とイメージが関連付けられて、思考バイアスの破壊や思考フレームの変換も含めた論理的な検討により、価値軸の共創、納得感の共有、訴求軸の決定に持ち込む(価値・訴求軸を決定するプロセス3)。
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図3 「構想設計の手法」のプロセスとアルゴリズム |
図4に掃除機を題材として顧客視点の思考を促すイメージの例を示す。左は言葉のみ、右は提案する手法による。掃除機の仕様は要件定義から決定されるが、視覚的なイメージがあった方が具体的な検討は容易となると考えられる。また、ここでのイメージは「イメージシャワー」で「作る専門家」の知見も含まれたイメージから選択され、さらに「ブレストツール」で「考える専門家」「作る専門家」「使う専門家」で顧客視点を共有して検討されたものである。これにより工学系の専門家とデザイン系の専門家との間での検討の分断を解決することも期待される。
これまで、「ブレストツール」単体と類似の機能をもつタッチパネル製品はあるが、議論プロセスの変革を意図して上流下流や作り手・使い手の連携手法を伴ったシステムは存在しなかった。
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図4 顧客視点の思考を促すためのイメージ(言葉のみ:左、本手法による提案:右) |
以下に、今回開発した「構想設計の手法と道具」の機能と効用を、これらを活用したストーリーと使用シーンを例に説明する。
<活用ストーリー、使用シーンの具体例>
A社でシェア拡大のミッションを受けた掃除機の開発プロジェクトが開始された。「今まで設計に関わっていない「使う専門家」の知恵も総動員せよ。下流側の「作る専門家」も上流検討に参加し、全体最適の設計を行え。」という指示が飛んだ。A社は部署間の風通しが悪く、設計・製造・デザイナー・マーケティング・営業などがそれぞれの行動原理に従うなかで、それぞれの部局での最適なものを何とか積み上げた製品開発をしてきたが、これを機に部署間連携による全体最適化に向けた変革をしたかった。A社の清掃作業員は長年掃除機の愛用者で「使う専門家」だったが、今まで設計開発には関わる機会はなかった。
「使う専門家」などの一般社員の知恵活用の仕掛けとして「イメージシャワー」と「ブレストツール」をロビーに設置する。「イメージシャワー」ではテーマにちなんで社内募集したイメージを通りすがりの社員が選択し、「ブレストツール」では立場や上下の関係なく会話をしながらイメージをカテゴライズし、テーマとの関係性で配置している。
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企業のロビーでの一般社員の知恵取り込みのイメージ |
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今まで設計に関わっていない方も参加する構想設計会議のイメージ |
A社では上流検討は上流チームのみの担当で、製造原価や配送パッケージ、部品調達などのしわ寄せで下流チームがその処理に苦労していた。そのため、下流チームが参加する上流チーム主体の会議と上流チーム参加の下流チーム主体会議の二つを設定した。DBMに「ブレストツール」のイメージ配置を取り込み、今まで関わっていない「作る専門家」「使う専門家」も上流チーム主体会議に参加してイメージを言葉に置き換えて検討を行う。ワークショップ形式による議論の並列化、履歴機能による欠席者へのフォローなど、議論の質と効率の向上を支援する。製造原価や部品調達などのしわ寄せ回避のため下流チーム主体の構想設計会議も設定され、上流チームや「使う専門家」も参画し、工場2階で議論している。
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上流チーム主体会議と下流チーム主体会議の双方から決定を行っている事業部製品化決定会議のイメージ |
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新製品試作品のユーザーモニタリングのイメージ |
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事業部での製品化決定会議では2つの会議のDBMの履歴を辿り、評価軸、暗黙の仮定などを確認しながら、注意深く、検討の経緯とプロセスを把握する。「使う専門家」と「作る専門家」の知恵を寄せた構想設計仕様は製造や調達、販売の評判も良く、オーナーシップの醸成も確認できて製品化が決定された。
新製品試作品の試用モニターは街頭に設置された「イメージシャワー」で感想キーワードを選択する、事業部ではその回答具合をインターネットと接続された「ブレストツール」上で把握する。量産前試作品の評価など、ユーザー反応をリアルタイムに効率良く、把握可能な仕組みにも活用可能である。
「構想設計の手法と道具」の活用によりA社の開発プロジェクトは順調に進み、各専門家のアイデアを取り入れた掃除機の開発に成功し、シェア拡大に貢献した。
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このように、「構想設計の手法と道具」プロトタイプは「使う専門家」「考える専門家」「作る専門家」の対話の壁(立場、専門、言葉など)を取り除き、非言語イメージから言語へ、周辺関係性から課題へと、段階を踏んで知見を集約する、集合知でのコトづくりの仕組みであるが、広くコミュニケーション創発にも有効と考えられる。例えば、初対面同士の会議の自己紹介の代わりに、専門に関わる書籍イメージをそれぞれイメージシャワーで流し、読んだことのある書籍イメージを選択しブレストツールで関係性配置をすることで、お互いの専門体系が把握できて、会議導入の効率化を図ることもできると考えられる。言葉で伝えにくいものをイメージで伝えて、協業を阻害する壁を超えて創発につなげることが、「構想設計の手法と道具」プロトタイプの目的である。
構想設計支援に関わる分野の技術成果の橋渡し促進、社会実装のための活動を目的として設立する構想設計イニシアティブにおいて、サンプル提供制度により試用を行う企業を募り、応用ポテンシャルと効果の検証や、プロトタイプの改良を行うと共に、橋渡し企業の探索を行う予定である。