国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター【総合センター長 矢野 雄策】20万分の1日本シームレス地質図編集委員会(編集委員長 斎藤 眞)は、2005年よりウェブサイト上で公開してきた、日本全国の地質情報を継ぎ目なく(シームレス)表示する「20万分の1日本シームレス地質図」を完全リニューアルし、2017年5月10日(地質の日)に一般に公開した(https://gbank.gsj.jp/seamless/v2.html)。
これまで、従来の20万分の1日本シームレス地質図は、詳細で高速に閲覧できる世界でも類を見ないウェブサイト上の地質図として広く使われてきたが、1992年に刊行された「100万分の1日本地質図」の地層の区分方法を基にした凡例を用いている。凡例は、その地質図で表現できる情報の質と量を決めていると言える。出版から既に約25年が経過して、当時とは地質区分の考え方も変わってきたため、今回、最新の地質学的知識に基づき、凡例を全面的に刷新した。この結果凡例数はこれまでの386から2400超へと大幅に増加し、より詳細な情報が地質図に表現できるようになった。また、凡例を体系化し階層構造にしたため、地質図の表示の仕方を、目的や用途に応じて自由に変えることもできる。
今後、土木・建築や防災・減災、観光、資源探査など幅広い分野で、地質情報が一層利活用されることに貢献すると期待される。
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(基図は国土地理院の標準地図を使用) |
20万分の1日本シームレス地質図の旧版(左)と今回公開した新版(右)の比較
(三浦半島~房総半島の例) |
地質図とは、植生や土壌の下にある、地層や岩石の種類・時代・分布、そしてそれらの相互関係を表した地図である。地質図の情報によって地盤の状態や活断層の位置、石炭や天然ガス、温泉、地熱といった地下資源の有無、火山活動の歴史などが分かることから、地質図は資源探査、土木・建築、防災・減災、近年では観光など幅広い分野で利活用され、われわれの生活の支えとなっている。特に日本は4つのプレートがせめぎ合う場所であるため、世界の中でも非常に複雑な地質をしており、その成り立ちの背景や現在の状態がわかる地質図は、安全・安心な社会を実現する上で、重要な役割を果たしている。
産総研 地質調査総合センターでは、20万分の1地質図幅を基に地質図をデジタル化し、1つの地質図で日本列島をカバーした「20万分の1日本シームレス地質図」を2005年よりウェブサイトで公開しており、継ぎ目のない日本全土の地質図を、パソコンやタブレット端末、スマートフォンで誰でも簡単に見ることができる。この地質図は日本全国を単一の凡例で見ることができる唯一の地質図で、世界的にもこれほどの情報量をもつ地質図を高速に閲覧できるシステムはない。公開以降のアクセス数は順調に増加し、トップページのアクセス数は100万件を超えている。
しかし、この20万分の1日本シームレス地質図は、1992年に刊行された「100万分の1日本地質図」の凡例を基に作成されたため、用いられている凡例の基本概念は既に約25年が経過している。凡例は地質図に情報を表現するための「言葉」であり、それが刷新されない限り、新しい考え方を盛り込んだ地質図を作ることは困難である。このため、この25年間の地質学の進展を基に刷新した凡例を作成し、それに基づく新たな地質図の編さんが求められていた。
そこで、2010年に、各分野の専門家を集めた20万分の1日本シームレス地質図編集委員会を立ち上げ、最新の知識に基づいた凡例の作成とその凡例に基づく20万分の1日本シームレス地質図の再編さんを行った。
今回、全面的に刷新した凡例は、「地質の年代」、「岩石の種類」、「地層・岩石ができた環境」の3つを組み合わせた、2400超の凡例からなり、従来の386に比べて大幅に増えた。岩石の区分をすべて見直すことで、より詳細な凡例による地質図を提供できるようになった。
主な変更点は、従来の20万分の1日本シームレス地質図では、時代によって岩石の区分が一貫性を欠いていたが、今回はそれを統一した。堆積岩では海でたまった物か、陸でたまった物かなど、堆積した場所がわかる区分とした。火山岩では、成分の違いによる区分を詳細化し、通常の日本の火山の溶岩の区分に正確に合わせられるようにした(図1)。変成岩では、変成する前の岩石のほか、被った圧力や温度を表わせる区分とした。また、日本列島の屋台骨をつくる付加体では、新たに多くの地層を付加体に区分すると共に、従来、一括して付加体とされていた地層のうち付加体でないと認定できたものは分離し、岩石の区分を増やして岩石種ごとの正確な区分を可能にした。
これによって、地層の種類と災害の発生との相関がより正確にわかるようになると予想される。また、正確な地層・岩石の分布は地熱、地中熱などの資源分布や非金属資源の探査に役に立つ可能性もある。さらに、身近な土地の成り立ちを正確に知ることによって、その土地の地質災害史をより理解できるとともに、地域の歴史を深く知り、引いては新たな観光資源の開拓などにつながると期待される。
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図1 旧版の凡例(上)と今回公開した新版の凡例(下)の比較
火成岩で同じ時代の例。岩石の区分が階層構造化され、かつ詳細になったことがわかる。 |
凡例を見直す上で、特に留意した点が、凡例の階層構造化である。今回、地質の年代、岩石の種類、地層・岩石ができた環境の3項目を階層構造化した(図2)。これにより、今回公表した地質図から、目的や用途に応じて見たい地質情報に絞った地質図を表示できるようになった。たとえば、土木・建築分野であれば、軟弱地盤に関係する地層の種類を詳しく表示する一方で、古くて硬い岩石は大くくりで表示するといったことが可能となる。また、地方自治体などが、地震や豪雨による地すべりや土砂災害の軽減対策を検討する場合には、関係する岩石の分布を詳しく表示することで、土砂災害との対応関係が推測され、最適で確実な安全対策を立てられるようになる。さらに、火山防災目的では、火山に関係した岩石の凡例だけを細かく表示し、それ以外の凡例を大くくりで表示するといった使い方ができる。今後、広く普及している地理情報システム(GIS)の形式のデータを公表する予定で、既存のアプリケーションソフトの利活用も容易となる。
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図2 階層構造化した凡例記号の例
白亜紀の堆積岩の例。大くくりの区分にも詳細な区分にも対応できる。 |
これまでも20万分の1日本シームレス地質図は、地質図の上に活断層の位置などさまざまな情報を重ね合わせて表示でき、これが高い利便性を生んでいた。今回はより詳細な地質図となったため、重ね合わせる情報との相関関係がより分かりやすくなると期待される。この地質図に各地域の行政情報などを重ね合わせて的確な避難経路を導き出すなど、より効果的で、合理的な防災・減災対策を講じることも可能となる。観光分野においても、最新の地質情報でその地域の景観の成り立ちを説明できるようになる。
今後は、これまでのシームレス地質図と同様、活断層などの情報を重ね合わせることができるようにするなど利便性を向上させると共に、ダウンロードデータも用意する予定である。また、これまでのシームレス地質図を下敷きにして各種の情報をオーバーレイして表示する外部のウェブサイトに対して、新版の完成を案内するともに、階層構造化された凡例を活かした各種アプリケーションソフトの開発と提供に取り組んでいく。