ミトコンドリアは、細胞のエネルギーを生産する重要な細胞小器官です。近年、ミトコンドリアの活動は転移RNAの硫黄修飾と関連が深いことが報告されており、ミトコンドリアの機能を制御する新たな経路が予想されていました。ヒトを含む真核生物の細胞質で硫黄修飾を行う酵素は同定されていますが、その詳細な反応機構は長い間不明でした。本研究は細菌由来の硫黄修飾酵素TtuAに注目し、完全無酸素の条件下での分光学、生化学及びX線結晶構造解析により、TtuAが酸素に接すると崩壊する不安定な「鉄硫黄クラスター」と呼ばれる因子を用いて機能することを同定しました。また複合体構造解析の結果から、TtuAが、鉄硫黄クラスターをあたかもタンパク質の一部のように用いて硫黄を転移する、これまで知られていない硫黄修飾メカニズムを用いることを提唱しました。本研究の成果は、ミトコンドリアによるエネルギー生産の制御機構を解明するための重要な手がかりを与えると期待されます。
なお、本研究は、科学研究費補助金、JSTさきがけ、武田科学振興財団の支援により行なわれました。
研究論文名:Biochemical and structural characterization of an oxygen-sensitive 2-thiouridine synthesis catalyzed by an iron-sulfur protein TtuA (鉄硫黄クラスタータンパク質TtuAが触媒する酸素感受性2-チオウリジン合成反応の生化学及び構造学解析)
著者:陳明皓1、朝井真一2、奈良井峻1、南部周介3、大村直樹1、坂口裕理子4、鈴木 勉4、齋藤正男3、渡辺公綱5、姚閔1,6、鴫 直樹5*、田中良和1,6,7*
所属:1北海道大学大学院生命科学院、2生物情報解析研究センター・バイオ産業情報化コンソーシアム、3東北大学多元物質科学研究所、4東京大学大学院工学系研究科、5産業技術総合研究所創薬基盤研究部門、6北海道大学大学院先端生命科学研究院、7さきがけ、 *責任著者
公表雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学総合誌)
公表日:日本時間2017年4月25日(火)午前4時(米国東部時間2017年4月24日(月)午後3時)
(背景)
ミトコンドリアは細胞エネルギー代謝の中核的な役割を担う細胞小器官です。しかしミトコンドリアは独立に機能するのではなく、細胞質で生産された生体分子を取り込んで自らの役割を果たします。そのため、細胞質での生体分子の生産や修飾は、ミトコンドリアの機能や制御に大きく影響すると考えられてきました。
2-チオウリジン修飾は硫黄修飾の一種で、タンパク質の生産効率を向上させます。真核生物においては、2-チオウリジンはミトコンドリアの機能に深く関与しており、ミトコンドリア中の2-チオウリジン修飾が欠損した場合、MELASやMERRFなどのミトコンドリア病を発症することが知られています。また細胞質内の2-チオウリジン修飾が欠損した場合も、ミトコンドリアの活動が低下することが知られていましたが、その制御機構の詳細については不明な点が多く残されています。
細胞質中に2-チオウリジン修飾が存在することは約40年前から知られていたにもかかわらず、その生合成機構の詳細は明らかにされていませんでした。今回、田中教授と鴫主任研究員らの共同研究グループは、好熱性真正細菌由来2-チオウリジン合成酵素TtuAの構造機能解析に取り組み、この酵素が、酸素に接すると崩壊する不安定な「鉄硫黄クラスター」という因子を用いて硫黄を転移することを突き止めました。これまで細胞質中の2-チオウリジン生合成機構が明らかにされてこなかったのは、従来の実験が大気環境下で行われていたため、この「鉄硫黄クラスター」が崩壊していたためと考えられます。
(研究手法)
本研究では、元は黄色いTtuAが精製の途中で無色になり沈殿する性質と、TtuAのアミノ酸配列の特徴から、酸素に接すると崩壊する鉄硫黄クラスターがTtuAに結合すると推測して、無酸素条件下で試料調製と解析を行いました。大腸菌で発現させたTtuAを無酸素チャンバー内で精製し、分光学的解析(EPR法)を用いて鉄硫黄クラスターの有無を確認しました。また、鉄硫黄クラスターとTtuA酵素活性の関係性を生化学的手法によって調べました。さらにTtuAと鉄硫黄クラスターの結合形式及びTtuAと硫黄供給タンパク質との相互作用様式を明らかにするために、X線結晶構造解析法を用いました。
(研究成果)
無酸素条件下で取り扱うことにより、黄色を呈したTtuAを大量に調製することに成功し、EPR法により、無酸素条件で調製したTtuA中に[4Fe4S]型の鉄硫黄クラスターが存在することを明らかにしました。TtuAは鉄硫黄クラスターの存在する場合のみRNAへの硫黄修飾活性を示したことから、鉄硫黄クラスターが2-チオウリジンの合成に必須であることが証明されました。TtuAと鉄硫黄クラスターの複合体の結晶構造解析から、クラスター中の4個の鉄原子のうち1個がTtuAと結合せずにむき出しの状態で活性部位中に存在していることがわかりました(参考図)。さらに、TtuAと硫黄供給タンパク質との複合体構造解析にも成功し、明らかになった構造から、TtuAが、鉄硫黄クラスターを使って、硫黄供給タンパク質から標的分子へ直接、硫黄を転移する反応機構を提唱しました。これまでにも、硫黄を転移する酵素の反応機構は研究されてきましたが、鉄硫黄クラスターを使って2-チオウリジンを合成する系を構造と生化学の両面から解析した例はなく、本研究により新たなRNAへの硫黄転移機構が明らかになりました。
(今後への期待)
ミトコンドリアは古くから研究されているにもかかわらず、細胞本体との共生関係や細胞本体による機能制御について不明な点が多く残されています。そのため硫黄修飾はミトコンドリアと細胞本体の関係を研究するうえで優れた切り口であると考えられます。細胞質における硫黄修飾の生合成機構の一端を明らかにした本研究は、ミトコンドリアのエネルギー生産を制御する機構を理解するための重要な手がかりになると期待されます。