NEDOプロジェクトにおいて、未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合(TherMAT)の組合員である産業技術総合研究所は、印刷法により形成できる高性能なp型の有機系熱電変換材料を開発、発電性能を示す出力因子で世界最高レベルの600 μW/mK2を実現しました。
産業技術総合研究所は、今回の成果を身の回りに存在する膨大な量の200℃以下の低温排熱のエネルギーハーベスティングに活用することを目指します。
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図1 カーボンナノチューブ-ポリスチレン複合材料の外観 |
身の回りに存在する膨大な量の排熱を熱電変換し有効活用するためには、熱電変換素子※1の高効率化と同時に、構造的な柔軟性の付与や軽量化といった、素子への利便性の付与が不可欠です。こうした、高効率、かつ高利便性の熱電変換素子を実現するため、NEDOでは、「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発」プロジェクト※2において、有機系熱電変換素子※3の高性能化に関する研究開発を2015年度より実施しています。
導電性高分子材料※4やカーボンナノチューブ-高分子複合材料※5などの有機系材料は、軽量で柔軟性を有し、かつレアメタルを含まないなどの特徴を有します。また、低コストで高い生産性が期待される印刷法により材料形成が可能です。このため、従来の無機熱電変換材料※6を用いた場合に比べて、軽量性や柔軟性を有した利便性の高い熱電変換素子を低コストに製造できるようになると考えられています。有機系熱電変換素子が実用化されれば、身の回りに存在する低温の排熱を熱電変換し、これによって得られた電力を用いて、センサなどの低消費電力な電子機器を駆動することが期待されます。一方で、現状の有機系熱電変換材料は、発電性能が著しく低いという問題点を有しています。
このような中、NEDOプロジェクトにおいて、未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合(TherMAT)の組合員である国立研究開発法人産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センターの末森 浩司(インタラクティブデバイスチーム 主任研究員)らの研究グループは、発電量を表す指標である出力因子※7として、600 μW/mK2を超える有機系熱電変換材料を開発しました。この値は、単純に塗布形成できるp型の有機系熱電変換材料※8としては世界最高レベルの値です。
同研究グループは、今回の成果を身の回りに存在する膨大な量の200℃以下の低温排熱のエネルギーハーベスティング※9に活用することを目指します。
有機系材料としては、カーボンナノチューブ-高分子複合材料を用いました。カーボンナノチューブ-高分子複合材料は、高分子材料が溶解した有機溶媒中にカーボンナノチューブを分散させ、この分散液を基板上に塗布し、その後、有機溶媒を乾燥させることで形成できます。従って、有機溶媒に可溶性を有する広範な高分子材料種を用いることができます。従来は、高い電気伝導性を付与することを目的として、導電性高分子を用いて作製したカーボンナノチューブ-導電性高分子複合材料が研究の主流をなしていました。一方で、本研究グループは、導電性高分子に比較して、汎用性や耐久性、価格などの面で優れた絶縁体高分子を原料として用いた、カーボンナノチューブ-絶縁体高分子複合材料※10の高性能化に関する研究を進めていました。その結果、典型的な絶縁体高分子であるポリスチレンをカーボンナノチューブと混合させることで、ゼーベック係数※11が向上することを見出しました(図2)。これは、ポリスチレンの添加により、カーボンナノチューブ間コンタクト※12における距離が増加し、その部分のトンネル障壁の厚みが増加した結果、高エネルギーのキャリアが優先的に電気伝導に寄与するようになり、ゼーベック係数が増加する、エネルギーフィルタリング効果によると推測されます。
図2 カーボンナノチューブ-ポリスチレン複合材料におけるゼーベック係数のポリスチレン濃度依存性 |
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図3 異なる直径のカーボンナノチューブ束を用いた際のカーボンナノチューブ-ポリスチレン複合材料におけるゼーベック係数と電気伝導率
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加えて、カーボンナノチューブ-絶縁体高分子複合材料中のカーボンナノチューブの束の直径を低下させることで、ゼーベック係数は変化させずに電気伝導性を大幅に向上できることを見出しました(図3)。研究グループはこれらの効果を組み合わせることでパワーファクタを向上させることを目指して、低直径のカーボンナノチューブ束をポリスチレンと混合させたカーボンナノチューブ-ポリスチレン複合材料を作製した結果、約100℃において600 μW/mK2を超えるパワーファクタを観測することに成功しました(図4)。この値は、本成果と同様に、分散液を基板上に滴下し乾燥させる単純な印刷手法で作製したカーボンナノチューブ-導電性高分子複合材料のトップレベルの値に比較して概ね2倍以上の値です。このように、現在盛んに研究されているカーボンナノチューブ-導電性高分子複合材料に変えて、カーボンナノチューブ-絶縁体高分子複合材料を用いることでの大幅な性能向上に成功しました。
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図4 カーボンナノチューブ-ポリスチレン複合材料における出力因子の温度依存性 |
本研究グループは、材料内部の微細な構造の制御などを通じた、さらなる有機系熱電変換材料の性能向上、および有機系熱電変換素子の高効率化に取り組みます。こうした取り組みを通じて、排熱として捨てられている膨大な量の未利用熱エネルギーの有効活用に貢献することを目指します。
NEDOは、引き続き本プロジェクトの研究開発を推進し、未利用熱の有効活用を可能とする技術を提供していきます。