NOK株式会社【代表取締役社長 鶴 正登】(以下「NOK」という)技術本部 機能膜開発部、国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】膜分離プロセスグループ 吉宗 美紀 主任研究員は、有機ハイドライドから燃料電池自動車(FCV)用超高純度水素を分離精製する新規分離技術として、高性能炭素膜に関する共同研究を実施し、この度非常に優れた水素選択性を有する炭素膜の開発および大型モジュール化に成功しました。
開発した大型炭素膜モジュールは、1m3/h規模の水素精製能力を有し、一度の分離操作でFCV用超高純度水素のISO規格純度(精製水素中の残存炭化水素濃度がC1換算で2ppm以下)の達成が可能な分離性能とトルエン存在下での長期安定性を示します。また、本モジュールは各種水素精製のみならず、二酸化炭素やメタンなど多様なガスの分離精製への応用も可能です。
本開発成果は、以下の事業・課題によって実施されました。
事業名:内閣府総合科学技術・イノベーション会議 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」
(管理法人:国立研究開発法人 科学技術振興機構【理事長 濵口 道成】)
委託研究課題名:「有機ハイドライドを用いた水素供給技術の開発」
研究責任者:壱岐 英(JXエネルギー株式会社)
現在、FCV用水素にかかるコストの約6割が、水素ステーション整備・運営費であると言われています(経済産業省「水素・燃料電池戦略ロードマップ」)。本研究では、FCVの本格普及と水素社会の実現を目指し、コストの低減に向けた水素供給技術として、有機ハイドライド注1)であるメチルシクロヘキサンをエネルギーキャリアとする有機ハイドライド型水素ステーションの開発を行っています(図1)。その実用化においては、「高効率、コンパクト、低コスト」な脱水素システムの実現が求められており、課題の一つとして、メチルシクロヘキサンを脱水素して生成する水素とトルエンの混合物から、FCV用水素規格注2)を満足する超高純度水素を精製する技術の開発が必要となっていました。
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図1 有機ハイドライド型水素ステーションの概念図 |
従来の精製技術である圧力スイング吸着法(PSA法)では、超高純度水素精製に多大なエネルギーを必要とし、設備規模や起動時間、水素回収率等に課題があります。これに対して、革新的技術として期待されるのが、省エネ性に優れる膜分離法です。しかし、水素とトルエンの分離は、既存の有機膜では水素選択性やトルエンへの耐薬品性が十分ではなく、高性能無機膜の開発が望まれていました。
本研究では、新規分離技術として無機膜の一種である炭素膜注3)を採用し、NOKは産総研と共同で、高性能炭素膜の開発を進めてきました。その結果、一度の分離でFCV用水素規格を達成可能な非常に高い水素選択性(水素/メタン選択性は3,000以上、水素/トルエン選択性は30万以上)を有する炭素膜の開発に成功しました(図2)。
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図2 開発した中空糸炭素膜 |
この高性能炭素膜は、図3に示すように水素だけが選択的に透過できる均質な細孔を有しています。また、有機ハイドライド型水素ステーションでの運用条件として想定する90℃での水素/トルエン混合ガス供給時においても優れた選択性を維持し、500時間以上にわたる安定した分離性能を確認しています。さらに、膜分離システム計算の結果、従来精製技術に比べて大幅な省エネ化が実現できる見通しです。また、パラジウム膜等の既存の水素分離用無機膜と比較すると、この炭素膜は中空糸注4)型で支持膜が不要の自立膜であるため、膜コストが安く、かつコンパクトな精製装置の実現が可能です。
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図3 炭素膜を用いた水素分離のしくみ |
続いて、本研究ではこの炭素膜の大型モジュール化を実施しました。一般的に無機膜の大型モジュール化では、膜性能のばらつきや欠陥(ピンホール)の発生等により、スケールが大きくなるほど分離性能が低下することが知られており、無機膜の実用化における大きな課題となっていました。本研究では、炭素膜製造方法の改善、シール方法の開発、モジュール構造の最適化等に取り組んだ結果、1m3/h規模の水素精製能力を有する大型炭素膜モジュールを開発することに成功しました(図4)。この大型モジュールは、図5に示すように、非常に優れた水素分離性能を有しており、スケールアップしても欠陥を生じず、炭素膜本来の優れたガス分離性能が維持されています。また、JXエネルギー株式会社で実施した実運転条件による水素/トルエン分離試験で、FCV用水素規格を満足する高純度水素を安定的に製造できることを確認しました。
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図4 大型炭素膜モジュールの外観(右は500mL容量のペットボトル) |
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図5 大型炭素膜モジュールの分離性能 |
さらに、本モジュールは各種水素精製のみならず、二酸化炭素回収やメタン濃縮、ガスの除湿(脱水)など多様なガス(蒸気)の分離精製への応用も可能です。
今後、NOKでは、炭素膜の水素精製能力の向上、中空糸の量産化、さらなる大型モジュール化開発を推進し、モジュールの市場展開を目指しています。