国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)先進コーティング技術研究センター【研究センター長 明渡 純】土屋 哲男 副研究センター長(兼)グリーンデバイス材料研究チーム 研究チーム長は、立山科学工業株式会社【代表取締役社長 水口 昭一郎】(以下「立山科学工業」という)と共同で、LED照明に対応した高輝度・長残光時間の蓄光材料を開発した。
蛍光体材料は、賦活材料や母材料の金属の組成のわずかな違いにより特性が変わるため、その精密な制御が極めて重要である。今回、金属有機化合物を用いた化学溶液法により、金属イオンの注入(金属イオンドーピング)を精密に制御し、さらに新しい合成プロセスを用いて、紫外光を含まないLED照明でも従来の約3倍の明るさ(輝度)、約2倍(4時間)の残光発光時間の蓄光材料を合成した。また、産総研オリジナルのコーティング技術である光MOD法により、今回開発した蓄光材料をポリエチレンテレフタレート(PET)などの樹脂基板上にコーティングした高輝度蓄光シートを開発した。この蓄光材料を安全誘導標識などに用いれば、超高層ビルなどの災害時に、長時間にわたって安全な避難誘導が可能となる。
なお、この技術の詳細は、2017年4月5~7日に東京ビックサイト(東京都江東区)で開催される第2回高機能セラミックス展で発表される。
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LED照明に対応した蓄光材料とその応用例(避難誘導) |
国外、特にアジア各都市でのビルの高層化はとどまるところを知らない。日本でも、300 m級の超高層ビルやタワーマンションが建設され、今後さらなる高層ビルの建設も予定されている。こうした超高層ビルでの災害時の安全な避難誘導には、無給電で発光できる部材・デバイスが欠かせない。蓄光材料は、停電時も発光し続けるため安全誘導標識など災害時の安全誘導部材として活用されている。しかし、省エネ化のため、室内照明は蛍光灯からLED照明への置き換えが進んでおり、紫外光を含まないLED照明では、残光輝度や残光時間が低下する問題が生じてきている。このため、残光の高輝度化、長時間化が望まれていた。
産総研では、低炭素化社会と安全・安心な社会の構築を目指したグリーンデバイス開発の一環として、高機能な材料、部材や、さまざまな材料にコーティングできる革新的な製造プロセスの研究開発を進めている。先進コーティング技術研究センターでは、蛍光体材料の金属組成を精密に制御できる化学溶液を用いた合成法による高機能な蓄光材料(高輝度・長残光時間・多色化)の開発や、紫外光を使った成膜法(光MOD法)による、低温・高速コーティング技術の開発に取り組んできた。特にこれまでに、新たな赤色蓄光材料の開発、さらに蛍光体膜の応用では、従来の蛍光体膜より約2倍高輝度のフィルムを開発し、国内外で特許を取得している。こうした蛍光体材料・部材は、発光を起こさせる光の波長により発光特性が変わってしまうため、今回、紫外光を含まないLED照明でも高輝度、長残光時間を示す蓄光材料・部材の開発に取り組んだ。
今回の研究開発では、化学溶液法を用いた精密な組成制御技術により、蓄光材料へ異種金属ドーピングを行う新規蓄光材料開発とその新たな合成プロセスを考案し、高輝度、長残光な蓄光材料を開発した。今回開発した材料に、LEDの光(波長:460 nm)をあてると、材料中の電子が励起されることで発光し、励起停止後も発光し続ける。図1に励起停止後の輝度と、暗所で非常にはっきり認識できる明るさの10 mcd/m2に減衰するまでの時間を示した。10分後の輝度は、602 mcd/m2と市販蓄光材料の約3倍であった。また、市販蓄光材料では、LEDによる励起停止後、2時間で10 mcd/m2に減衰したが、今回開発した蓄光材料は4時間後まで10 mcd/m2の輝度を維持した。蓄光材料の発光は、発光の中心である賦活材料の濃度を高くし過ぎると逆に濃度消光が起こったり残光時間が短くなったりするが、今回、母材料のバンドギャップ、賦活材料の濃度、トラップ準位の濃度をイオン半径の異なった異種金属のドーピングによって制御し、かつ新しい合成プロセスを考案することで、高い結晶性と賦活材料の最適な酸化状態を実現したことにより、残光の長時間化と輝度の向上を両立できた。
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図1 今回開発した蓄光材料とその残光特性 |
今回開発した蓄光材料と金属有機化合物からなるハイブリッド溶液を用いて光MOD法により、PETなどの樹脂基板上に蓄光材料をコーティングして高輝度蓄光シートを作製した。従来は蓄光材料を樹脂バインダーで基板上に固定化していたため、耐熱性・耐候性に問題があった。また、蓄光材料では発光を支配する希土類金属の酸化状態の制御が重要であるが、従来の高温熱処理による無機材料での固定化では、樹脂基板の劣化や蓄光材料の酸化反応による蛍光特性の低下が大きな課題であった。しかし、光MOD法を用いると、金属有機化合物の光反応で生成した無機材料で蓄光材料を固定化するため、耐熱性・耐候性にも優れ、蛍光特性も低下しなかった(図2)。
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図2 光MOD法で製膜した蓄光シート |
今回開発した蓄光材料を安全誘導標識などに用いれば、超高層ビルやタワーマンションなどの災害時に、長時間にわたる安全な避難誘導が実現する。また、省エネ照明、住宅建材、鉄道、モバイル機器などにコーティングして災害時避難システムの構築が可能である。さらに、産総研で開発した赤色蓄光材料などとの混合による蓄光の多色化技術は、パスポートなどの公文書偽造防止システムなど、さまざまな分野へ適用でき、安全、安心な社会への貢献が期待される。
今後は、今回開発した蓄光材料と蓄光シートを基に、安全誘導標識、照明、住宅建材、交通・モバイル機器などへ適用して、安全、安心な社会に必要なシステムの構築へ貢献していく。