JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、東京工業大学の岩崎 孝之 助教と波多野 睦子 教授、産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 牧野 俊晴 研究チーム長らのグループは、ダイヤモンドパワーデバイス注1)内部に原子レベルの構造である窒素-空孔(NV)センター注2)を形成し、高電圧動作中のパワーデバイス内部の電界強度を定量的にナノメートルスケールで計測することに世界で初めて成功しました。
低炭素社会への貢献が大きいパワーデバイスは、従来のSi(シリコン)半導体から、SiC(炭化ケイ素)、GaN(窒素ガリウム)、ダイヤモンドなどのワイドバンドギャップ半導体注3)を使った次世代パワーデバイスへ置き換えることで、さらに大幅な省エネ化、機器の小型化が実現できます。パワーデバイスは大きな電圧を保持することが重要な性能となりますが、これまでに電圧をかけたときのデバイス内部の電界を定量的に計測することができませんでした。
研究グループは、原子サイズのNVセンターの電子スピン注4)レベルを電界で変化させる新たな電界センサーを提案し、パワーデバイスの内部に形成させた状態で光を検出することにより、デバイス内部の電界を定量的にその場で計測できることを実証しました。デバイスシミュレーションが困難な状況への適用も期待でき、パワーデバイスの動作計測を通して、次世代低損失パワーエレクトロニクス実現への貢献が期待できます。
本研究成果は、2017年1月23日(米国東部時間)に米国化学会の学術誌「ACS Nano」でオンライン公開されました。
ダイヤモンド半導体は電力損失の少ない次世代低損失パワーエレクトロニクスを構築する高性能デバイス材料です。ダイヤモンドデバイスの実現により、自動車、鉄道、自然エネルギーによる発電とその送電、スマートグリッドの電力制御など大電力変換時の大幅な省エネルギー化が期待されています。新しい材料によるパワーデバイスの早期実用化に向けて、各デバイス内部の情報を検出し、デバイスの製造にフィードバックを行い、より効率的に開発を進めることが重要となります。
半導体デバイス内部の電界は、デバイス性能を決める重要な要素です。電界強度が材料を破壊する限界の電圧を超えると、システムは正常かつ安全に動作することができなくなります。予期せぬ動作や性能の詳細な解析には、パワーデバイスの内部電界を直接観察する技術が必要になります。現在、電気特性評価として走査型プローブ顕微鏡注5)による方法がありますが、この場合は材料表面のみの計測となってしまい、定量的かつナノメートルスケールの空間分解能で内部電界を計測することは困難でした。
この問題を解決するために、研究グループはダイヤモンド半導体中の窒素-空孔(NV)センターを利用し、直接デバイス内部の電界を計測する手法を開発しました。NVセンターはダイヤモンド格子中に1つの窒素原子と1つの空孔からなる原子レベルの構造であるため、ナノメートルスケールで電界、磁場、温度などの外部環境変化を計測することができます(図1)。NVセンターはダイヤモンドの大きなバンドギャップ中にエネルギーレベルを形成するため、熱的に安定であり、室温や大気中でも高感度センサーとして機能します。
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図1 NVセンターによるダイヤモンドパワーデバイスの内部電界検出 |
(左図) NVセンターの構造図
(中央図)NVセンターの共焦点顕微鏡像
(右図) 計測系およびデバイス構造
NVセンターとは、ダイヤモンド中の隣り合った炭素原子が窒素(N)と空孔(V)に置き換わったもので、高感度な磁気センサーや電界センサー、温度センサーなど幅広い応用が期待されている。中央図で、共焦点顕微鏡像中に見える明るい点が、デバイス中に作りこんだNVセンターからの発光。この発光の強さをマイクロ波および逆方向にバイアスをかけながら測定することで、デバイス内部の電界を検出することができる。 |
本研究では、NVセンターをダイヤモンドパワーデバイス内に作りこむことによって、デバイス内部にかかる高電界を定量的に直接計測することに世界で初めて成功しました。図1は、NVセンターを含むダイヤモンドpinダイオードの構造と電界計測のための検出系です。ダイヤモンドデバイスに窒素イオンを注入することで、NVセンター一つ一つを分離できる量のセンサーを表面から約350 nmの深さに形成しています。空間分解能は光の回折限界である約300 nmであるため、ナノメートルスケールの内部計測が可能となります。
パワーデバイスはスイッチがオフのときに大きな電圧を保持し、高い内部電界を発生します。そこで、pinダイオードの逆方向バイアス印加時(図2(a))における電界計測を行いました。また、NVセンターを導入してもデバイスは低いリーク電流を保っており、ダイオードとして動作していることを確認しました。
計測は光検出磁気共鳴法(ODMR)注6)で行いました。緑色のレーザーで励起したときにNVセンターが出す赤色蛍光を観測することで、NVセンターが感じる電界を検出する方法で、NVセンターのスピンレベル間に対応するマイクロ波周波数位置で赤色強度が減少することを利用します。電界との相互作用により、このエネルギー位置が変化するため、ODMRでの共鳴点がシフトして、このシフト量から電界を定量的に求めることができます。図2(b)は逆方向にバイアスを上昇させたときのODMRスペクトルです。電圧が高くなるにつれ、発光強度の谷(共鳴点)が変化していく様子が確認できます。これは、NVセンターのN-V軸に垂直な電界E⊥を検出していることに対応します。共鳴点の位置から電界を算出した結果が図2(c)です。電圧の上昇に伴い電界も増加し、150 Vで約350 kV/cmになります。これはNVセンターで検出した電界で最も大きな値です。実験で得られた電界強度はデバイスシミュレーターの結果と一致しており、定量的にパワーデバイスの内部電界をナノメートルスケール計測できることを確認しました。
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図2 光検出磁気共鳴法(ODMR)による電界計測 |
(a)ダイヤモンドpinダイオードの電流電圧特性
(b)逆方向バイアス印加時のODMRスペクトル
(c)検出電界と電圧の関係
大きな電圧を印加することで発光強度が減少する発光強度の谷(共鳴点)の位置がシフトしていく様子が見られる。発光強度の谷同士の幅から電界を算出したものが右図。デバイスシミュレーションと一致していることから、この手法によりデバイスの内部電界を定量的に計測できていることがわかる。 |
本研究により、パワーデバイスの内部電界が定量的かつナノメートルスケールで計測できることを実証しました。この手法は、予期しない電界集中発生や大きなリーク電流下、絶縁破壊電圧印加時での電界測定など、正確なシミュレーションが困難な状況への適用も期待できます。また、複数のNVセンターを利用することで、電界強度をイメージングすることも可能になります。さらに超解像顕微鏡注7)と組み合わせることで空間分解能を10 nm程度まで向上させられることや、パワーデバイスの動作解析を通して材料開発へのフィードバックが加速することで、次世代低損失パワーエレクトロニクス実現への貢献が期待できます。
また、ダイヤモンド中のNVセンター以外にも、SiC(炭化ケイ素)、GaN(窒素ガリウム)、AlN(窒化アルミニウム)、h-BN(六方晶窒化ホウ素)などさまざまなワイドバンドギャップ材料中に原子レベルの発光構造(SiC中のSi空孔など)があることが確認されています。発光構造の形成方法およびスピン制御技術の開発により、これらの材料に対しても、今回開発した計測手法が適用可能であると期待できます。
本成果の一部は、公益財団法人 東電記念財団 研究助成(基礎研究)の支援から得られました。