琉球大学 大学院理工学研究科 大学院生の大野良和さん(指導教員・中村 崇 理学部 准教授)をはじめとする研究グループは、沖縄工業高等専門学校、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、産業技術総合研究所、岡山大学との共同研究で、サンゴが骨格を作る際の細胞群の動きを世界で初めて詳細に捉えることに成功しました。この成果は、生きたサンゴが体内の環境を最適な状態にしながら骨格を作る様子を報告しつつ、これまでの定説に疑問を投げかけるものです。将来的には、この知見を基に、骨などの硬組織の形成メカニズムの進化過程をより深く理解するための研究展開が期待されます。さらに、今後、サンゴがどの程度の海水温上昇や海洋酸性化などの環境問題に対応可能なのかを、細胞・組織レベルで明らかにする上で重要な知見になります。研究成果は、平成29年1月18日(現地時間)に英国のNature Publishing Group のオープンアクセス誌「Scientific Reports」に掲載されました。
造礁サンゴ類(以下サンゴ)は炭酸カルシウムを主成分とする骨格を形成することで知られています。サンゴは、長い年月をかけて複雑な地形(サンゴ礁)を形成し、多くの海洋生物の生息場所を提供するようになります。サンゴ礁生態系はその生き物の豊かさから、「海のオアシス」とも例えられ、海洋の生態系を支える上で重要な場所と言えます。しかしながら、サンゴがどのようにして骨格を形成するのか、その根本的なメカニズムについていまだはっきりとは明らかとなっていません。
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沖縄県石垣市(石西礁湖)のサンゴ群集(2006年6月:中村崇 撮影) |
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沖縄県石垣市(石西礁湖)白化直後の浅瀬のサンゴ群集(2016年9月:中村崇 撮影) |
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沖縄県石垣市(石西礁湖)白化直後の礁斜面部のサンゴ群集(2016年9月:中村崇 撮影) |
サンゴの骨格形成(石灰化)は生きたサンゴの組織と骨格に挟まれた間隙に含まれる石灰化母液(※1)で進行します。骨格が作られる際には、骨格形成を妨げてしまう水素イオン(H+)がこの間隙から適切に除去される必要があります。石灰化の進行は、石灰化母液内のpH(水素イオン濃度指数)(※2)で化学的に規定されるため、内部のpH変化を知ることは骨格形成の一つと指標となります。これまでの定説では、サンゴの石灰化母液中におけるpHはほぼ一定に保たれており、サンゴが積極的にpHの調整を行っているとは考えられていませんでした。
本研究では、pHイメージング法(※3)を応用することにより、石灰化母液のpH変化を生体内で高精度に測定・観察することができるようになりました。これにより、サンゴが能動的に石灰化母液のpHを調整する様子を世界で初めて明らかにすることに成功しました。本研究成果は、サンゴの石灰化メカニズムの理解を深めるために必要不可欠な成果です。さらに、海洋酸性化やサンゴの白化現象といった環境問題などが、どのようにサンゴの成育を阻害するのか、その詳細過程の解明や、多様な生物群における硬組織形成メカニズムの進化過程の解明などへの応用も期待されます。
本研究は、日本学術振興会科研費(15J04797、15H02813)、キヤノン財団研究助成事業、JST/JICA SATREPS による研究事業の一環で行われました。
本研究では、pHイメージング法(※3)を応用することで、生きたサンゴの組織内に存在する石灰化母液のpH変化を非破壊的に測定することが可能になりました。実験で使用したコユビミドリイシ(Acropora digitifera)(※4)は、一斉産卵を介して浮遊プラヌラ幼生を発生させ、サンゴ初期ポリプ(※5、図1)への変態を誘導することができます。初期ポリプの状態でガラスプレート上に着底させることで、サンゴの体の底面から石灰化部位の観察を行うことが可能になります。また、共生藻を獲得していないサンゴ初期ポリプを実験に使用することで、共生藻類の影響を排除して石灰化母液内のpHを測定することが可能になりました(図2)。
図1. コユビミドリイシの初期ポリプ。共生藻類を獲得する前の初期ポリプを使用することで、共生藻類の影響を排除した実験が可能である(スケールバー:200 μm= 0.2 mm)。 |
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図2. 石灰化母液と海水に含まれる試薬の蛍光測定値を疑似カラー変換し、pH測定値と対応させた図。石灰化部位(初期ポリプの着底部)をガラス越しに直接観察することができる。
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サンゴが石灰化母液のpHを能動的にコントロールする様子を可視化
石灰化母液のpH変化を高精度に捉えることが可能となったため、今後、さまざまな研究に応用することができるようになりました。本研究では、石灰化母液のpHを低下させた(※6)ところ、その数分後にサンゴが能動的に石灰化母液のpHを上昇させる現象を発見しました。このメカニズムの背景には、サンゴがpH変化を感知し、石灰化母液のpHを最適にコントロールすることで、精巧な骨格形成をおこなう仕組みが存在することを示唆しています。
生きた状態でサンゴの骨格形成過程を可視化できるようになったため、今後はサンゴの骨格形成メカニズムをより詳細に明らかにすることができます。例えば、本研究を基礎として、石灰化母液内のpH調整に関与するタンパク質の働きなどについて、検証することが可能になります。また、将来予測されている海洋環境の変化に対して、サンゴがどのように対応していくのかを明らかにすることができます。