国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】先進バイオ計測研究グループ付 関口 勇地 産業技術企画調査員、Tourlousse Dieter 研究員らは、多種類の微生物種で構成されるマイクロバイオーム(複合微生物相)を次世代シーケンサーで解析する際の精度管理のための標準物質を開発した。
マイクロバイオーム、特に腸内マイクロバイオームのように人と直接接触するマイクロバイオームはさまざまな疾患の診断用マーカーや創薬ターゲットとして注目を集めており、その解析には次世代シーケンサーが広く利用されている。一方で、さまざまなマイクロバイオーム試料に適用できる精度管理用の標準物質や、適切な精度管理技術はこれまで開発されていなかった。今回開発した標準物質は、細菌の持つ遺伝子を模擬した人工的な塩基配列を持つ核酸分子であり、マイクロバイオーム解析時に内部標準としてマイクロバイオーム試料に添加して使用する。この標準物質は多くの種類のマイクロバイオーム試料に適用できる世界初の精度管理用標準物質であり、個々の試料の毎回の解析について精度管理ができる。 これにより、次世代シーケンサーによるマイクロバイオーム解析の信頼性が向上し、マイクロバイオーム創薬などさまざまな分野でマイクロバイオーム解析の標準化に貢献すると期待される。
この成果の詳細は2016年12月15日(英国時間)に国際学術誌Nucleic Acids Researchにオンライン掲載される。
|
マイクロバイオーム解析のプロセス |
多種類の微生物種で構成されるマイクロバイオームは、地球環境の保全から人の健康に至るさまざまな場面で重要な役割を担っている。とりわけ、人間の腸内マイクロバイオームのように人と直接触接するマイクロバイオームは、さまざまな疾患の診断用マーカーや創薬ターゲットとして注目を集めている。
マイクロバイオームの解析では、次世代シーケンサーを用いたマイクロバイオームを構成する微生物の種類と量の計測が出発点となる。医療分野での診断マーカー探索や創薬などでも次世代シーケンサーを利用した解析が広く活用されている。一方で、解析結果の信頼性、研究・検査機関間のデータの比較互換性の乏しさが懸念されており、解析結果の精度管理のために標準化などの取り組みが各国で始まっている。国内でも製薬企業などがコンソーシアム設立を検討しており、解析方法の標準化などが議論されている。しかし、その標準化技術、とりわけさまざまなマイクロバイオーム試料に適用できる精度管理用標準物質や、個々の解析ごとの精度管理ができる技術はこれまで国内外を含め開発されていなかった。
産総研では、バイオテクノロジー分野の計測の信頼性向上のために核酸分子の標準物質(核酸標準物質)を開発しており、DNAマイクロアレイなどによるトランスクリプトーム解析の精度管理用RNA認証標準物質を開発、頒布してきた。今回、マイクロバイオーム解析の精度管理用核酸標準物質や、その標準物質を用いた精度管理技術の開発に取り組んだ。
なお、今回の開発の一部は、経済産業省「日米等エネルギー技術開発協力事業(日米先端計測技術研究協力事業)」の支援を受けて行った。
本研究では、細菌などの系統分類でマーカー遺伝子として広く利用されている16SリボソームRNA(rRNA)遺伝子を標的としたマイクロバイオーム解析を想定し、内部標準物質やそれらを利用した精度管理技術を開発した。16S rRNA遺伝子の塩基配列には、生物種間で類似性の高い領域(保存領域)と、生物種間で大きく異なる、類似性の低い領域(可変領域)がある(図1)。通常、マイクロバイオーム解析に使用するPCR用のプライマーは、多種類の微生物を網羅的に検出できるように、保存領域に結合し、可変領域が増幅されて生物種が特定できるよう設計されている。今回開発した精度管理用標準物質は16S rRNA遺伝子を模擬した塩基配列を持つ人工の核酸標準物質である。保存領域に相当する部分には自然界の細菌由来の塩基配列を持つが、可変領域を天然には存在しない塩基配列(コンピュータで設計された塩基配列)で置き換えてある。そのため、通常のプライマーを用いたPCRによって塩基配列が増幅されるが、増幅された塩基配列は微生物由来の塩基配列との類似性の低い塩基配列となる。マイクロバイオーム解析時にこの人工核酸標準物質をあらかじめ試料中に添加しておくと、試料中の細菌由来16S rRNA遺伝子と同様に人工核酸標準物質もPCRにより増幅され、次世代シーケンサーで検出できるようになると共に、データ解析時に微生物由来の塩基配列と標準物質の塩基配列を容易に識別できる。
|
図1 今回開発した人工核酸標準物質(人工16S rRNA遺伝子)と内部標準用混合物 |
このような塩基配列を持つ人工核酸標準物質を複数種類、あらかじめ決められた濃度比で混合したものを試料に添加して解析すれば、試料中のマイクロバイオームの構成比の解析と同時に、標準物質の構成比も解析できる。標準物質の構成比が想定された構成比であるか、読まれた塩基配列が正しいかを評価して、個々の解析ごとのマイクロバイオーム解析の精度管理ができる。今回、このような塩基配列をもつ人工核酸標準物質を12種類作製した。
これら12種類の人工核酸標準物質を、異なる構成比で混合して複数の内部標準用混合物を作製して、マイクロバイオーム解析の定量性の評価と塩基配列の読み取り精度の評価を行った(図2)。12種類の人工核酸標準物質は自然界の細菌由来の16S rRNA遺伝子と同様にマイクロバイオーム解析で増幅、検出され、定量性と塩基配列の読み取り精度の評価に使用できることが確認できた。
|
図2 (左)内部標準を添加したマイクロバイオーム試料の解析過程と各過程での精度管理の対象となる指標(赤字)、(右)内部標準を用いた精度管理の例(上:定量性と塩基配列の読み取り精度の評価、下:各微生物分類群の絶対定量) |
この標準物質は、マイクロバイオーム解析の試料から抽出した核酸に添加することで、その後のPCR、シーケンシング、次世代シーケンサーから出力されるリードデータのフィルタリング、OTUのクラスタリング、OTUの系統分類推定までのプロセスの精度を管理できる。また解析試料に直接添加することで、DNA抽出の精度管理も合わせて可能になる。このように、本標準物質の開発により、これまで次世代シーケンサーによるマイクロバイオーム解析だけでは不可能であった各微生物分類群の絶対定量ができるようになり、マイクロバイオーム解析を高度化できたといえる。
今回開発した技術は、マイクロバイオームの解析ごとに精度管理できる方法であり、この技術のコンセプトは他のマーカー遺伝子の解析にも適用できる。
今後、開発した精度管理用標準物質を利用した精度管理技術を、医療、食品、環境分野など実際のマイクロバイオーム解析に広くに適用して、信頼性の確立を目指す。
また、今回の標準物質のコンセプトを他のマーカー遺伝子に拡張し、ゲノム解析、メタゲノム解析の精度管理技術への応用に展開していく。