国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】電磁気計測研究グループ 昆 盛太郎 主任研究員、堀部 雅弘 研究グループ長は、電磁波を用いて、農産物の水分量を非破壊で簡便に計測する技術を開発した。
農産物の水分量は品質の重要な指標であり、従来は、抽出したサンプルを粉砕して電気抵抗を測定するなどの破壊検査が行われてきた。しかし、サンプリングや測定に手間がかかるうえ、全数検査ができないといった課題があった。
今回開発した技術では、数GHzの電磁波を農産物に照射し、農産物の内部を通過した電磁波の位相の変化量と振幅の変化量との関係から、水分量を測定できる。この手法では、電磁波を照射してから計測結果を得るまでの時間が1秒以下なので、農産物をベルトコンベアなどで移動させながら、ほぼリアルタイムで測定できる。これにより、大量の農産物の水分量を簡便に計測でき、全数検査も可能となる。さらに、今回の手法で用いる電磁波は、包装用フィルムや発泡スチロール、ダンボールなどを透過するため、包装や箱詰めされた状態でも水分量を計測でき、生産現場での農産物の選別や品質管理が容易になると期待される。
なお、この技術の詳細は2016年12月14日から16日まで東京ビッグサイト(東京都江東区)で開かれるアグリビジネス創出フェア2016において発表される。
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開発したセンサー(左上)の上に農産物(米)を置いて電磁波を測定する様子(左下)と、電磁波の振幅と位相の変化量の関係と水分量のグラフ(右) |
農産物の水分量は、その品質を決める重要な指標の一つであり、例えば米の場合、水分量が低いと割れやすくなり、高いとカビなどの原因となる。現在、農産物の水分量の測定には、集荷場などに集められた大量の農産物の中からサンプルを抽出し、粉砕して電気抵抗を測定する方法や、サンプルを乾燥させ、乾燥前後の重量の変化から評価する方法などが用いられている。しかし、いずれも破壊検査、もしくは試料の変質を伴う検査であり、サンプル抽出と、その後の測定に手間や時間がかかる。また、光を用いた非破壊検査も存在するが、測定対象物の大きさや形状、色により測定できない場合があることや、従来の電磁波を用いた非破壊での測定手法では、対象物の大きさや形状の情報が必要であるなどの課題があり、簡便に測定することができなかった。そのため、出荷する農産物全数を短時間で品質検査でき、さらには包装された最終製品の状態でも検査できる手法が望まれていた。
産総研では、電磁波の精密計測技術の研究開発を行っており、これまでに、高周波の回路や材料の電磁波特性の精密測定技術を開発してきた。今回、これまで培ってきた電磁波計測技術を活用して、生産現場での農産物の品質検査などの効率化に貢献できる、簡便な水分量測定技術の研究開発を行った。
物体に含まれる水分量が減少すると、その物体は電磁波を通しやすくなる。図1に、この性質を利用した今回の水分量の測定原理を示す。マイクロストリップ線路に電磁波を伝搬させると、表面付近に電磁波が発生する(図1右上)。この状態で線路に測定対象物を近づけると、伝搬する電磁波の振幅と位相が変化するが(図1右下)、それをベクトルネットワークアナライザーで測定する。
実際に測定する際には、例えば測定対象物が米であれば、予め水分量が既知の一連の米を測定して米用の検量線を引いておく。そのうえで水分量が未知の測定対象物の振幅と位相の変化量を測定して得られるグラフの直線の傾きを求めると、水分量を得ることができる。この変化量は、測定対象の大きさや形状には関係せず、含有する水分量に依存するので水分量が測定できる。
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図1 マイクロストリップ線路を用いた水分量測定の原理
測定対象を近づけると、電磁界分布が変化する。その変化の割合から測定対象物の水分量が得られる。
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水分量が9.9 %と12.8 %の異なる試料(米)を紙製の袋に封入し、実際の測定環境(米粒の量が刻々と変化する状況)を模擬して、袋の位置をずらしながらマイクロストリップ線路に近づけて10回測定し、電磁波の振幅と位相の変化量を測定した(図2)。その結果、同じ水分量の試料では、測定結果が同じ直線上に分布することが分かった。水分量が異なると、傾きが異なる直線上に分布することから、測定対象物の水分量を決めることができる。
また、開発した手法では、測定対象物に電磁波を照射してからデータを得るまでの時間が1秒以下 であるため、例えばベルトコンベアなどで農産物が輸送されている状態でも、ほぼリアルタイムで測定できる。さらに、包装や箱詰めされた状態でも計測できるため、生産現場における品質管理や選別が容易になると期待される。
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図2 袋に封入された水分量の異なる試料(米)の測定の様子(上)と測定結果(下)
水分量が異なる2つの試料の置き場所を変えた各10回の測定値は、それぞれ傾きの異なる直線上に分布する。その傾きから水分量が測定できる。
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今後、様々な農産物について本手法が適用可能なことを実証しつつ、精度に関する検証を行うなど、実用化に向けた取り組みを進めていく。また、今回開発した技術は、測定対象物の内部を伝搬する電磁波の微小な変化を検出するもので、農産物の糖度などの測定や食品などの混入異物の検査への応用も可能であり、今後はこれらへの応用も検討する。