国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)無機機能材料研究部門【研究部門長 淡野 正信】機能集積化技術グループ 島田 寛之 主任研究員と山口 十志明 主任研究員は、固体酸化物形電解セル(SOEC)に用いる酸化物ナノ複合化陽極材料を開発した。この材料は、高温電解電流密度を飛躍的に向上させ、水素を大量に合成できる。
水素社会の実現に向け、水を電気分解(電解)して水素を合成する技術の開発が進められている。中でもSOECによる水電解は、水素製造に必要なエネルギーを従来の水電解技術よりも20~30 %削減できる点や、白金などの貴金属電極が不要などの利点を持つが、セル面積あたりの水素製造量(合成速度)が少なかった。
今回、サマリウムストロンチウムコバルタイト(SSC)とサマリウム添加セリア(SDC)の一次粒子をナノレベルで均質化させたナノ複合構造の二次粒子を設計し、噴霧熱分解法による製造プロセスで合成した。二次粒子である酸化物ナノ複合粒子内には電子とイオンそれぞれの伝導経路が構成されており、広い反応場と高い電気伝導性を示す。この材料を用いたSOECで高温水蒸気電解を行ったところ、電解電流密度は2.3 A/cm2(750 ℃、電解電圧1.3 V)であった。また、セル面積あたりの電解水素の合成速度も、高分子形の水電解での合成速度の2倍以上を達成し、電解セルのコンパクト化に貢献できる可能性がある。
この技術の詳細は、2016年11月17日にTKP 東京駅日本橋カンファレンスセンター(東京都中央区)で開催される固体酸化物エネルギー変換先端技術コンソーシアム公開シンポジウムで発表される。
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開発したナノ複合化陽極の効果 |
現在、再生可能エネルギー発電設備が世界的規模で導入されているが、天候などの環境に起因する発電量の変動を解消するには、発電設備とは別に電力貯蔵設備が必要となる。そこで、電力の貯蔵だけではなく、搬送もできるエネルギーキャリアへと転換する電気分解は、将来のエネルギーシステム技術として注目されている。
水電解による水素製造技術としては、固体高分子形やアルカリ形があるが、作動温度が低く電解電圧が高いためエネルギー変換効率に限界がある。一方、SOECを用いた高温での水蒸気電解は、電解電圧が低くシステム内で無駄なく熱を利用できるため、高効率でエネルギーキャリアを製造できる次世代の水電解技術として期待されているが、電解電流密度が低いためセル面積あたりのエネルギーキャリア合成量が十分ではなかった。
産総研は、水素や炭化水素などのエネルギーキャリアを合成する新たな電解技術の開発に取り組んできた。その内容は、材料開発からシステム設計、そしてエネルギーキャリア合成実証と多岐に渡るが、特にこれまで培った高度なセラミックスプロセス技術を活用して、電極材料開発とSOEC製造に注力している。
SOECの課題の一つは、陽極での反応時に生じる大きな抵抗であり、従来の陽極材料では、電解電流密度に限界が生じていた。そこで、今回、材料開発によりSOECメーカーの製品開発促進に供するため、従来技術を凌駕する高い電流密度を達成できる新しい陽極材料の開発に取り組んだ。
なお、この開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」【研究総括:江口 浩一(京都大学 大学院工学研究科 教授)】研究課題「新規固体酸化物形共電解反応セルを用いた革新的エネルギーキャリア合成技術(キャリアファーム共電解技術)の開発(平成25~30年度)」【研究代表者:藤代 芳伸(産総研 材料・化学領域 研究戦略部 研究企画室長)】による支援を受けて行った。
SOECの陽極は、電気伝導率が高く電極抵抗が小さいほど、高い電流密度が得られる。現在、SOEC陽極材料として一般的に使用されている電子伝導性のペロブスカイト型構造材料La0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3(LSCF)では、イオン伝導性材料のガドリウム添加セリア(GDC)と複合化して、電極内に電子とイオンそれぞれの伝導経路を形成すると同時に、反応する点を増やすことにより、電極抵抗を低減させている。
今回、SOECの電解電流密度を飛躍的に増加させる高性能陽極として、高電子伝導性のペロブスカイト型構造材料SSCと高イオン伝導性材料のSDCをナノメートルレベルの一次粒子とし、両者が均質な三次元ネットワークを構成する酸化物ナノ複合構造の二次粒子を設計した。噴霧熱分解法により、このナノ複合化構造二次粒子を合成して、この粒子からなる陽極材料を作製した。今回用いたSSCは、LSCFよりも高い電子伝導性を示す材料であり、また、わずかながらイオン伝導性も併せ持つ。しかし、このSSC自体がもつイオン伝導性のために、SDCやGDC等の高イオン伝導性材料と複合化しても陽極性能を向上させる効果を得ることが難しかった。また、これらのイオン伝導性材料と複合化すると、電極内のSSCのネットワークが途切れ電子伝導率が低下してしまうために、これまではSSC単体で用いられていた。今回、マイクロ構造による電極内の電子伝導経路を構築して、SSC自体の電子伝導率を低下させることなく、ナノ構造により二次粒子内にイオンの伝導経路を構築して電極の反応点数を大幅に拡大させた(図1)。これにより、SSC単体では得られなかったSDCとの複合化効果が得られるようになり、電極性能が著しく向上した。
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図1 従来電極の構造(左)と、開発したナノ複合化電極の構造(中)とその透過型電子顕微鏡写真(右) |
ナノ複合化により、これまでSOECを用いた高温水蒸気電解の最大の損失要因であった陽極の電極抵抗を大幅に低減できた。今回開発した材料を陽極として用いたSOECの電流密度は、2.3 A/cm2(750 ℃、電解電圧1.3 V)であった(図2)。これは、既存の水電解技術であるアルカリ水電解や、高分子形電解、これまでのSOEC高温水蒸気電解の2~10倍である。また、実用化の目安であるSOECの容積1 dm3(想定電極面積1200 cm2)あたりの水素製造量1 Nm3/hを達成するには2 A/cm2の電解電流密度が必要とされているが、今回開発した陽極を用いたSOECの電解電流密度はこれを上回っており、水素ステーション用などの水素製造装置に適用でき、電解装置を従来よりもコンパクトにできる。
また、開発した陽極材料を用いたSOECでの電解水素の合成速度は、高分子形電解やアルカリ水電解と比べ、セル面積あたり2倍以上の水素を合成できた。電解熱中立点で電解することで、外部から供給する電力を従来より20~30 %削減できるというSOECによる水電解の利点に加え、今回の陽極材料により大量の水素製造が可能になることで、再生可能エネルギーを活用した水素製造時のコストを低減でき、社会的に急務となっている水素社会の実現の促進に貢献できる。
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図2 既存の材料と開発したナノ複合化陽極材料の性能(電流密度、電極抵抗、電気伝導率) |
今後は、開発したナノ複合化陽極を、実用サイズ・形状のSOECに適用して実証試験を行うなど実用化に向けた研究開発を行い、水素社会の実現に貢献する電力貯蔵技術として、高効率・低コストの高温水電解システムの実現を目指す。