国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】 ナノ粒子機能設計グループ 中村 徹 主任研究員らは、最先端の半導体製造プロセスにおいて用いられているエッチング用のフッ素系ガス成分を、選択的かつ高感度(2 ppmを1分以内)に検知できる検知剤を開発するとともに、開発した検知剤を搭載したコンパクトな漏洩検知器を試作した。
C4F6、C5F8などのエッチング用のフッ素系ガスを使用する現場では、ガス漏洩検知器を設置して使用時の室内の濃度を管理しているが、冷媒や洗浄剤に含まれるフッ素系ガス成分にも反応してガスを誤検知することがある。今回開発した検知剤は、エッチングガス成分の二重結合と反応し、発色する。同じフッ素系ガス成分(液体の蒸気を含む)でも、冷媒や洗浄剤として使われるパーフルオロカーボンなどは、二重結合を持たず単結合のみからなることから開発した検知剤と反応しないため、冷媒を交換する際にも誤報を発することがない。
この原理は、C4F6、C5F8より高性能な次世代のフッ素系エッチングガス成分や、他のハロゲン系ガス成分でも同様に適用できると考えられ、反応性が高く生体への影響が懸念されるガス成分にのみ応答する漏洩検知技術として幅広い応用展開が期待される。
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開発した検知剤(左)と、検知剤にフッ素系ガス成分を接触させた時の色変化(右)
エッチング用のフッ素系ガス成分に対して選択的かつ高感度に検知できる。 |
最先端の半導体製造プロセスでは、半導体表面加工において高い選択比が得られるため、C4F6、C5F8といったフッ素系ガスがエッチングガスとして使用されている。これらのエッチングガスは、環境や生体への影響の懸念から、万が一の漏洩をいち早く発見するために、工場内に多数のガス検知器を設置し、環境中の濃度が2 ppm以下となるよう管理されている。ところが、現在使われている高熱分解を利用したガス検知器は、フッ素系の冷媒や洗浄剤の蒸気にも応答することから、エッチングガス成分と冷媒や洗浄剤の蒸気を区別して検知できる技術の開発が求められていた。
産総研では、微量成分と反応して特性が変化する有機化合物等を活用して、液中の金属イオンや、空気中の特定のガス成分を検知する技術を開発している。
今回、特定のフッ素系ガス成分に選択的に反応して色が変化する有機化合物の探索と、その有機化合物を使った検知剤および検知器の開発に取り組んだ。
今回開発した検知剤は複数の物質の混合物で、その中核となる物質は、分子内に2つの環状構造を有するバタフライ型の複素環式有機窒素化合物(例えばC7H12N2:1,5-Diazabicyclo[4,3,0]non-5-ene)で、図1のような分子構造を持つ。分子の中心にあるN=C-Nの部分が、フッ素系ガス分子の二重結合と反応して新たな共役系分子を生成し、その結果、紫外線から可視光の波長での吸光特性を変化させる。
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図1 エッチングガス成分の検知剤の中核となる有機窒素化合物の分子構造
曲線部分の分子構造は-(CH2)n-であり、1つ以上の炭素からなる炭化水素鎖となっている。 |
この検知剤を染み込ませたろ紙にエッチングガス成分を接触させると、ろ紙の色が白色から褐色に発色する(反射率が低下する)。この反応は敏感で早く、わずか2 ppm(0.0002 %)の濃度のエッチングガス成分(C5F8)でも、1分以内に色が変わり(1分で約4 %の反射率変化)、ガス成分を検知できる(図2)。しかも、発色の程度はエッチングガスの濃度と0~50 ppmの間で比例関係にあることから、対象とするガスの濃度を知ることもできる。
一方、冷媒や洗浄剤に用いられているパーフルオロカーボンなどは、同じフッ素系ガスだが二重結合を持たない。このため、エッチングガス成分に比べて1万倍を超える濃度の冷媒用パーフルオロカーボンの蒸気に検知剤を接触させても一切反応せず、反射率に変化はみられない(図2)。反射率のノイズレベル(0.2 %)を考慮すると、20万倍を越える選択性を持つことが分かる。この他、冷媒や洗浄剤として用いられるパーフルオロエーテル蒸気にも反応しない。
現在、半導体工場などで一般的に使われているガス検知器は、対象となるガス成分を高熱分解して生成したフッ化水素をpH指示薬等で検知している。そのため、エッチングガスと冷媒蒸気などの成分の化学構造の違いを識別することができず誤報を発することがある(表1)。これを避けるためには、冷媒交換の度にエッチングガス検知器の動作を停止させ、これに伴い周辺のエッチングプロセスを中断させるなどの対応が必要であった。今回開発した検知剤を用いればこうした対応が不要となり、生産性の向上につながることが期待される。
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図2 エッチングガス(C5F8)成分や、冷媒用パーフルオロカーボン蒸気を導入した後の検知剤の発色程度の変化
着色の指標として、特性が大きく変化する350 nmの反射率の変化を縦軸に選んでいる。 |
さらに、この検知剤を用いた検知方法が有用であることを実証するため、エッチングガスの漏洩検知器を試作した(図3)。ガスサンプリング管(A)から吸気したガスを、反射率測定室(B)に送り込み、その中で、検知剤を染み込ませたろ紙に接触させる。このろ紙をLED(C)で照らして反射光の強度を測ることで、色の変化すなわち、微量なエッチングガス成分を検知できる(光電光度法)。サンプリングガス成分の高熱分解のための反応器が不要なため、結果表示パネル(D)を含めても、従来のガス漏洩検知器と同程度のビジネスケース1個に余裕を持って収まる大きさを実現した。
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図3 試作したエッチングガス高感度漏洩検知器
(A)ガスサンプリング管、(B)内部に検知剤を備えた反射率測定室、(C)LED光源、(D)結果表示パネル で構成される。 |
この検知剤は、二重結合を持つ炭素原子が電気陰性度の高いハロゲン元素と結合することで、二重結合が不安定化することを利用している。従って開発した検知剤は、フッ素系ガスに限らず他のハロゲン系ガスでも同様に、分子内の二重結合を見つけて反応する(例えば、1,1,2,2-テトラクロロエチレン、1,2-ジブロモエチレン)。ハロゲン系ガスでも、冷媒用パーフルオロカーボンのような単結合のみで構成されるものは、化学的に安定しており毒性を持たないが、二重結合を持つもの1 は反応活性を有し、生体への影響が懸念されているものが多い。従って、この検知剤を用いることで、こうした生体への影響が懸念されるハロゲン系ガスや液体、若しくはそれらを含む溶液などの漏洩を素早く、かつ選択的に検知できると考えられる。
1 検知剤と反応して分子内に二重結合が形成されるものを含む(例:単結合のみからなるパーフルオロカーボンの一部のフッ素が水素に置き換わったもの)。
今後は、実環境での実証を通じて検知剤の改良を進めるとともに、用途に応じた検知剤の最適化や、検知システムの高度化を通じて、漏洩検知器として実用化に結びつけ、製造現場の安全性や生産効率の向上への貢献を目指す。このため、本技術に興味を持つガス検知器を製造する企業や、ハロゲン系ガスや液体(次世代のフッ素系エッチングガス、プラスチックや機能材料の原料、農薬・殺虫剤、医薬中間体など)を製造している企業、それらを利用している企業などと協力して実用化に向けた「橋渡し」研究に取り組む。