国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】 非破壊計測研究グループ 津田 浩 研究グループ長、李 志遠 主任研究員は、東日本高速道路株式会社 東北支社(以下「NEXCO東日本 東北支社」という)、株式会社 ネクスコ・エンジニアリング東北(以下「ネクスコエンジ東北」という)と共同で、デジタルカメラで橋のたもとから橋梁を撮影した画像を用いて、従来よりも簡単に、車両が通行する際に橋梁に生じるたわみ分布を短時間で計測できる技術を開発した。また、この技術を用いて、常磐自動車道の常磐富岡インターチェンジ(IC)と山元ICの間にある9つの橋のたわみ分布を計測する実証実験を行った。
橋梁の健全性は、車両通過時のたわみを基準に評価される。従来は、橋梁の床版と地面をピアノ線で繋ぎ、ピアノ線の伸縮からたわみを計測していたが、ピアノ線の取り付けに手間がかかることや、橋梁が山間部や渓谷に架かる場合や直下が海である場合などは、計測が困難になるといった課題を抱えていた。今回開発した技術は、橋梁側部に取り付けたターゲットを、橋の側面や橋台に設置したデジタルカメラで撮影するだけで、その画像からターゲット取り付け位置のたわみを計測できる。また、一定荷重の車両が通過したときのたわみ量をこの技術によって定期的に計測することで、橋梁健全性の経時モニタリングもできる。
なお、この技術の詳細は、2016年9月7日~9日に、東北大学川内北キャンパス(宮城県仙台市)で開催される土木学会の平成28年度全国大会第71回年次学術講演会で発表される。
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常磐自動車道で新設された9つの橋梁でのたわみ計測の実証実験の模式図 |
高度経済成長期に建設された社会インフラが築後半世紀を超えた近年、老朽化した構造物を、高い信頼性で安価に維持・管理するための技術の開発が喫緊の社会的課題になっている。たとえば、橋梁では点検員が定期的に目視点検を行い、問題があると判断されるとたわみ計測などの詳細調査を行っている。しかし、これまでのたわみ計測では、測定ポイントごとに足場を組んで、地面と橋梁をピアノ線で繋ぎ、さらにたわみ計測用の変位計を取り付ける作業が必要となり、非常にコストと手間がかかっていた。また、橋梁の直下が海などの場合は、ピアノ線を固定できないため、たわみ計測ができなかった。
産総研は、これまでにモアレ縞を利用したサンプリングモアレ法を応用して構造物の変位分布を高精度に計測する技術を開発し、福岡県の若戸大橋の主桁のたわみ分布の計測などに成功してきたが、技術の更なる検証を行うための実験現場を求めていた。一方、NEXCO東日本 東北支社とネクスコエンジ東北は、両社が維持・管理する道路橋を安価で簡便に管理できる技術を探していた。
そこで、三者は開通前の常磐自動車道の常磐富岡ICと山元ICの間にある9つの橋を対象に、車両通行時に生じる橋梁のたわみを、産総研が開発した変位計測技術により計測し、従来技術であるリング式変位計による測定結果と比較・検証する実証実験を行うことにした。
今回開発した技術では、モアレ縞の拡大現象を橋梁のたわみ計測に利用する。まず、格子模様のターゲットを取り付けた橋梁をデジタルカメラで撮影する(図1)。デジタルカメラの撮像素子画素は格子状に配置されているため、ターゲットの撮影画像は、ターゲットと撮像素子画素の二つの格子を重ねたことに相当する。撮影画像をデータ処理して撮影素子画素とターゲットの格子間隔を近づけて、モアレ縞を生成させる。生成したモアレ縞の位相値の変形前後の変化からターゲットを取り付けた部分の変位を算出する。
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図1 橋梁側面の斜め方向からのカメラ撮影(左)と、カメラを橋台に設置した橋軸方向からのカメラ撮影(右) |
また、当初のモアレ計測方法では、橋梁のたわみ計測をするために測定ポイントの正面にカメラを設置する必要があったが、実際の現場において、定常的に測定ポイント正面にカメラの設置場所を確保することは難しい。そのため、橋梁の維持・管理の面からは、橋梁側面の斜め方向にカメラを設置するか(図1左)、また可能であれば橋梁構造の一部である橋台にカメラを設置して(図1右)、たわみを計測できることが望ましい。そのため、カメラからの距離によって、撮影されるターゲットの格子間隔が変化することや、計測時のカメラの揺れを補正することを考慮して、新たなたわみ計測アルゴリズムを開発し、橋梁の斜め方向や橋台にカメラを設置してたわみを計測できるようにした。
図2に、橋軸方向からの画像撮影によるたわみ計測の一例を示す。この実験では橋梁の壁高欄にターゲットを取り付け、2台の散水車が時速60 kmで橋梁を通過する際に橋軸方向から撮影されたターゲットの画像を用いてたわみを計測した。2台の散水車が測定ポイントであるターゲットを通過した時(図2右で、約13秒と16秒)にそれぞれ約0.6 mmのたわみが計測された。また今回の技術で測定したたわみ量は、従来のリング式変位計で測定したたわみ量と良く一致した。
リング式変位計を用いたたわみ計測では、一箇所だけの計測でも、足場を組み立て、ピアノ線と変位計を取り付けるといった事前準備だけでも数日を要していた。今回の技術では、測定に必要な準備はターゲットの取り付けとカメラの設置のみのため、準備を含めて一日で計測でき、従来技術よりも大幅に日程とコストを削減できる。また、これまでたわみ計測が難しかった河川や山間部、渓谷や海に架かる橋梁でも、橋台部にデジタルカメラを設置すればたわみ量を計測できるようになり、たわみ計測による橋梁の健全性評価を大幅に拡大できる。今回開発した技術は、簡便でありながら高精度なたわみ計測を実現し、老朽化が問題視される社会インフラの健全性評価を大幅に効率化できる新たな技術として期待される。
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図2 検証実験の様子(左)と、2台の散水車が橋を通過した際に測定したたわみ量(右) |
今回、開通前の常磐自動車道9橋におけるたわみ計測の実証実験に成功し、その技術の有効性を確認した。今後は、この計測技術を道路橋だけではなく、鉄道橋やトンネルといった社会インフラや高層ビルなどの変形分布計測に適用していく。また、こうした社会インフラの老朽化が急速に進行している先進国や、急速な発展により構造物の信頼性が十分確保されていない発展途上国における社会インフラの健全性診断へと展開する。