金沢大学理工研究域電子情報学系の松本翼助教、徳田規夫准教授らの研究グループ(薄膜電子工学研究室)は、国立研究開発法人産業技術総合研究所先進パワーエレクトロニクス研究センターダイヤモンドデバイス研究チームの山崎聡招へい研究員、加藤宙光主任研究員、株式会社デンソーの小山和博担当課長らとの共同研究により、世界で初めてダイヤモンド半導体を用いた反転層チャネルMOSFETを作製し、その動作実証に成功しました。
省エネルギー・低炭素社会の実現のためのキーテクノロジーとして次世代パワーデバイスの開発が求められています。ダイヤモンドは、パワーデバイス材料の中で最も高い絶縁破壊電界とキャリア移動度、そして熱伝導率を有することから、究極のパワーデバイス材料として期待されています。しかし、高品質な酸化膜およびダイヤモンド半導体界面構造の形成が困難であるため、パワーデバイスにおいて重要なノーマリーオフ特性を有する反転層チャネルダイヤモンドMOSFETは実現していませんでした。
今回、研究グループは独自の手法で母体となるn型ダイヤモンド半導体層および酸化膜とダイヤモンド半導体層界面の高品質化に成功しました。それらを用いた反転層チャネルダイヤモンドMOSFETを作製し、その動作実証に成功しました。
将来、ダイヤモンドパワーデバイスが自動車や新幹線、飛行機、ロボット、人工衛星、ロケット、送配電システムなどに導入されることで、ダイヤモンドパワーエレクトロニクスの道を切り開き、省エネ・低炭素社会への貢献が期待されます。
本研究成果は、平成28年8月22日発行の英国Nature Publishingグループのオンライン雑誌「Scientific Reports」に掲載されるとともに、「ダイヤモンド半導体装置及びその製造方法」として特許も出願しております。なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST) 「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創出」(研究総括:安井 至)の研究課題「超低損失パワーデバイス実現のための基盤構築」 および金沢大学が独自に行う戦略的研究推進プログラム(先魁プロジェクト)「革新的省エネルギーデバイスの創製」の一環として受けて行われました。
エネルギー利用において持続可能な社会を実現するためには、再生可能エネルギーの利用とエネルギーの消費削減が要求されています。エネルギー消費に関して、現在はSi(シリコン)半導体を用いた反転層チャネルMOSFETやIGBTといったパワーデバイスが自動車や新幹線、飛行機、工業機器、医療機器など広く利用されています。しかし、Si半導体はその物性値から性能限界が近づいています。そこで注目されているのがSiC(シリコンカーバイド)半導体、GaN(窒化ガリウム)半導体といったワイドバンドギャップ半導体です。ワイドバンドギャップ半導体は、熱伝導率や絶縁破壊電界などがSi半導体よりも優れるため、大幅な省エネルギー化が可能な次世代パワーデバイス材料として期待されています。
ダイヤモンド半導体はそれらの次世代パワーデバイス材料よりも、さらに高い熱伝導率(Siの14倍)や絶縁破壊電界(Siの100倍)を有しているため、特に大きな電圧や電流が必要な領域での省エネルギー化につながると期待されています。
また、反転層チャネルMOSFETは、低消費電力化に必要不可欠な電圧制御素子であり、OFFのときに電流が流れないノーマリーオフ特性を基本的に有しているため、信頼性が高く、Si半導体で広く普及しています。しかし、ダイヤモンド半導体ではプロセスの難しさから反転層チャネルMOSFETの基本構造である良好なMOS構造を形成することが困難であるという課題がありました。
本研究では、マイクロ波プラズマ化学気相成長法によるn型ダイヤモンド半導体の高品質化、ウェットアニールによる酸化膜およびダイヤモンド界面の高品質化によって、反転層チャネルダイヤモンドMOSFETを作製し(図1参照)、その動作実証に世界で初めて成功しました。
作製したMOSFETの動作を調べると、ゲート電圧をかけていないときにはゲート電流もドレイン電流も検出限界以下(ノーマリーオフ特性)であり、ゲートにかける負電圧を大きくしていくと、MOS界面のn型ダイヤモンド半導体に空乏層が広がり、さらに負電圧を大きくすると少数キャリアである正孔がドレイン・ソース領域から流れ込むことで反転層チャネルが形成され(図1右下参照)、ドレイン電流が流れることを明らかとしました。その結果、ドレイン電流の理想的な飽和特性(図2参照)、高いon/off比を確認しました。
本成果によって、世界で初めて反転層チャネルダイヤモンドMOSFETの動作が実証されたことで、ダイヤモンドパワーエレクトロニクスの時代は大きく切り開かれると考えます。
将来的には、ダイヤモンド半導体を用いたパワーデバイスが自動車や新幹線、飛行機、ロボット、人工衛星、ロケット、送配電システムなどに導入されることで、省エネ・低炭素社会への貢献が期待されます。
今後は、応用に必要な大電流化と高耐圧化を図るために、MOS界面のさらなる高品質化による移動度の向上、ドレイン領域に耐圧層の導入が必要ですが、近い将来、日本発のダイヤモンドパワーエレクトロニクス産業の創出にも貢献します。