国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】 放射能中性子標準研究グループ 佐藤 泰 主任研究員は、公益社団法人 日本アイソトープ協会【会長 有馬 朗人】(以下「アイソトープ協会」という)と協力し、がん治療用の放射性核種の一つであるラジウム-223の放射能標準を開発した。
ラジウム-223はアルファ線(α線)を放出し、骨に転移したがんに対する新しい放射性医薬品として期待されている。しかし、ラジウム-223は連鎖崩壊により、ラジウム-223の他に7つの放射性核種が共存し、それぞれが様々なエネルギーのα線やベータ線(β線)を放出するため、通常の方法ではラジウム-223の放射能を校正することは困難であった。そこで今回、基準となる放射線源の校正方法を高度化し、ラジウム-223の放射能を校正する方法を確立した。
この技術により、日本の国家計量標準機関である産総研で校正されたラジウム-223を用いて、病院などで用いられている放射性医薬品の放射能を測定する装置の正確さがより高い精度で検証できるようになり、放射性医薬品のより安全な利用への貢献が期待される。
なお、産総研ではこの技術に基づき、2016年8月1日よりラジウム-223の校正を開始する。
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放射性医薬品ラジウム-223の放射能の校正方法 |
健康長寿社会の実現には、国民病であるがんの治療成績の向上が重要であり、がんの治療方法の一つである放射線療法には、過剰な被曝や過小照射のないことや、安全に管理されていることが必要とされている。近年では、放射線療法のひとつである放射性医薬品によるがん治療が効果的な治療法として注目されているが、この方法は、患者への負担が比較的軽いと考えられている。
α線を放出する放射性核種のラジウム-223は、カルシウムと化学的な挙動が似ていることや、α線の組織内での飛距離が短いことから、カルシウムの取り込みが高い骨に転移したがんを、局所的に治療できる放射性医薬品と考えられている。ラジウム-223は水溶液の状態で静脈に投与され、血流によってがんに到達するが、半減期が約11日と短いので速やかに減衰するという利点がある。
ラジウム-223は海外では2013年から、また国内でも初のα線を放出する放射性医薬品として2016年6月から販売されている。現在、投与を適切に管理するため、投与前には、ラジウム-223の放射能が投与すべき量と一致しているかを病院内の放射能測定装置で確認しているが、国家標準である産総研のラジウム-223を基準として、より高い精度で国内の放射能測定装置を管理できるようになることが望まれていた。
産総研は、世界トップレベルの放射能の高精度測定技術をもちいて日本の国家計量標準機関として、様々な放射性核種の放射能測定の基準となる放射能標準を供給してきた。
今回、ラジウム-223が国内で放射性医薬品として利用されることを受け、より安全にラジウム-223を利用するためにラジウム-223の放射能標準を確立することとした。放射能標準の確立にあたり、日本アイソトープ協会の協力を受け、同一の線源に対し産総研と日本アイソトープ協会がそれぞれ独立して放射能測定を行い、測定値の検証を行った。これに加え、Bayer Pharma AG社(日本法人はバイエル薬品株式会社)が、世界各国の標準機関に依頼して得たラジウム-223の放射能の測定値に対しての検証も行った。
放射性核種が一つの場合には絶対測定法で放射能を測定できる。しかしラジウム-223は、崩壊の連鎖により7つの放射性核種が生成されて共存しており、それぞれが様々なエネルギーのα線やβ線を放出するために、絶対測定法は適用できない。そこで今回、基準となる線源(標準線源)を校正する技術を高度化するとともに、標準線源とラジウム-223それぞれの同じ装置による測定値から、ラジウム-223の放射能を校正する手法を確立した。
開発した方法は、まずβ線を放出するトリチウムと、α線を放出するアメリシウム-241の二つの標準線源を校正する。トリチウムの放射能はTDCR法により、またアメリシウム-241の放射能は4πα-γ同時測定法により絶対測定する。TDCR法では、放射線を光に変換して測定を行うが、従来は変換に関するパラメータについて測定者が経験的にいくつかの類推した値を用いて放射能を計算して確からしい値を決めてきた。今回開発した方法では、そのような経験的な手法ではなく、実験で得た計数値と理論計算による計数値の差異が最も小さくなるように、繰り返し計算を行って、変換に関するパラメータの値を求め、放射線から光への変換効率を得る。この変換効率を用いて、β崩壊する核種の放射能を計算する方法を世界に先駆けて校正方法として導入した。
続いて、上述の方法などで校正された二つの標準線源を用いて、ラジウム-223の放射能測定に用いる液体シンチレーションカウンターの検出効率を評価する。二つの標準線源それぞれの測定より得られる検出効率と計算から、ラジウム-223やその子孫核種に対する検出効率を導いた。そしてこの検出効率とラジウム-223とその子孫核種の共存溶液の測定値から、ラジウム-223の放射能を算出し、この放射能を校正値とする方法を確立した。
今回、Bayer Pharma AG社からラジウム-223放射線源の提供を受けた。Bayer Pharma AG社では、世界各国の標準機関にラジウム-223の放射能の測定を依頼しており、それらの結果は、産総研、日本アイソトープ協会の測定結果とよく一致していた。
このような方法で校正した子孫核種と共存したラジウム-223放射線源を基準にして、病院間の相互比較を行うことで、病院などの測定現場において、ラジウム-223のより高い精度での測定が可能になるなど、ラジウム-223をより安心して使用できる基盤が整った(図1)。
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図1 放射性医薬品ラジウム-223の安全性の確保 |
今回、トリチウムやアメリシウム-241の標準線源を用いてラジウム-223の放射能を校正する方法を実用化したが、今後は、ラジウム-223を標準線源として校正事業者の放射能測定装置を校正できるように開発を進める。また、近年では放射性医薬品として、アスタチン-211、ビスマス-212、ビスマス-213、アクチニウム-225、テルビウム-149などの新たな放射性医薬品の開発も進んでおり、こうした各放射性核種に適した校正方法についても開発していく予定である。