国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】電磁気計測研究グループ 岸川 諒子 研究員、堀部 雅弘 研究グループ長と、林栄精器株式会社【代表取締役 林 厚】(以下「林栄精器」という)は共同で、電子機器の安全性を確認する電磁環境適合性(EMC)試験のうち、伝導エミッション試験に用いる擬似電源回路網(LISN)を、簡単に校正できる技術を開発した。
伝導エミッション試験では、LISNを用いて電子機器から発生する電磁波ノイズを測定するが、測定結果の信頼性を担保するために、事前にLISN自体の校正を行うことが国際規格で要求されている。ところが、LISNの校正には複数の標準器と複雑なデータ解析が必要なため、これまで主に専門の校正機関や校正事業者しか校正できず、時間とコストがかかっていた。今回、産総研と林栄精器は、LISNの校正に適した専用標準器を初めて開発し、さらに校正手順を単純化して校正システムの自動化を実現した。これにより、必要なときに、従来より大幅に短い時間で、またEMC試験現場でもLISNを簡単に校正できるようになる。今回の開発により、迅速かつ効率的な伝導エミッション試験の実施や伝導エミッション試験の信頼性の向上が期待できる。
なお、この技術は、2016年4月20日~22日に幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催されるTECHNO-FRONTIER 2016で林栄精器より発表される。
|
今回開発した専用標準器(左)と擬似電源回路網(LISN)の自動校正システム(右) |
スマートフォンやコンピューターといった電子機器の爆発的な普及により、こうした機器から発生する電磁波ノイズが他の機器に誤動作を引き起こしたり、周囲の電磁波がそれらの電子機器の動作に影響を与えるといったEMC問題への対策が注目されている。最近では、自動車搭載機器、LED製品、大規模太陽光発電システムに組み込まれているインバーターなどの新しい技術分野にまで適用範囲が広がり、EMC試験のニーズも増加の一途をたどっている。
EMC試験には、伝導エミッション試験や放射イミュニティ試験などのいくつかの試験があるが、いずれの試験も国際無線障害特別委員会(CISPR)等の国際規格によって試験方法が規定されている。また、試験結果の信頼性を担保するために、試験機器を事前に校正することが必要とされている。
伝導エミッション試験に用いられる試験機器であるLISNのインピーダンス校正は、通常、LISNのインピーダンスを標準器のインピーダンスと比較して行われる。この際、標準器のインピーダンスは、LISNのインピーダンスと同じ特性をもつことが望ましい。しかし、これまでLISNと同等のインピーダンス特性をもつ標準器はなく、実際の校正では、三種類の標準器を用いてLISNと順次比較を行い、それらの結果から複雑なデータ解析によって校正値を算出していた。そのため、主に専門の校正機関や校正事業者でLISNの校正が行われ、時間やコスト、オンサイト校正が難しいなどの問題があった。
産総研では、これまでに高周波インピーダンスの国家標準を開発するとともに、高周波電気回路の設計・評価技術の研究開発を行ってきた。一方、林栄精器は、高周波回路の高度な製作技術をもっている。そこで、両者の技術を組み合わせて、LISNのインピーダンス校正に最適な専用標準器、すなわちLISNと同等のインピーダンス特性をもつ標準器を新たに開発し、LISNを専用標準器と一回比較するだけで容易に校正値が得られる手法の実現を目指した。また、この校正手法に基づき、LISNの自動校正システムの開発にも取り組んだ。
なお、本研究開発は、中小企業庁助成事業「中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業(平成25年度)」による支援を受けて行った。
インピーダンスは、「大きさ」と「位相」の二つの量で表される。従来の校正手法では、LISNのインピーダンスの大きさと位相を、ベクトルネットワークアナライザを用いて三種類の標準器(短絡標準器、整合標準器、開放標準器)と順次比較測定し(図1左上)、それらの結果から複雑な複素数計算をしてLISNの校正値を算出していた(図1左下のスミスチャート)。これに対し、インピーダンスの大きさと位相が、LISNに近いインピーダンス特性をもつ標準器を開発し、この標準器とLISNを一回比較して校正を行う手法を考案した(図1右上)。これにより、複雑な複素数計算が不要になり、LISNの校正が短時間で行えるようになる(図1右下のスミスチャート)。
|
図1 擬似電源回路網(LISN)の校正原理 |
従来は、三種類の標準器を用いてそれぞれの標準器の校正値をスミスチャートに示し、それらの三つの値から、LISNの特性を算出していたが(左下)、今回開発した校正方法では、専用標準器とLISNは同等のインピーダンス特性を示すため、直接比較できる(右下)。 |
今回開発した専用標準器は、国際規格(CISPR 16-1-2)で規定されるLISNのインピーダンス特性にもとづいて設計し、インダクタ、コンデンサや抵抗などの小型電子部品を精密に実装して製作した。この際、標準器の接続コネクタや筐体などの周辺部材と回路との電磁的な干渉から生じるわずかなインダクタンスや浮遊容量の影響も考慮して、実装部品の選定と回路パターンの設計を行った。さらに、専用標準器の特性を詳細に評価・分析し、その結果をもとに回路定数の調整を行い、産総研の高周波インピーダンス国家標準を用いてLISNとほぼ同じインピーダンス特性をもつことを確認した(図2)。
また、今回開発した校正手法にもとづいて、LISNの自動校正システムを開発した。従来の手法では、LISNのインピーダンス校正には一回に20分程度かかっていたが、今回開発した自動校正システムでは、一回あたり約90秒(従来手法の10分の1以下)と大幅に短縮できる。この専用標準器を用いた自動校正システムをEMC試験の現場に導入すれば、試験者自身がLISNをオンサイト校正できる。今後は、LISNを用いた伝導エミッション試験が、より迅速に効率的に実施できると期待される。
|
図2 開発した専用標準器と擬似電源回路網(LISN)のインピーダンス特性の比較 |
今後、林栄精器は、専用標準器を含むLISN自動校正システムの長期安定性を評価し、製品化を進める。また、産総研では、今回開発した測定対象と似た特性を持つ標準器によるインピーダンスの校正方法を発展させ、パワーエレクトロニクス半導体素子や機器のインピーダンス特性評価に適した校正方法の研究開発を行っていく。