国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物質計測標準研究部門【研究部門長 藤本 俊幸】バイオメディカル標準研究グループ 山崎 太一 研究員、川口 研 主任研究員、同部門 高津 章子 副研究部門長は、国立研究開発法人 水産研究・教育機構【理事長 宮原 正典】(以下「FRA」という)中央水産研究所【所長 中山 一郎】水産物応用開発研究センター 衛生管理グループ 渡邊 龍一 主任研究員、松嶋 良次 主任研究員、及川 寛 グループ長、同センター 鈴木 敏之 センター長と共同で、貝毒を液体クロマトグラフ質量分析計などの分析機器で分析する際に用いるオカダ酸群(オカダ酸とジノフィシストキシン-1)標準液の認証標準物質を開発した。
これらの認証標準物質は、FRAが開発中の貝毒を産生する藻類の大量培養技術と貝毒精製技術を利用して高度に精製されたオカダ酸とジノフィシストキシン-1を製造し、それらを用いて調製された溶液の濃度を産総研が正確に決定することにより開発した。濃度の決定は産総研が中心となって開発し普及を進めている核磁気共鳴を利用した有機化合物の定量分析法(定量NMR法)により行った。今回開発した認証標準物質は、下痢性貝毒であるオカダ酸群を分析機器で検査する際に、機器の信号から正しく濃度を求めるための標準液として利用できる。
下痢性貝毒オカダ酸群の検査は、国際的にも機器分析の導入が進められており、国内でも厚生労働省より機器分析の導入が通知されている。オカダ酸とジノフィシストキシン-1の濃度が正確に決定されている認証標準物質が供給されることで、国内での機器分析による信頼性の高い貝毒検査の実施と普及が期待される。
なお、これらの認証標準物質は、2016年4月6日から委託事業者を通して頒布を開始する。
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貝毒認証標準物質の開発プロセス |
アサリやホタテガイなどの二枚貝は、わが国をはじめ世界各地で食用水産物として重要な地位を占めているが、有毒プランクトンの摂取が原因で体内に貝毒を蓄積し、食中毒を引き起こすことがある。わが国においては、貝毒による食中毒を防ぐために厚生労働省が規制値と貝毒検査法を通知し、規制値を超える貝類の販売を禁止するとともに、農林水産省の通知等により、生産海域における貝毒の監視や貝毒発生時の出荷の自主規制が行われてきた。
下痢性貝毒であるオカダ酸群の検査は、これまでマウス毒性試験が実施されてきた。しかし、近年では動物愛護の観点や成分ごとに毒を検出できる利点から、機器分析による検査の導入が世界で普及しつつある。また、生産者による適切な出荷管理や、水産物の輸出拡大、市場に流通する食品の安全性確保の観点からも国際基準に基づいた検査を行う必要性が高まっている。このような中、国内においても平成27年3月に、下痢性貝毒オカダ酸群の検査では機器分析を導入することが厚生労働省より通知された(平成 27 年3月6日付け食安発 0306 第2号 厚生労働省医薬食品局 食品安全部長通知)。
機器分析による貝毒検査では、濃度が決定されている標準液を用いて機器の出力信号を濃度に変換する必要があり、信頼できる標準液の安定供給が必要である。しかし、オカダ酸群は天然物であることや構造が複雑なことから、精製品の大量生産や正確な値付けが難しい。そのため、これまで標準物質の供給は海外のごく一部の機関からの供給に限られ、国内の機器分析法での貝毒検査の実施のためには、需要に耐えうる認証標準物質の供給体制を整えることが求められていた。
産総研ではこれまでに、様々な有機化合物の濃度や純度を正しく決定する方法の開発に取り組むとともに、国際的にも認められる認証標準物質の供給を行ってきた。特に、定量NMR法は有機化合物の純度測定法として産総研が主導的な立場で開発した手法であり、さらなる発展や普及を進めている。
また、FRAでは、長年にわたる貝毒研究の実績があり、貝毒機器分析法の開発等で先駆的な研究を実施し、有毒藻類の大量培養法や高度な貝毒精製法の開発にも取り組んでいる。
そこで、今回、天然物であるオカダ酸群を定量NMR法で濃度決定する方法を確立することで、オカダ酸群の認証標準物質の開発と供給を目指すこととした。
なお、本研究開発は国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センターの委託事業「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)次世代農林水産業創造技術(新たな機能の開拓による未来需要創出技術)未利用藻類の高度利用を基盤とする培養型次世代水産業の創出に向けた研究開発(平成26~30年度)」【研究代表者:石原 賢司】による支援を受けて行った。
今回頒布を開始する認証標準物質は「オカダ酸標準液」と「ジノフィシストキシン-1標準液」の二種類であり、その仕様は次の通りである。
標準物質名 |
オカダ酸標準液 |
ジノフィシストキシン-1標準液 |
標準物質番号 |
NMIJ CRM 6206-a |
NMIJ CRM 6207-a |
決定された濃度 |
0.909 µg/mL ± 0.073 µg/mL |
1.079 µg/mL ± 0.078 µg/mL |
溶媒 |
0.5 %(体積分率)エタノール含有メタノール |
容量 |
1 mL |
容器 |
褐色ガラスアンプル |
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これらの標準物質は、標準物質生産についての品質保証手順を規定する国際的なガイドであるISO ガイド 34に基づき作製した。開発手順は次の通りである。
下痢性貝毒オカダ酸群を産生する藻類である有毒渦鞭毛藻Prorocentrum limaを大量に培養して、その培養液を遠心分離し、細胞画分と培地画分とに分離した。それぞれの画分からオカダ酸群を含んだ画分を調製し、液-液分配とクロマトグラフィーを用いた分取によりオカダ酸またはジノフィシストキシン-1をそれぞれ精製した。
次に、精製したオカダ酸群を用いて原液となるメタノール溶液を調製し、定量NMR法により濃度を決定した。濃度決定したこの標準原液を、体積分率が0.5 %のエタノールを含むメタノールで、オカダ酸群の濃度が約1 µg/mLとなるように希釈した。希釈率は、はかりとった標準原液と希釈溶媒として加えたエタノール含有メタノールの両方の質量を測定して算出し、最終的にアンプルに約1 mLずつ分注した。アンプルに小分けした溶液の濃度(質量濃度)は、定量NMR法により決定した標準原液の質量分率、希釈率、溶液の密度を用いて正確に決定した。
今回開発した認証標準物質の利用者は、この標準物質を希釈して、測定対象の濃度に近い何点かの濃度の試料を作成、これらを用いて検量線作成を行う。これにより、検査対象の貝の中に含まれるオカダ酸またはジノフィシストキシン-1の定量分析を行うことができる。
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図1 頒布が開始される貝毒の認証標準物質
オカダ酸標準液(左)とジノフィシストキシン-1標準液(右) |
今回開発した認証標準物質は、NMIJ CRM 6206-a オカダ酸標準液とNMIJ CRM 6207-a ジノフィシストキシン-1標準液として2016年4月6日から委託事業者を通して頒布を開始する。
また、産総研とFRAの両者は、今後さらに濃度決定法や精製法の高度化を進めるとともに、品質の高い標準物質を安定供給できるよう取り組む予定である。