国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】 植物機能制御研究グループ 高木 優 招へい研究員 (兼) 埼玉大学理工学研究科 教授、永利 友佳理 元産総研特別研究員(現:国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター 研究員)らは、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター【理事長 岩永 勝】(以下「JIRCAS」という)、国立大学法人 埼玉大学【学長 山口 宏樹】(以下「埼玉大」という)、国立研究開発法人 国立環境研究所、国立大学法人 名古屋大学、国立大学法人 岡山大学、国立研究開発法人 理化学研究所と共同で、植物の葉表面にある気孔の閉じ具合を調整しオゾン耐性を強化することに成功した。
近年、大気汚染が農作物や森林に甚大な被害をもたらしている。今回、植物の葉緑体の発達を制御する転写因子(GLK1、GLK2転写因子)のキメラリプレッサーを植物で発現させると、大気汚染物質であるオゾンに対する耐性が著しく向上することを明らかにした。この転写因子のキメラリプレッサーを発現させた植物では、気孔が閉じ気味であり、GLK1、GLK2転写因子が気孔の開閉に関わる因子に影響を与えることが分かった。これらの転写因子を用いて適切に気孔の閉じ具合を調節することができれば、大気汚染耐性や干ばつ耐性などの環境ストレスに強い作物の開発に貢献することが期待できる。
なお、この研究成果の詳細は、2016年3月28日 (米国東部時間)に米国の科学誌Proceedings of the National Academy of Sciencesにオンライン掲載される。
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高濃度のオゾンに強いGLK1SRDX形質転換シロイヌナズナ(左図)と高濃度のオゾンに弱いGLK1OX形質転換シロイヌナズナ(右図) |
現在、世界規模で大気汚染が進行している。地表近くのオゾンは、大気汚染物質の一つであり、光化学スモッグの主な成分である。高濃度のオゾンは、私たちの健康への被害だけでなく、森林の衰退や農作物の減収など、植物にも甚大な被害を及ぼす。オゾン濃度は今後も上昇するとの予測もあり、その対策として、植物のオゾンに対する応答メカニズムを理解し、農作物などのオゾン耐性を向上させる技術の開発が期待されている。
産総研と埼玉大は、環境問題や食料問題などの解決を目指して、植物が本来持つ機能を有効に利用するために、植物の転写因子に関する研究を進めてきた。これまでに、独自に開発した植物の遺伝子発現抑制技術「CRES-T法(クレスティ法)」を用いて、モデル植物や実用植物の転写因子の機能解明や利用技術開発で成果を挙げてきた。塩耐性イネの作出やバラ咲きシクラメンの開発など、CRES-T法は実用植物へのストレス耐性の付与や形態改変に有用であることを実証している。また、JIRCASでは、環境ストレス応答のシグナル伝達経路の解明と耐性作物の開発に関する研究で卓越した成果を挙げてきた。
今回、両者はCRES-T法を用いて、植物のオゾン耐性を向上させる新規転写因子の同定とそのメカニズムの解明に取組んだ。
高濃度のオゾンは、植物の中に取込まれると、葉に障害を引き起す。このオゾンによる葉の障害は、葉物野菜の品質低下、光合成能の低下に伴う成長阻害や収量減少に影響するため、深刻なオゾン被害の一つである。そこで、オゾン耐性を向上させる(葉の障害を減少させる)転写因子の探索を試みた。実験には、シロイヌナズナの転写因子約1,500個について、CRES-T法により各転写因子の機能を抑制したキメラリプレッサーを発現させた形質転換体を用いた。約30,000種類の形質転換シロイヌナズナを高濃度のオゾンに曝し、オゾンに強い植物を選抜した。この中から、顕著にオゾン耐性に影響を与える転写因子GLK1、GLK2を同定した。GLK1、GLK2のキメラリプレッサー発現シロイヌナズナ(GLK1SRDX、GLK2SRDX)は、0.3 ppmの高濃度のオゾンに7時間曝されても、オゾンによる葉の障害がみられず、オゾンに耐性を示した。また、このシロイヌナズナは、葉表面の温度が高く(すなわち蒸散が少ない)、気孔が閉じ気味であることがわかった(図1)。気孔は植物の葉表面の小さな穴で、光合成に必要な二酸化炭素の取込みや体内の水分調節などの役割を担っている。一方で、植物にとって有害な大気汚染物質の取込みにも関与する。GLK1、GLK2のキメラリプレッサー発現シロイヌナズナ(GLK1SRDX、GLK2SRDX)では、気孔が閉じ気味になりオゾンの取込みが減少したことで、オゾン耐性を示したと考えられる。逆に、GLK1、GLK2の機能を増強させたシロイヌナズナ(GLK1OX、GLK2OX)では、気孔が開き気味になり、オゾンに弱くなることがわかった。気孔の閉じ具合を適切に調節することで、作物の収量を増加させる可能性があることも示されており、GLK1、GLK2の有用性には期待ができる。
これまでにGLK1、GLK2が葉緑体の発達に関わることは知られていたが、気孔の開閉への関与は知られていない。詳細な解析から、GLK1のキメラリプレッサーを発現させたシロイヌナズナ(GLK1SRDX)では気孔を開く際に必要な因子の一つである内向き整流性カリウムチャネルの遺伝子発現や活性が低下していることがわかった。また、気孔の閉じ具合を調節する細胞(孔辺細胞)だけでGLK1のキメラリプレッサー(GLK1SRDX)を発現させたシロイヌナズナのオゾン耐性も向上した。これらのことから、転写因子GLK1、GLK2が、気孔の開閉に関わる遺伝子の発現にも影響を与えることがわかった。CRES-T法は、さまざまな実用植物に対しても有用なことから、これらの技術により、作物などに大気汚染物質耐性を付与できる可能性が考えられる。
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図1 葉面温度が高く蒸散量が少ないGLK1SRDX導入シロイヌナズナ |
気孔は、大気汚染物質の取込みや、体内の水分損失に関与する一方で、光合成の活性や成長にも関与する。今後は、GLK1のキメラリプレッサー(GLK1SRDX)をオゾンや干ばつなどのストレスを受けた時の孔辺細胞に限定して発現させ、気孔の閉じ具合を適切に調節することで、より生産性の高い作物の開発に繋がる技術を目指したい。