公立大学法人大阪府立大学(理事長:辻 洋)工学研究科の高橋和准教授と、国立研究開発法人産業技術総合研究所(理事長:中鉢 良治) 電子光技術研究部門の森雅彦研究部門長、岡野誠研究員の研究グループは、世界で初めて、工業生産に適したフォトリソグラフィ法を用いて、100万以上のQ値を有する光ナノ共振器を作製することに成功しました。
シリコンフォトニック結晶(注2)を用いた光ナノ共振器(注3)は、100万を超える非常に高いQ値を実現しており、光を微小領域に強く閉じ込めることが可能です。この特長を生かしたさまざまな光素子が研究されており、IoT時代を切り開くシリコンレーザー(注4)、光集積回路で重要となる光メモリー(注5)、どこでも簡便に使える医療診断センサー(注6)などが例として挙げられます。とくに、近年開発され注目を集めている超低消費電力シリコンラマンレーザー(注7)は、100万以上のQ値を持つ光ナノ共振器が必要不可欠とされています。
しかし、これまで実現してきたQ値100万以上の光ナノ共振器は全て、電子線リソグラフィ法により作製されたものでした。産業応用を実現するには、半導体製造で一般的なフォトリソグラフィ法(電子線リソグラフィの100万倍の生産性を持つ)を用いて大面積ウエハー上に一括作製することが重要です。
一般的に、光ナノ共振器は、非常に小さな空気孔(直径200ナノメートル程度)を周期的に配列した構造からなるため、リソグラフィに高い精度が要求されます。また、リソグラフィ以外の作製工程でも多くの工夫が必要になります。そのため、100万以上のQ値を実現することは、電子線リソグラフィ法を用いたとしても容易ではなく、微細パターン形成の精度が劣るとされるフォトリソグラフィ法と、柔軟性に欠ける半導体製造プロセスでは、Q値100万以上の光ナノ共振器を作製することは困難と考えられてきました(図1)。
これまでに、大阪府立大学のグループは、電子線リソグラフィ法を用いて作製された世界最高レベルのQ値を有する光ナノ共振器を研究してきました。一方、産業技術総合研究所(略称:産総研)は、フォトリソグラフィ法と半導体製造プロセスを用いたシリコンフォトニクス研究において、世界トップレベルのエンジニアリング技術を保有し、国内最大のシリコンフォトニクス研究拠点として、産業応用を積極的に推し進めてきました。本研究は、基礎研究と応用研究で世界を牽引するグループが協力することで、初めて可能となりました。両グループがそれぞれの知識、技術を持ち寄り、融合させることで、フォトリソグラフィ法と半導体製造プロセスを用いて高Q値光ナノ共振器を作製するための最適な方法が考え出されました。それぞれの強みを生かして、主に、産総研がデバイス設計とサンプル作製を担当し、大阪府立大学がデバイスの特性評価を担当しました。
サンプル作製は、産総研スーパークリーンルーム(略称:SCR)のシリコンデバイス一貫試作ラインを利用しました(図2)。最先端のArF液浸フォトリソグラフィ法(注8)と、現場の技術者が有するプロセスノウハウを生かして、大面積30 cmシリコンウエハー全面に、光ナノ共振器を高い精度で作製しました(図3)。その結果、予想を大きく上回る、150万のQ値を得ることに成功しました(図4)。今後、共振器構造と作製プロセスの最適化を進めることで、これ以上のQ値も十分期待できます。
本研究成果を受けて研究グループでは、今後、オープンイノベーション推進拠点である産総研SCRにおいて、多くの研究者が高Q値光ナノ共振器を研究できる体制を整えていき、フォトニック結晶デバイスの早期実用化を推進していく予定です。国内のフォトニクス研究者の連携を強化することで、フォトニック結晶、シリコンフォトニクス技術に基づく新たなフォトニクス産業の創出が期待されます。
本成果は、平成28年3月22日、東京工業大学で開催される応用物理学会の注目講演として発表される予定です。
半導体デバイスの大量生産に欠かせない最先端のフォトリソグラフィ装置と、それに関連する半導体製造装置は、非常に高額な装置であると同時に広大な設置スペースをとることから、大学研究者の利用はこれまで困難でした。しかし近年では、半導体製造のみを専門に行う企業が、グローバルなファウンドリサービスを開始したことで、状況が一変してきています。日本の大学研究者の間でも、国外のファウンドリサービスを利用する機会が増えてきています。
今回、研究グループは、産業技術総合研究所(略称:産総研)に、産学官連携のために設立されたスーパークリーンルーム(略称:SCR)の試作ラインを利用しました(図2)。SCRは、3,000 m2のスペースに、直径30 cmのシリコン試作ラインと、シリコン以外のさまざまな材料に対応できる設備群を備えた世界トップクラスの半導体研究開発拠点です。現在では、オープンイノベーション推進拠点として外部からの一般利用を積極的に推進しています。
図3が、作製した光ナノ共振器の電子顕微鏡写真です。形状が均一で、垂直性も高い円形の空気孔が形成されていることが分かります。図4は、特性評価で得られたこの光ナノ共振器の共振スペクトルと光ナノ共振器からの放射イメージを示しています。スペクトルの線幅1.1 pmと共振波長1607 nmから見積もられるQ値(共振波長/線幅)は150万となります。複数のサンプルを測定したところ、平均で150万、最高で200万以上のQ値が得られました。フォトリソグラフィ法でこのような高Q値が得られたことは、専門家の間でも驚くべきことで、産総研のシリコンフォトニクス研究に基づく半導体製造技術力が世界トップレベルにあることを示しています。
これまで、他グループより報告されているフォトリソグラフィ法(国外のファウンドリを利用)で作製した光ナノ共振器の最高Q値は、20万程度でした。今回達成した200万以上のQ値は、電子線リソグラフィ法を用いた場合でも、そのハードルは高く、実現に成功しているのは、京都大学と大阪府立大学の共同グループのみです。
これまで、Q値100万以上の光ナノ共振器は、工業生産ができないので、基礎研究として重要でも、応用に結びつかないとの意見がありました。今回の工業生産技術によるQ値100万以上の光ナノ共振器の実現は、従来の見方を根底から覆すものです。今回の画期的な研究成果は、基礎研究、応用研究に関してそれぞれ世界トップレベルの技術をもつ大阪府立大学、産総研のグループが強力なタッグを組むことで、初めて可能となりました。
最近、100万以上のQ値を持つ光ナノ共振器を用いて、超低消費電力シリコンラマンレーザーが開発されましたが、本成果によりシリコンラマンレーザーの大量生産にも道が開かれました。国内の研究グループが精力的に進めている光集積回路に必要な光メモリーの研究も加速されると思われます。光ナノ共振器は、Q値1万から100万まで、さまざまな応用が検討されています。本研究により、100万以上のQ値が可能と分かったため、ほとんどの応用において大量生産は障害にならないといえます。
今回、工業生産に適したフォトリソグラフィ法を用いて、最高レベルの精度を要求する100万以上のQ値を有する光ナノ共振器が作製できることが分かりました。シリコンフォトニック結晶は、高Q値光ナノ共振器だけでなく、太陽電池、熱輻射光源、熱電発電などの応用も活発に研究されています。本研究成果を発展させていくことで、これらの応用においてもフォトリソグラフィ法を用いた大量生産が可能になると期待されます。今後、研究グループでは、オープンイノベーション推進拠点である産総研SCRの利用を国内の研究者にはたらきかけていく予定です。国内のフォトニクス研究者の連携を強化することで、フォトニック結晶、シリコンフォトニクス技術に基づく新たなフォトニクス産業の創出が期待されます。
本研究成果の一部は、科学研究費補助金-若手研究A「ナノ共振器シリコンラマンレーザーの光利得機構の解明と発振特性評価」の支援を受けました。
図3.のキャプションにおける、シリコン薄板の厚さを220nm(修正前)から225nm(修正後)に修正。(修正日時:2016年4月21日 11:00)