国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 森 雅彦】分子集積デバイスグループ 福田 隆史 主任研究員と同志社大学【学長 村田 晃嗣】理工学部【学部長 林田 明】電気工学科 江本 顕雄 准教授らの研究グループは、試料の複屈折の大きさやムラを定量的に可視化できる簡便な技術を開発し、高精度・高分解能の計測ができる小型の試作機を製作した。
今回開発した技術は、試料を回転させたりする必要がなく、1回の画像撮影だけで高精細に試料の複屈折の大きさやムラを定量化・可視化できるため、さまざまな製造現場で行われる品質管理のためのインライン検査に使用できる。さらに、複屈折性物質の時間変化の観察やダイナミクス解析が可能のため、基礎研究においても強力な研究ツールとなる。特に、近年研究開発が活発化している印刷法によるエレクトロニクス(プリンテッドエレクトロニクス)などの分野では、結晶の成長過程の観察や欠陥の評価などが重要であり、それらの用途でも今回の技術の強みを活かした活用が期待される。
なお、この技術の詳細は、平成28年1月27日~29日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2016(第15回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議)で発表される。
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大面積型(左)と透過顕微鏡型(右)の2次元複屈折定量イメージング(可視化)装置の試作機 |
今回開発した大面積型装置(左)は約2 cm×10 cmの視野を一括して観察可能で、インライン計測等に適している。また、顕微鏡型装置(右)は4 mm×4 mmの視野を高分解能で観察できる。 |
試料の複屈折の大きさやムラを可視化する機器は、各種の機能性フィルムをはじめとするさまざまな製品の品質管理や(配向、結晶化、歪み、欠陥などの検査)、各種材料の基礎研究開発の研究ツールとして広く用いられており、製品もいくつか市販されている。例えば、偏光顕微鏡は最も代表的な複屈折のイメージング装置であるが、複屈折を定量的に測定するには、試料を回転させながら複数の画像を撮影し、それらをもとに解析する必要があり、迅速な測定は難しい。
また、偏光の干渉を用いる方法も、複屈折を定量的に測定する別の方法として提案されており、高い精度が期待できるものの、振動が多い環境では測定が難しいなど、製造現場での活用には課題があった。他にも種々の方法が提案されているが、各方式とも一長一短がある。そのため、より簡便・迅速で、高精度・高分解能のイメージングができる技術が求められていた。
産総研では、エレクトロニクスや製造プロセスに技術革新をもたらすべく、光センサーシステムや光イメージングをはじめとする光応用技術の開発を推進している。今回、独自に設計した偏光分離回折素子(右回りの円偏光と左回りの円偏光を分離できる光学素子)を利用した複屈折定量イメージング装置の開発に同志社大学と共同で取り組んだ。
図1に今回開発した装置の主な構成要素を示す。この装置は観察光として空間的に一様な円偏光、例えば右回りの円偏光(図1(a))を用いる。この光が複屈折性を持つ試料を透過すると、その複屈折の大きさに応じて、円偏光が楕円偏光や直線偏光に変化する。そのため、試料に複屈折のムラ(分布)があると(図1(b))、試料を透過した後の光の偏光状態(偏光楕円率)は複屈折のムラ(分布)を反映して、透過した場所ごとに異なる偏光状態に変化する(図1(c))。
試料の後ろに配置された偏光分離回折素子は、右回りの円偏光と左回りの円偏光を異なる方向(図中に“+1次光”と“-1次光”と記載された矢印の方向)に振り分ける。そのため、試料を透過して偏光状態に分布が生じた光(図1(c))が偏光分離回折素子を透過すると、「偏光状態の分布」に応じて「“+1次光”や“-1次光”の像に強度の分布」が生じる。そのため、光の明暗の分布が“+1次光”と“-1次光”のそれぞれの方向で観察される(図1(d)、(e))。なお、これらの二つの光強度の分布はちょうど明暗が反転したネガとポジの関係である。したがって、どちらか一方の光の強度分布(図1(d)または(e))をカメラで撮影すれば、試料の複屈折の2次元分布を定量的に直接観測できる。
今回開発した技術では、試料の回転や複数の画像撮影等の操作やデータ解析が不要なので、瞬時に定量的なイメージが得られる。そのため、これまで難しかった、様々な製品の製造現場でのインライン検査や、複屈折を示す物質の時間変化の観察やダイナミクス解析などが簡便に行える。
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図1 今回開発した装置の主な構成要素(上)と、試料と偏光分離回折素子の前後における偏光状態や光強度の分布のイメージ(下) |
図2に、今回の装置のキーデバイスである偏光分離回折素子に入射する光の偏光状態(偏光楕円率角)と素子を透過した後の+1次光の強度の関係を示す。試料が持つ複屈折のムラ(分布)は、そのままでは肉眼やカメラの観察では見えないが、偏光分離回折素子によって、光の偏光状態が光の強度(明るさ)に変換されるため複屈折分布をイメージングできる。
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図2 偏光分離回折素子に入射する光の偏光状態と透過(回折)した+1次光の強度の関係 |
今回用いた偏光分離回折素子は、これまでよりも回折効率が高くなるよう改良されているため、計測可能な複屈折量が位相差として最小約1 °(観察光が可視光の場合、リターデーションとしては1~2 nm)まで向上し、既に市販されている一般的な複屈折分布測定装置と同等の精度が達成されている。例えば、厚さ100 μmのフィルム状試料で検出できる最小の複屈折値としては2×10-5に相当するが、この値は多くの品質管理用途には十分な性能である。また、素子のサイズを2倍強まで大きくしたことにより、空間解像度は10 μm程度にまで向上した。
図3は今回開発した装置の活用イメージである。試料の回転が不要である/1枚の写真撮影で定量的な複屈折データを得ることができる/振動のある環境での使用にも強い/時間変化の追跡や動画撮影に対応できるなど、この装置が持つ種々の特徴を生かし、従来法では難しかった製造現場でのインライン計測(図3(a))や実験室での材料研究・開発の新しいツール(図3(b))としての実用化が期待できる。特に、各種光学フィルム・包装材・繊維・プラスチック成形品の製造ライン、食品・製薬分野、プリンテッドエレクトロニクスなどの研究現場、さらには、生体組織・微生物・バイオマテリアル等の新しい可視化ツールとしての活用が期待される。
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図3 様々な製品製造ラインでの品質管理や研究開発のツールとしての活用イメージ |
図4に、砂糖の結晶を従来の偏光顕微鏡と、今回開発した装置とで観察した結果の比較を示した。偏光顕微鏡では特定の向きを向いた結晶だけが明るく観察され、それ以外は暗く観察されている(図4(a))。また、試料の回転に伴って色や明るさが変わって見えるため、1回の撮影では視野全体の情報を取得できず、定量化もできない。他方、今回開発した装置では、さまざまな方向を向いた結晶のすべてを1回の撮影でイメージングでき、複屈折の分布(この場合、砂糖の結晶の厚さの分布に対応)を把握できる(図4(b))。
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図4 砂糖の結晶を偏光顕微鏡と今回開発した装置で観察した結果の比較 |
(a)偏光顕微鏡、(b)今回開発した装置。図中のC1~C4の記号は、結晶の同一の部位を示す。なお、今回開発した装置は単色の観察光を用いるので、図4(b)の画像の色は実際の色ではなく、光の明暗、すなわち複屈折の大きさを色に変換して表示してある。複屈折が大きい部分は赤色、小さい部分は青色で表示されている。 |
図5に、今回開発した装置によって様々な試料を測定した結果を示した。図5(a)は透明フィルムの観察結果であり、試料内部の高分子の配向の様子や膜厚のムラが詳細に計測されている。フィルムなどの組成や厚みムラをインラインで常時モニターする用途への活用が期待される。現在、最大10 cm×10 cm程度までの観察視野の達成に目処が立っており、実用ニーズへの対応も進んでいる。図5(b)は砂糖の微結晶の観察結果であり、粒径分布評価などの解析を容易に行うことができる。1枚の写真撮影によって、結晶の向きに関わらず一括して視野全体の複屈折値が定量化出来る点で従来法に対する優位性がある。粒径分布は食感などにも重要な要素であり、食品製造分野での活用が期待される。また、錠剤中の有効成分の結晶サイズ、や錠剤中での空間分布の制御は錠剤の効能を管理する上で重要なポイントであり、製薬分野での活用も期待される。図5(c)は有機半導体インクが徐々に乾燥し、結晶化して行く過程を観察したものである。結晶成長のダイナミクスを動画として撮影出来るほか、結晶の均一性や欠陥の有無について迅速な計測ができ、プリンテッドエレクトロニクスをはじめとする有機デバイスの研究開発にも活用できる。図5(d)は玉ねぎの表皮の観察像である。細胞壁の組織が観察出来ている。繊維状の組織であるコラーゲンなども観察可能であり、バイオ分野における新しいツールとしての可能性もある。
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図5 様々な試料の観察結果の例
複屈折が大きい部分は赤色、小さい部分は青色で表示されている。 |
今回試作したプロトタイプ機をベースに実用化のためのパートナーを募り、1~2年以内の実用化を目指すとともに、偏光分離回折素子の特性向上/カメラ性能の向上/ノイズ処理技術の導入などを通じて、さらに1桁小さい複屈折値の測定を目指す。位相差として最小0.1 °(リターデーションとして0.1 nm)が達成できれば、現在市販されている製品の最高性能モデルと同等の複屈折測定精度を備えたハイエンドな機器が実現できると考えているが、このようなハイエンド機器はフラットパネルディスプレイの製造などの分野で必要とされている。また、反射配置での測定に対する市場ニーズも大きいことから、反射型の計測器構築も検討する。