国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】先進機能表面プロセスチーム 野村 健一 研究員、牛島 洋史 研究チーム長 兼 同センター 副研究センター長、知能システム研究部門【研究部門長 横井 一仁】スマートコミュニケーション研究グループ 鍛冶 良作 主任研究員、小島 一浩 研究グループ長は、島根県産業技術センター【所長 吉野 勝美】有機フレキシブルエレクトロニクス技術開発プロジェクトチーム 岩田 史郎 主任研究員、今若 直人 プロジェクトマネージャー、次世代パワーエレクトロニクス技術開発プロジェクトチーム 大峠 忍 プロジェクトマネージャーと共同で、非接触式の静電容量型フィルム状近接センサーを作製し、それを人の目に触れないところに設置して、使用者に精神的・肉体的な負担をかけることなく、人の動きや呼吸を検出できる技術を開発した。
今回開発したフィルム状近接センサーは、フィルムのおもて面と裏面に異なるサイズの電極をもつ静電容量型であるが、産総研 フレキシブルエレクトロニクス研究センターが開発したスクリーンオフセット印刷技術を利用し、センサー両面の電極構造を簡便に作製する両面印刷作製技術によって作られた。
なお、この技術の詳細は、2016年1月22日(英国時間)発行の英国科学雑誌Scientific Reportsにオンライン掲載され、さらに2016年1月27日~29日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるプリンタブルエレクトロニクス2016にて関連技術が展示される。
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(a) フィルム状近接センサー (b) 畳ベッドの畳裏に貼った様子 |
急速な高齢化社会を迎えた我が国において介護は大きな社会的課題となっている。その一方で新たな産業の創出機会という面から注目を集めている。その典型は、ビッグデータを利用して介護を支援する「見守り産業」である。例えば、日々の身体・生活情報をデジタルデータとして蓄積し、それを分析・活用することで、転倒などによる事故を未然に防ぐ、あるいは病状が現れる前に心身の不調をいち早く察知して医療費の削減につなげる、さらには隠された介護ニーズを発掘するといったことが考えられる。
データを取得するセンシング技術の開発にはアプローチの仕方がいくつかある。ウエアラブルセンサーなどの接触式センサーを用いる手法はその1つであり、これらは非常に利便性の高いツールとなりうる。しかし究極的には、利用者に精神的・肉体的な負担をかけないために、人に触れることなくデータを取得することが望ましい。一方、現状の非接触センシング技術としては、赤外線や電波、カメラを用いる手法がある。しかし、カメラなどはプライバシーの問題から設置場所に制限が生じ、死角が生まれやすい。また、遮蔽物があると検出できなくなるため、センサー類は人の目に触れるところに設置しなければならず、人々の生活面や精神面に少なからず影響を与えてしまうといった問題もある。さらに、赤外線センサーや電波センサーでは、検出精度を上げるために「設置位置の決定」や「ビーム放射方向の調整」という専門的なスキルが必要で、一般の人あるいは一般の業者では設置自体が難しいといった技術的な課題がある。
産総研では、新しい形態のデバイスとして、薄い・軽い・形状自由度の高いフレキシブルデバイスに関する研究開発を行ってきた。また、これらのデバイスを低コストで大量にあるいは大面積に製造しうる手法として、スクリーンオフセット印刷法をはじめとした新しい印刷技術の開発を推進してきた。
これらの中で非接触式の見守り用センサー類についても、センサーはあらゆる場所に設置できるよう薄く、軽く、できれば柔軟性があること、大量あるいは大面積で設置が可能なこと、さらに低コストで作製できること、などが望ましい要件としてあげられる。今回、さらに望ましい条件として、「利用者の精神的負担をより一層軽減する」こと、「センサーをどこかに敷いたり貼ったりするだけで簡単に使用できる」ことを目指し、壁・床・ベッドに貼るだけで簡単に利用でき、しかも裏側に設置することで目に触れることなく自然な状態で人の動きや呼吸を検出できる静電容量型フィルム状近接センサーを開発するに至った。
島根県産業技術センターは電子デバイスの作製に必要な各種のシミュレーション技術に強みを持っており、今回の開発では、電界シミュレーションを通じて近接センサーの構造設計やその最適化を行い、それによって「センサーの存在を意識させない」非接触センシング技術の早期開発につながった。
今回開発したフィルム状近接センサーはフィルムのおもて面と裏面に電極が設置されたコンデンサー構造になっており、電極間に交流電圧をかけて用いる。おもて面と裏面の電極サイズが同じ場合、発生する電気力線は電極間に閉じ込められる傾向にあるが、電極サイズが異なると周囲に電気力線が漏れる。この状態で人がセンサーに近づくと、電気力線の一部が人の方向に向くため電極間の静電容量が変化する。これにより、人の接近を検出する。その際、電気力線が一般的な床材やベッドマットなどで遮蔽されない周波数(今回は200 kHzを使用)の交流電圧をかけると、センサーが「物体の裏側に隠れている状態」でも、おもて側での人の接近を検出できる。なお、この動作原理自体はスマートフォンやタブレットなどで用いられる静電容量型のタッチパネルとほぼ同じであるが、今回開発したフィルム状センサーは触れないでも接近するだけで動作する。
両面に電極を持つ構造を印刷で作製するには、まず、電極の材料となる導電性のインクをおもて面に印刷し、その後加熱してインクを焼成した上でシートを裏返して裏面に印刷し、さらに裏面のインクを焼成するという手順が考えられる。しかし、これでは、時間がかかる加熱焼成(インクの種類にもよるが短くても数分間は必要とされることが多い)を2回も行う必要がある。作成プロセスの時間を短縮するためにも、1回の熱処理で2つの電極を焼成できることが望ましい。
そのために、今回は産総研が開発したスクリーンオフセット印刷法(図1(a))を利用した。スクリーンオフセット印刷とは、転写体となるシリコーンゴムに所望のインクパターンをスクリーン印刷し、さらにそのパターンをシリコーンゴム上から基材に写し取る手法である。今回のセンサーの作製では、まずシリコーンゴム上に下部電極となる導電インクをスクリーン印刷し(図1(b))、その後センサーの基材となるフィルムを押し付ける(図1(c))。さらにこのままの状態でおもて面に上部電極パターンをスクリーン印刷し(図1(d))、フィルムをシリコーンゴムから剥がす。この際に、裏面の電極パターンはシリコーンゴムからフィルム側に移る(図1(e))。最後に両面のインクを一度の加熱で焼成して完成する(図1(f))。この手法により、簡単にフィルム両面に電極パターンを形成できる。
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図1 (a) スクリーンオフセット印刷の概要、(b)-(f) 静電容量型フィルム状近接センサーの電極作製法 |
通常の近接センサーは人の接近検出だけを目的としているが、もしセンサーが、静止した人の胸部の動きを選択的に捉えることができれば呼吸を検知できるのではないかと考え、検証を行った。すなわち、フィルム状近接センサーを畳ベッドの裏側に貼り付け、図2(a)のように被験者が畳ベッド上に横たわった状態で、吸い込み3秒間、吐き出し3秒間の周期で呼吸をした。図2(b)に、その際のセンサーのシグナル(静電容量値)の変化を示す。呼吸の周期に合わせてシグナルが変化しており、寝ている人の呼吸を的確に検出できると分かった。
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図2 (a) ベッドセンサーとして使用する際のイメージ図、(b) ベッド上で人が周期的に呼吸した際のセンサーの静電容量値 |
次のステップとして、これらのセンサーから集めた測定データをもとに、事故や病気の予兆を捉える技術を確立していく。その足掛かりとして、島根大学医学部附属病院 礒部 威 教授と関連技術について実証試験を行う方向で検討を開始した。現状、センサーからのデータは、大きなサイズの計測装置(約33×12×18 cm3)につないで取得しているが、試験時の安全性や実用面を考慮してシステムの小型化と無線化の検討を行っている。また、構造最適化などでセンサーをさらに高感度化して心拍、脈拍の検出を目指すとともに、現状は単素子のセンサーを2次元的にアレイ化する技術を開発し、人の動きを3次元的に検出できる先進デバイスも開発していきたい。将来的には、これらの技術を完成させて、今後増加するであろう自宅での介護・見守りに向けて家庭内で運用できるシステムの構築に貢献していく。