国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】 印刷デバイスチーム 吉田 学 研究チーム長、植村 聖 主任研究員、延島 大樹 産総研特別研究員は、トクセン工業株式会社【代表取締役社長 金井 宏彰】(以下「トクセン工業」という)と共同で、電気を通す透明ラップフィルムを開発した。
産総研は、トクセン工業が開発した世界最小レベルの線径で、強度に優れ、弾性の高い極細金属ワイヤを二枚の柔軟なフィルムの間に波状に形成するプロセスを開発した。このプロセスにより高伸縮性・透明性・電気的安定性・強靭性を同時に満たす導電性ラップフィルムを作製できる。この透明ラップフィルムは、生鮮食品用のセンサー機能付きの包装フィルムや、あらゆる曲面上へのセンサーへの実装などに応用でき、自由形状センサー普及への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は、2016年1月27~29日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるプリンタブルエレクトロニクス2016で発表される。
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開発した導電性透明ラップフィルムにLEDを接続し、苺の包装フィルムとして用いた例 |
近年、食品の安全性に対する関心は急激に高まりつつある。特に生鮮食品については、輸送時や店舗での陳列時の鮮度管理を簡便に行いたいというニーズが増加している。現在、鮮度管理のために様々なセンサーの活用が試みられているが、食品は様々な形状を持つことや、柔らかいものが多いことなどから、センサーをどのように実装するかが重要な課題となっている。
一方、最近のウェアラブルデバイスへの関心の高まりから、柔軟なエレクトロニクス材料の需要が高まり、研究開発も盛んに行われている。これらの柔軟なエレクトロニクス材料を生鮮食品用のセンサーの部材として用いることは非常に有望と考えられる。しかし、このようなセンサーを接続するには柔軟で伸縮性を持つ導電配線が必要であるが、これまで高伸縮性・透明性・電気的安定性・強靭性を同時に満たすものがなく、これらの性能をすべて備えた導電性フィルムの実現が求められていた。
産総研では、柔軟な大面積電子デバイスや形状任意性の高い電子デバイスの研究開発を進めている。印刷製造プロセスを中心とした電子デバイスの製造技術の開発を目指しており、これまでにも印刷製造プロセスによるメモリーアレイ、RFタグ、蒸散量センサー、大面積圧力センサーなどを開発してきた。最近は人体や食品などの曲面にフィットする柔軟な大面積デバイスの開発に注力しており、高伸縮性・透明性・電気的安定性・強靭性を同時に備えた柔軟な導電性フィルムの部材を探索していた。
一方、トクセン工業は、世界最高峰の伸線加工技術を有し、世界最小の線径をもち、高強度で高弾性率のワイヤの開発に成功している。
そこで、産総研の柔軟なデバイスの開発技術と、トクセン工業の極細ワイヤを組み合わせて、これまでにない高伸縮性・透明性・電気的安定性・強靭性を同時に備える柔軟な導電性フィルムの実現を目指すこととした。
今回開発した透明で高伸縮性の導電性ラップフィルムは、二枚の柔軟なフィルムの間に極細金属ワイヤが波状になるようにはさみこんだ構造である。この構造を実現するプロセスを考案したことで、今回の導電性ラップフィルムの開発に至った。また、柔軟なフィルム間に極細金属ワイヤを波状に形成する際、極細金属ワイヤのヤング率(弾性係数)が、形成される波状ワイヤの形状に強く影響することが分った(図1)。図2に、実際に二枚の柔軟フィルム間に形成した波状の極細金属ワイヤの形状の顕微鏡写真を示す。高弾性のワイヤとしては、線径9 μmのピアノ線を、また低弾性のワイヤとしては線径30 μmの銅線を用いた。高弾性ワイヤでは波の頭頂部の曲率半径が比較的大きいが、低弾性ワイヤでは曲率半径が小さくなってしまい、繰り返し伸縮すると頭頂部で金属疲労が起こり断線してしまう。この結果から、極細金属ワイヤとして弾性の高いピアノ線を用いたため、波状ワイヤの頭頂部の曲率半径を大きくでき、伸縮する際にも金属疲労が起こらず、断線に強い高伸縮性の導電性ラップフィルムが作製できた。
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図1 線材の弾性係数と波状ワイヤの波形の関係 |
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図2 高弾性ワイヤ(ピアノ線:左)と低弾性ワイヤ(銅線:右)を用いた時の波形の顕微鏡写真 |
一般に、視力1.0の人が30 cmの観察距離で認識できる物体の最小サイズが50 μm~100 μmと言われている。今回用いた線径9 μmのピアノ線を目で認識することは難しく、開発した導電性ラップフィルムには十分な透明性が確保されている(図3上)。また、波状の極細金属ワイヤによりフィルムが導電性を示すが、ワイヤを波状に配線しているので、伸縮時にもワイヤ自体の長さは変らず、原理的に電気抵抗(電気抵抗は配線の長さに比例する)は変化しない。そのため、LED用の配線としてこの波状ワイヤを用いた場合(図3左下)、フィルムを伸縮してもLEDの発光輝度は揺らがない。さらに、今回用いた極細金属ワイヤはピアノ線であるため、非常に強靭であり、導電性ラップフィルムを折り畳んで、ハンマーで叩打しても断線しなかった(図3右下)。
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図3 開発した導電性透明ラップフィルムの特長 |
図4に示すように、開発した導電性透明ラップフィルムに静電容量変化検出回路を接続して、透明で柔軟なタッチセンサーを作製することができた。極細金属ワイヤが配置されている場所に触れると、静電容量が変化し、触れたことが検出できる。
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図4 開発した導電性透明ラップフィルムに静電容量変化検出回路を接続したタッチセンサー |
今後は製造プロセスの効率化により、今回開発した導電性透明ラップフィルムの量産体制を確立するとともに、このフィルムを用いた曲面タッチパネルやウェアラブルセンサーなど、様々な応用をめざす。