発表・掲載日:2016/01/18

高感度テラヘルツ波パワーセンサーを開発

-数十ナノワットレベルまで正確な測定が可能に-

ポイント

  • 熱電変換素子を用いてテラヘルツ波パワーを高感度測定できるセンサーを開発
  • 極低温環境が不要なので、常温で数十ナノワットレベルの定量的測定が可能
  • 超高速無線通信や材料分析などのテラヘルツ波応用技術の信頼性が向上


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】高周波標準研究グループ 飯田 仁志 研究グループ長、木下 基 主任研究員、レーザ放射標準研究グループ 雨宮 邦招 主任研究員は、常温で微弱なテラヘルツ波パワーを高感度で測定できるセンサーを開発した。

 テラヘルツ波は、おおむね100 ギガヘルツ(GHz)~10テラヘルツ(THz)の周波数の電磁波である。次世代の超高速無線通信や材料分析、空港でのセキュリティー検査など、生活の利便性向上や安心・安全確保のために、テラヘルツ波を用いた新たな産業応用が期待されている。テラヘルツ波を無線通信等に利用するには、送受信するテラヘルツ波パワーを正確に測定する必要があるが、これまで微弱なテラヘルツ波パワーを精度良く定量的に測定する技術は無かった。

 今回開発したセンサーは、テラヘルツ波の吸収によって発生する熱を熱電変換素子により電気信号に変え、その信号をもとに発生した熱と同等の直流電力とし、それを精密に測定して、テラヘルツ波パワーを定量的に求めることができる。検出部には、熱伝導性が高く、テラヘルツ波を効率よく吸収できる吸収体を用い、検出部の周囲には十分な断熱遮蔽を施して、常温で数十ナノワット(nW)レベルの高感度測定を実現した。今回のテラヘルツ波パワーの定量的測定法により、今後、様々なテラヘルツ波応用技術の信頼性向上や高度化が期待される。

今回開発した高感度テラヘルツ波パワーセンサーの写真
今回開発した高感度テラヘルツ波パワーセンサー


開発の社会的背景

 テラヘルツ波は、ミリ波と赤外線の間の周波数領域に位置する電磁波であり、電子デバイスによるエレクトロニクス技術では、周波数が高すぎて動作が追い付かず、他方、レーザーなどのフォトニクス技術では逆に周波数が低すぎて光学系の設計が難しく容易に発生・検出ができなかったため、未開拓・未利用の電磁波であった(図1)。しかし、近年の電磁波技術の進歩により、無線通信にテラヘルツ波を用いた超高速・大容量通信や、テラヘルツ波による構造物の劣化診断、医薬品の分析、また空港等におけるセキュリティー検査への応用などの研究が進められている。

 一方、テラヘルツ波を利用した装置を実際に設計・開発するには、送受信するテラヘルツ波パワーを正確に測定する必要があるが、多くの場合、送受信のパワーが1マイクロワット(μW)より小さい微弱な電磁波のため、そのパワーを精密に測定するには、液体ヘリウムを用いた極低温状態での測定が必須であった。

 そのため、テラヘルツ波の応用技術の研究開発をこれまで以上に推進するために、微弱なテラヘルツ波パワーを常温でも定量的に測定できる方法が求められていた。

テラヘルツ波の図
図1 テラヘルツ波

研究の経緯

 産総研では、これまでにマイクロ波やミリ波などの電磁波のパワーを精密に測定する技術を国家標準として確立してきた。今回、これらの技術を活用して、微弱なテラヘルツ波パワーを常温で正確に定量的測定する方法の開発に取り組んだ。

 なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業「高精度テラヘルツ絶対電力センサー素子の開発」(平成25~27年度)による支援を受けて行った。

研究の内容

 今回開発したテラヘルツ波パワーセンサーの基本構造を図2に示す。検出部は、熱伝導に優れ、テラヘルツ波を効率よく吸収できる円盤状の吸収体と、クーラー、熱電変換素子、基準温度ブロックで構成される。検出部にテラヘルツ波が照射されると吸収体がテラヘルツ波を吸収して温度が上昇する。この温度上昇を熱電変換素子によって電気信号(電圧)に変換し、それをもとに上昇した温度分の電力をクーラーに与えて吸収体の温度を下げ、常に基準温度(基準温度ブロックの温度)に保つように制御する。クーラーに与えた直流電力を計測し、テラヘルツ波の吸収による温度上昇と、クーラーによる冷却が釣り合っていることを利用して、テラヘルツ波パワーを求める。この温度制御技術と直流電力への変換技術は、国家標準として確立した技術を活用した。今回、この直流電力測定を高精度化して、数十 nWレベルの微弱なテラヘルツ波パワーを正確に定量的に求めることができた。また検出部の周囲には、真空断熱材を利用した多層の断熱遮蔽を施して外部からの熱擾乱の影響を極限まで抑え、液体ヘリウムによる極低温状態を必要としない、常温での測定を実現した。

テラヘルツ波パワーセンサーの基本構造図
図2 テラヘルツ波パワーセンサーの基本構造

 今回開発したテラヘルツ波パワーセンサーを用いて、室温23 ℃の環境で微弱な1 THzのテラヘルツ波の照射を、300秒間隔でオン、オフして測定した結果(図3)、約30 nWの微弱なテラヘルツ波パワーを測定できることが分かった。従来の測定法では、1 μWまでしか測定できなかったが、今回開発したセンサーはその30倍以上の感度を実現しており、これは常温での測定としては現在世界最高レベルである。

開発したセンサーによるテラヘルツ波パワーの測定結果の図
図3 開発したセンサーによるテラヘルツ波パワーの測定結果

今後の予定

 今後は、測定時間の短縮や測定できる周波数領域を1 THzから拡張するよう改良するとともに、測定精度の向上などさらなる高度化を進める。さらに、テラヘルツ波による材料分析などへの応用技術や、テラヘルツ分光装置の精度評価技術などを研究する予定である。



用語の説明

◆テラヘルツ波パワー
テラヘルツ波は周波数がおおむね100ギガヘルツ(GHz)から10テラヘルツ(THz)の電磁波を指す。近年の技術革新により発生や検出が可能となったためその応用研究が進められており、超高速無線通信、空港におけるセキュリティー検査、医薬品や工業材料の成分分析、文化財保護などの分野での利用が期待されている。このテラヘルツ波の強さを表す指標がテラヘルツ波パワーであり、単位はワット(W)である。[参照元へ戻る]
◆熱電変換素子
2種類の金属や半導体などを用いて熱を電力に変換する素子。素子の両端に温度差を与えると起電力が発生する現象を利用して、テラヘルツ波の吸収による熱を検出するセンサーとして利用することができる。[参照元へ戻る]
◆定量的測定
対象とする測定量を、数値を用いて正確に定めること。[参照元へ戻る]
◆国家標準
計測器の校正に用いる計量標準であって、我が国の最高精度のものをいう。物理計測標準研究部門 高周波標準研究グループでは、主に100キロヘルツ(kHz)から100 GHzの高周波電力、高周波減衰量の国家標準を開発し確立した。[参照元へ戻る]
◆真空断熱材
真空層を用いて、空気による熱伝導や対流の影響を小さくするための部材。今回開発したセンサーでは、金属でコーティングしたフィルムでグラスウールを密封し、内部を真空状態にした断熱材を用いた。[参照元へ戻る]



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