大阪大学大学院基礎工学研究科の真島和志教授、劒隼人准教授、百合野大雅特任助教および産業技術総合研究所触媒化学融合研究センターの佐藤一彦研究センター長、田中真司研究員、ナノ材料研究部門の清水禎樹主任研究員の共同研究グループは、安価で入手容易なニッケルを用いて直径が最大15 nm(nmは10-9 m)の非晶質ナノ粒子を世界で初めて合成し、このニッケルナノ粒子を用いることで触媒的な炭素-炭素結合形成反応を達成しました。
一般的に、安価で毒性の低い卑金属(ニッケルや鉄など)のナノ粒子は触媒活性が低く、有機合成反応への応用が難しいことが問題となっていました。今回の研究成果は、ニッケルナノ粒子でこれまで知られていた触媒活性の限界を打ち破り、炭素ー炭素結合形成反応に対して、パラジウムや白金などの貴金属ナノ粒子より高活性な触媒として利用可能であることを明らかにしたものです(図1)。
本研究によって、導電性高分子や医薬品などの部分骨格も安価に合成でき、身近な製品の大幅なコストダウンなど、実用的な展開が期待されます。また、本研究の合成手法を用いることで鉄、銅、コバルトなど、ニッケル以外の金属粒子も容易に形成できることから、金属ナノ粒子の代表的な応用法であるナノマシンや量子ドットといった次世代のマテリアルを実現する大きなきっかけとなることが期待されます。
なお、本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌のAngewandte Chemie, International Editionに近く掲載されます(速報版としてジャーナルHPに掲載(9月30日(水)(日本時間)されました)。
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図1:炭素―炭素結合形成反応における非晶質ニッケルナノ粒子の触媒としての利用と、その触媒活性の比較。
パラジウムや白金より高活性なことがわかる。 |
医薬品、プラスチック、有機ELといった身近に存在する有機化合物のほとんどに含まれる炭素ー炭素結合を自在に作り上げることが、有機合成化学における最も重要な目標です。特に、ベンゼンなどに代表される芳香族化合物を含んだ炭素ー炭素結合の構築は古くから挑戦的な課題として知られており、現在でもなお、世界中の研究グループがしのぎを削って新たな反応の開発に取り組んでいます。例えば、2010年にノーベル化学賞の対象となった鈴木―宮浦カップリング、根岸カップリングはその代表格です。
金属原子数百~数千個で形成される、直径数nmの微粒子(金属ナノ粒子)は、金属の塊と比較して表面に露出した金属原子の割合が高く、バルクの状態では見られないさまざまな化学・物理特性を示すことが知られています。
近年、これら金属ナノ粒子を次世代の有機合成触媒として利用する研究が注目を集めています。特にパラジウムなど貴金属のナノ粒子は、上記のような炭素ー炭素結合形成反応の触媒として非常に有用であることが明らかになってきています。
これら貴金属は産出量が少なく高価なため、実用化においてはそのコストが大きな問題になります。そのため近年、このような貴金属を、鉄やニッケルなど、産出量が多くより安価な卑金属で代替する研究が「元素戦略」という観点から強く推し進められています。ナノ粒子触媒の分野においても、より実用的な応用を目指し、卑金属ナノ粒子でさまざまな炭素ー炭素結合形成反応を実現することが強く望まれています。しかし、卑金属ナノ粒子触媒の合成には特殊な保護剤が必要となるなど、製造コストの観点から実用的であるとは言い難く、また、従来の方法で合成された卑金属ナノ粒子では極めて触媒活性が低いため、目的とする炭素ー炭素結合形成反応がほとんど進行しない、という問題点がありました。
既に真島教授らの研究グループがその高い還元能力を明らかにしている有機ケイ素化合物1を、ニッケルアセチルアセトナートに対して作用させたところ、高分解能の透過型電子顕微鏡を用いた測定により、最大で直径15 nmのニッケルナノ粒子が形成されたことを確認しました。また、電子線回折を試みたところ、得られたニッケルナノ粒子が非晶質であることも同時に明らかとなりました(参考図2)。これまでに報告されている合成法では、高い結晶性を有するニッケルナノ粒子が形成されることが知られており、結晶性という観点からナノ粒子の性質が大きく異なります。
代表的な炭素ー炭素結合形成反応の一つである、触媒的ビアリール合成反応をモデル反応として、本研究で合成された非晶質ニッケルナノ粒子と、従来法により別途合成した、結晶性ニッケルナノ粒子の触媒活性を比較したところ、非晶質ナノ粒子の場合のみ、極めて高い触媒活性を示すことが明らかとなりました(参考図3)。どのように触媒反応が進行しているかを確認するため、さらに詳しい検討を進めたところ、非晶質ニッケルナノ粒子には活性の高いニッケル原子の放出と貯蔵を自由自在に繰り返すタンクのような役割があることがわかりました(参考図4)。つまり、ナノ粒子からニッケル原子が放出され、炭素―炭素結合形成反応を触媒した後、不活性となったニッケル原子を有機ケイ素還元剤が活性化し、再びナノ粒子に回収されるということが明らかとなりました(参考図4、5)。一方で、高い結晶性を有するニッケルナノ粒子では、このニッケル原子の放出が極めて起こりにくく、触媒として有効に作用しません。また、本手法で合成したニッケルナノ粒子は、同手法で合成したパラジウムや白金などの貴金属ナノ粒子をはるかに凌駕する触媒活性を示しました。
非晶質ニッケルナノ粒子を用いた触媒反応は、ビアリール合成反応のみならず、ジアリールメタノール誘導体合成反応にも応用可能であり、今後さらに幅広い反応への応用が期待されます(参考図6)。
本研究で開発した非晶質ニッケルナノ粒子は、安価で入手容易であるにもかかわらず、炭素ー炭素結合形成反応において貴金属ナノ粒子より高い触媒活性を示します。これにより、ナノ粒子触媒の実用化において大きな問題となる製造コストを劇的に改善できると言えます。また、共存する反応剤として有機ケイ素還元剤を用いているため、重金属などの環境負荷の大きな廃棄物を伴わない、クリーンな反応を実現しています。今回の研究で合成したビアリールやジアリールメタノールは、導電性高分子や医薬品の部分骨格であり、生活の中の身近な製品への展開も望まれます。
また、同研究グループでは、同手法を用いることでニッケル以外の金属粒子も容易に形成できることを報告しています。これにより、さらなる有機合成触媒への展開、また、金属ナノ粒子の代表的な応用法であるナノマシンや量子ドットといった次世代のマテリアルを実現する大きなきっかけとなることが期待されます。
本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌Angewandte Chemie, International Editionに近く掲載されます。また、速報版として以下のとおり掲載されました(9月30日(水)(日本時間))。
“Salt-free Reduction of Nonprecious Transition Metal Compounds: Generation of Amorphous Ni Nanoparticles for Catalytic C—C Bond Formation”, Taiga Yurino, Yohei Ueda, Yoshiki Shimizu, Shinji Tanaka, Haruka Nishiyama, Hayato Tsurugi, Kazuhiko Sato, Kazushi Mashima
Angewandte Chemie, International Edition DOI: 10.1002/anie.201507902
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」研究領域(入江正浩研究総括)における研究課題「多核金属クラスター分子の構造制御によるナノ触媒の創製」(研究代表者:真島和志)、ならびに、日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。