国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 松原 浩司】有機系薄膜チーム 宮寺 哲彦 研究員、近松 真之 研究チーム長らは、公益財団法人 高輝度光科学研究センター【理事長 土肥 義治】(以下「JASRI」という)産業利用推進室 小金澤 智之 研究員と共同で、有機鉛ペロブスカイト太陽電池の作製過程を、大型放射光施設SPring-8を利用したX線回折により解析し、発電層ができる過程を明らかにした。
有機鉛ペロブスカイト太陽電池は、高効率で低コストの太陽電池として期待され、研究開発競争が加速している。しかし、高効率のものを再現性良く作製することが難しいなど、作製プロセスに多くの課題がある。今回、X線回折法を用いて、製造過程で発電層が形成されていく様子を毎秒10コマの撮影速度でリアルタイム観察し、異常拡散などの現象を初めて見出した。発電層形成過程について今回得られた知見をもとに発電層の構造解析と素子作製プロセスの開発を相補的に行うことにより、研究開発のさらなる加速が期待される。なお、この研究の詳細は、2015年8月3日22:00(日本時間)に米国の学術誌Nano Lettersのオンライン版に掲載される。
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有機鉛ペロブスカイト太陽電池作製過程のリアルタイム観察 |
有機鉛ペロブスカイト太陽電池は2013年に15 %を超える変換効率が報告されて以来、研究開発が活発に行われており、現在では20 %を超える効率が報告されている。高効率で低コストの太陽電池として期待されている一方、高い効率の太陽電池を再現性良く作製することが困難な点が問題となっている。
再現性良く高い効率を実現させるためには、製造時の発電層形成メカニズムを明らかにすることが重要と考えられるが、これまでの研究では十分な速さでのリアルタイム観察は行われておらず、発電層形成過程の理解が十分ではなかった。
産総研では高効率で低コストの太陽電池を目指した研究開発を行っており、有機鉛ペロブスカイト太陽電池に関して、発電層形成メカニズムに関する基礎研究から素子開発に至るまで一貫して取り組んできた。特に今回、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL46XUにおいて、放射光X線を用いてX線回折像を毎秒10コマ取得するリアルタイム観察を行い、発電層形成メカニズムの解明に取り組んだ。
なお、本研究の一部は、国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「ヘテロエピタキシーを基盤とした高効率単結晶有機太陽電池(平成23年10月~平成27年3月)」による支援を受けて行った。
有機鉛ペロブスカイト太陽電池の発電層を構成するペロブスカイト結晶は、ヨウ化鉛(PbI2)などのハロゲン化鉛とヨウ化メチルアミン(CH3NH3I)などのハロゲン化有機アミンを混合して形成される。図1に各材料の分子構造と、結晶構造を模式的に示す。
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図1 各材料の結晶構造や分子構造の模式図 |
今回、大型放射光施設SPring-8の放射光X線ビームライン上にPbI2薄膜を設置し、そこへCH3NH3I溶液を滴下してペロブスカイト結晶が形成されていく過程をX線回折法により観察した。X線2次元検出器を用いて、毎秒10コマで、試料から散乱された回折X線のデータを取得し、結晶形成のダイナミクスを解析した。
図2に、原料のPbI2が時間と共に減少し、ペロブスカイト結晶が形成される様子をとらえた測定結果を示す。この反応の進行速度の解析により、通常の拡散現象ではない異常拡散過程によって反応が進行することが分かった。これは、PbI2を媒質として、CH3NH3Iが拡散していく際に、媒質の不均質性を反映して樹状に枝分かれしながら拡散していると考えられる。
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図2 X線回折強度の時間変化(a)とPbI2媒質中をCH3NH3Iが拡散する過程の模式図(b)
媒質の不均質な媒質を反映した異常拡散現象が生じていると考えられる。 |
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図3 回折X線の散乱方向(結晶の向きを反映)の時間変化
反応開始初期には特定の2方向に配向し、その後ランダムな配向に移行する。 |
さらにX線回折像の角度の解析を行った(図3)。反応初期には、特定の2方向に配向した結晶が形成されていくが、時間とともにランダムな配向に移行していった。このことから、ペロブスカイト結晶の形成過程では、結晶が流動的に変化していると考えられる。
これまでもX線回折を用いてペロブスカイト結晶の形成過程を観察した研究例は報告されているが、今回、毎秒10コマの速い撮影速度で測定し、反応速度や結晶の配向を詳細に解析したことにより、異常拡散や結晶の流動的な配向変化などの特異な現象を世界で初めて見出すことができた。結晶形成過程に見られるこれらの挙動により、ペロブスカイト薄膜形成の再現性が悪くなっていると考えられる。再現性良く高効率の太陽電池を作製するには、これらの特異な現象をいかに制御していくかが重要となる。
今後は今回の知見を素子作製の研究にフィードバックし、高効率の太陽電池を再現性良く作製するためのプロセス開発を行う。放射光によるX線回折法がペロブスカイト結晶の形成過程の解析に有効とわかったので構造解析と素子開発の研究を相補的に行い、研究開発を加速させる。2020年までに有機鉛ペロブスカイト太陽電池を実用化することを目指す。