コンピューターメモリーの高密度化は、これまでメモリーをより狭い領域に作り込む微細加工技術の進展に支えられてきましたが、その延長による高密度化はほぼ限界を迎えています。そこで原子レベルでメモリーとして機能する物質を開発することへの期待が高まっています。その有力な候補物質として磁性体であり強誘電体でもあるビスマスフェライトという物質が注目されてきました。
東京大学物性研究所の徳永将史 准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所、福岡大学、上智大学、青山学院大学と協力して、瞬間的に大きな磁場を発生できるパルスマグネットを用いた精密な実験の結果、ビスマスフェライトでこれまで知られていなかった新たな方向の電気分極を発見し、その電気分極が磁場によって制御できることを示しました。この電気分極は一度磁場を加えると元と異なる状態に変化し、磁場を除いた後でも変化後の状態を保持し続けます。電気分極の向きで情報を記録するメモリーとしての使用を考えると、今回観測された効果は特定の状態を保持するのにエネルギーを必要としない不揮発性メモリー効果であり、その効果は室温でも観測されています。
この成果から期待される、電場による磁気状態の制御を使うと、消費電力が少なく、磁石を近づけても情報が乱されない磁気メモリー材料に応用できると期待できます。
磁性と強誘電性が共存するマルチフェロイック物質は、将来の省電力メモリーデバイスの候補として盛んに研究されてきました。しかしこれまでに見つかったマルチフェロイック物質のほとんどは、マイナス200 ℃以下の温度でしかその特性を示さず、それが実用化に向けた大きな障壁となっていました。その中で唯一、室温でマルチフェロイック特性を示す物質がビスマスフェライトです。この物質が室温でマルチフェロイック状態にあることは広く知られていましたが、実用上は磁性と誘電性の片方を変化させたときにもう片方も変化するという性質が重要です。今回、この磁性と電気分極との結合について、これまで認識されていなかった新たな現象が発見されました。
東京大学物性研究所の徳永将史 准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所で最近作製に成功したビスマスフェライトの良質な単結晶試料に対し、東京大学物性研究所の国際超強磁場科学研究施設で強磁場下における磁気的および電気的応答を精密に調べました。この精密測定に必要な試料の整形は上智大学の装置を用いて行いました。その結果、これまで知られていた結晶のc軸と平行な電気分極の他に、これと垂直な電気分極が存在すること、そしてこの新たな電気分極成分が磁場によって制御可能であることがわかりました。
ビスマスフェライトでは図1に示すように、結晶中のある方向(Q)に向かって磁気モーメントの向きが連続的に変化するらせん磁気秩序を起こしています。今回の研究では、このQを図1の中でX方向に向けた時、Y方向(正負は不明)に電気分極が生じることを示しました。福岡大学と青山学院大学の理論グループは、このQと垂直方向に生じる電気分極の微視的な説明に成功しており、今後の関連物質の物質設計にも新しい指針となることが期待されます。
ビスマスフェライトでは安定な三つの磁気構造があります(図2左)。磁場を加えると、磁場と垂直方向を向いたQをもつ状態が安定になるため、この三つの状態のうち一つを選択的に実現できます(図2右)。それにともなって磁気秩序に付随する電気分極も120度ずつ回転した三つの状態のうち、一つを選択することができます。一度磁場を加えて状態を変えると、磁場を取り除いた後でも変化後の状態が続くため(図3)、不揮発性メモリーとしての性質を備えています。
今回発見した新しい電気分極を使ったメモリー効果は、将来の磁気メモリー(かつ強誘電メモリー)としての使用が期待できます。実用的なメモリー材料として考えた時、この物質の利点として以下の三つの特徴が挙げられます。
① 動作環境
ビスマスフェライトのマルチフェロイック状態は300 ℃以上まで続くことが知られており、今回のメモリー効果は少なくとも室温(27 ℃)までは観測されています(図3挿入図)。またこれまでの磁気メモリーでは磁石を近づけると情報が消えてしまうという問題がありましたが、ビスマスフェライトの電気分極は、最強の永久磁石による磁場(1テスラ)程度ではほとんど変化しておらず(図3)、日常生活における磁場範囲では安定です。
② 3値のメモリー
この物質で安定ならせん磁気秩序の方向、それに付随した電気分極の方向は三つあります。この三つの状態を使うと、これまでの0と1の2値メモリーではなく、3値のメモリーになります。N個のビットで現せる状態が、これまでの2N個から3N個に増えるため、より高密度の情報記録にも応用できる可能性があります。
③ 作製の容易性
物質自身がメモリーとしての機能を保有しているため特殊な構造を作る必要がなく、高密度記録に必要な微細化が容易です。また比較的単純な構造を持ち、かつ使用元素の種類が少ない点も、将来の量産化に向けたメリットとなります。
今回の研究では、磁場による電気分極の制御を示しましたが、省電力メモリーとしての実用化には電場による状態の制御が必要です。その実証は今後の課題ですが、これまでのビスマスフェライトに対する報告を今回の成果に照らして考えると、電場による制御は十分可能であると予想されます。今後、実際のメモリーとしての動作に必要な電場による磁気秩序、電気分極の制御とその直接観測を目指して研究を発展させる予定です。
この研究成果は科学研究費補助金(補助金番号23340096, 25287088, 25610087, 25800189)および公益財団法人三菱財団の助成により得られたものです。