独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】ナノケミカルプロセス研究グループ 依田 智 研究グループ長は、株式会社 イノアックコーポレーション【代表取締役 井上 聰一】(以下「INOAC」という)と共同で、真空断熱材に近い性能で、加工や曲面への対応が可能なポリプロピレンとシリカエアロゲルからなる複合断熱材を開発した。
この複合断熱材は産総研のシリカエアロゲル製造技術とINOACのポリプロピレン発泡体製造技術との連携により開発したもので、従来のシリカエアロゲル系断熱材で指摘されていた、表面が崩れて崩落する“粉落ち”などの問題が少なく、真空断熱材では難しい曲面への対応や加工性に優れた高性能断熱材である。狭くて複雑な形状を持つ空間を断熱でき、耐振性にも優れるため、自動車や航空機、熱機器などの断熱への利用が期待される。また、低熱伝導率の断熱材の基準試料としての展開も期待される。
なお、この技術は、2014年10月28~11月1日に幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催される国際プラスチックフェア(IPF Japan 2014)で展示される。
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(左)ヒーターで110 ℃に加熱しても、ポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材(2 mm厚)上のロウソクは溶けない。(右)同じ厚さのポリプロピレン発泡体上のロウソクは溶けた。 |
熱エネルギーの有効利用のため、各種用途の断熱材の高性能化が求められている。高性能な断熱材としては真空断熱材が良く知られているが、自在な加工は困難であり、性能の持続性や曲面への対応にも問題がある。一方、極めて低密度なシリカゲルであるシリカエアロゲルを、不織布やポリマーなどと複合化した材料が実用化されており、真空の維持が不要で加工性に優れることから、最近利用が始まっている。しかし、これらの断熱材では、シリカが崩れて崩落する“粉落ち”の問題が指摘されており、普及の妨げとなっていた。柔軟で高性能な断熱材は、自動車のボディやエンジン周辺など、曲面や狭い空間に適用が可能であり、従来の材料では困難であった部品や機構を断熱化することで、省エネルギーの推進に貢献することが期待できる。
産総研では、断熱材としての利用を目的に、高圧CO2を用いたシリカエアロゲルの製造プロセスやシリカエアロゲルとポリマーの複合断熱材の開発に取り組んできた。一方、INOACは、ウレタン、ゴム、プラスチックなどポリマー製品の研究開発に取り組んでおり、高圧CO2による発泡ポリマーの開発などで高い技術力を保持している。これらの開発の過程で、両者の間に、高圧CO2の利用技術における接点ができ、それを元に連携体制を構築し、今回の共同研究開発に至った。
今回の複合断熱材には、INOACが開発した、両面にスキン層を持つ、高圧CO2によるポリプロピレン発泡体シートを利用している。このポリプロピレン発泡体の内部に、ゾルゲル法によって低密度のシリカ湿潤ゲルを作製した後、CO2による超臨界乾燥を行ってシリカエアロゲルを形成させた。乾燥条件を選択して、ポリプロピレン発泡体には影響を及ぼさず、ゲル内部の溶媒だけを除去することで、ポリプロピレン発泡体の内部にシリカエアロゲルを充填した複合断熱材が作製できた。図1に作成した複合断熱材の概要図を示す。ポリプロピレンは化学的安定性に優れ、また汎用のポリマーとしては耐熱性が高いため、幅広い用途での利用が期待できる。
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図1 ポリプロピレン発泡体、シリカエアロゲルおよびポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材の概要図 |
ポリプロピレン発泡体は柔軟性が高いことや、シリカエアロゲルが圧縮により変形可能であることから、今回開発した複合断熱材は曲面に対応する形状にできる。また、これまでのシリカエアロゲルでは、切り口が崩れるために刃物での加工は困難であったが、今回の複合断熱材では刃物による加工も容易である。
複合断熱材の揉み試験による粉落ちの比較を行ったところ、スキン層のないポリマー多孔体とシリカエアロゲルの複合断熱材では、シリカ崩落により9.7~27 %の重量減少が見られたのに対し、今回の複合断熱材では2.1 %であり、粉落ちが大幅に減少することがわかった。
今回の複合断熱材の熱伝導率は0.016 W/mKで、グラスウール(0.04~0.05 W/mK)や発泡ポリスチレン (0.03~0.04 W/mK) などの一般的な断熱材より優れ、真空断熱材(0.01 W/mK)に近い熱伝導率を示した。また、吸湿による劣化が少なく、断熱性能や形状の長期安定性にも優れている。
今後は低コストの製造プロセスを開発するとともに、高性能断熱材の普及展開を図るため、各種用途へのサンプル出荷に向けた体制作りを行う。また、今回開発した複合断熱材は断熱性能の安定性、ハンドリング性の良さから、断熱材の評価用の基準的な試料にできる可能性があり、基準試料用途への展開も検討する。