発表・掲載日:2014/10/27

真空断熱材に近い断熱性能を持ち切断や曲げが容易な複合断熱材

-ポリプロピレン発泡体とシリカエアロゲルの複合化により実現-

ポイント

  • ポリプロピレン発泡体とシリカエアロゲルを複合化した高性能断熱材を開発
  • 真空断熱材に近い断熱性能を持ち、曲げ、切断などの加工が可能で、シリカの粉落ちが少ない
  • 自動車、航空機、熱機器などの熱の有効利用や断熱材の基準試料としての貢献に期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】ナノケミカルプロセス研究グループ 依田 智 研究グループ長は、株式会社 イノアックコーポレーション【代表取締役 井上 聰一】(以下「INOAC」という)と共同で、真空断熱材に近い性能で、加工や曲面への対応が可能なポリプロピレンシリカエアロゲルからなる複合断熱材を開発した。

 この複合断熱材は産総研のシリカエアロゲル製造技術とINOACのポリプロピレン発泡体製造技術との連携により開発したもので、従来のシリカエアロゲル系断熱材で指摘されていた、表面が崩れて崩落する“粉落ち”などの問題が少なく、真空断熱材では難しい曲面への対応や加工性に優れた高性能断熱材である。狭くて複雑な形状を持つ空間を断熱でき、耐振性にも優れるため、自動車や航空機、熱機器などの断熱への利用が期待される。また、低熱伝導率の断熱材の基準試料としての展開も期待される。

 なお、この技術は、2014年10月28~11月1日に幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催される国際プラスチックフェア(IPF Japan 2014)で展示される。

(左)ヒーターで110 ℃に加熱しても、ポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材(2 mm厚)上のロウソクは溶けない。(右)同じ厚さのポリプロピレン発泡体上のロウソクは溶けた写真
(左)ヒーターで110 ℃に加熱しても、ポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材(2 mm厚)上のロウソクは溶けない。(右)同じ厚さのポリプロピレン発泡体上のロウソクは溶けた。


開発の社会的背景

 熱エネルギーの有効利用のため、各種用途の断熱材の高性能化が求められている。高性能な断熱材としては真空断熱材が良く知られているが、自在な加工は困難であり、性能の持続性や曲面への対応にも問題がある。一方、極めて低密度なシリカゲルであるシリカエアロゲルを、不織布やポリマーなどと複合化した材料が実用化されており、真空の維持が不要で加工性に優れることから、最近利用が始まっている。しかし、これらの断熱材では、シリカが崩れて崩落する“粉落ち”の問題が指摘されており、普及の妨げとなっていた。柔軟で高性能な断熱材は、自動車のボディやエンジン周辺など、曲面や狭い空間に適用が可能であり、従来の材料では困難であった部品や機構を断熱化することで、省エネルギーの推進に貢献することが期待できる。

研究の経緯

 産総研では、断熱材としての利用を目的に、高圧CO2を用いたシリカエアロゲルの製造プロセスやシリカエアロゲルとポリマーの複合断熱材の開発に取り組んできた。一方、INOACは、ウレタン、ゴム、プラスチックなどポリマー製品の研究開発に取り組んでおり、高圧CO2による発泡ポリマーの開発などで高い技術力を保持している。これらの開発の過程で、両者の間に、高圧CO2の利用技術における接点ができ、それを元に連携体制を構築し、今回の共同研究開発に至った。

研究の内容

 今回の複合断熱材には、INOACが開発した、両面にスキン層を持つ、高圧CO2によるポリプロピレン発泡体シートを利用している。このポリプロピレン発泡体の内部に、ゾルゲル法によって低密度のシリカ湿潤ゲルを作製した後、CO2による超臨界乾燥を行ってシリカエアロゲルを形成させた。乾燥条件を選択して、ポリプロピレン発泡体には影響を及ぼさず、ゲル内部の溶媒だけを除去することで、ポリプロピレン発泡体の内部にシリカエアロゲルを充填した複合断熱材が作製できた。図1に作成した複合断熱材の概要図を示す。ポリプロピレンは化学的安定性に優れ、また汎用のポリマーとしては耐熱性が高いため、幅広い用途での利用が期待できる。

ポリプロピレン発泡体、シリカエアロゲルおよびポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材概要図
図1 ポリプロピレン発泡体、シリカエアロゲルおよびポリプロピレン・シリカエアロゲル複合断熱材の概要図

 ポリプロピレン発泡体は柔軟性が高いことや、シリカエアロゲルが圧縮により変形可能であることから、今回開発した複合断熱材は曲面に対応する形状にできる。また、これまでのシリカエアロゲルでは、切り口が崩れるために刃物での加工は困難であったが、今回の複合断熱材では刃物による加工も容易である。

 複合断熱材の揉み試験による粉落ちの比較を行ったところ、スキン層のないポリマー多孔体とシリカエアロゲルの複合断熱材では、シリカ崩落により9.7~27 %の重量減少が見られたのに対し、今回の複合断熱材では2.1 %であり、粉落ちが大幅に減少することがわかった。

 今回の複合断熱材の熱伝導率は0.016 W/mKで、グラスウール(0.04~0.05 W/mK)や発泡ポリスチレン (0.03~0.04 W/mK) などの一般的な断熱材より優れ、真空断熱材(0.01 W/mK)に近い熱伝導率を示した。また、吸湿による劣化が少なく、断熱性能や形状の長期安定性にも優れている。

今後の予定

 今後は低コストの製造プロセスを開発するとともに、高性能断熱材の普及展開を図るため、各種用途へのサンプル出荷に向けた体制作りを行う。また、今回開発した複合断熱材は断熱性能の安定性、ハンドリング性の良さから、断熱材の評価用の基準的な試料にできる可能性があり、基準試料用途への展開も検討する。



用語の説明

◆ポリプロピレン
ポリプロピレン説明図汎用の熱可塑性樹脂。軽量で強度が高く、吸湿性がなく、耐薬品性に優れ、耐熱性が高いという特色を持つ。生活用品や家電など、広く使用されている。[参照元へ戻る]

◆シリカエアロゲル
体積に対する空隙の割合が非常に高く(一般には90 %以上)数十 nmの多孔構造を持つシリカゲルの総称。ちなみに市販のシリカゲルは60~70 %の空隙率である。固体部分の伝導による伝熱が少ないのに加えて、内部での空気成分の分子の運動も妨げられるため、気体による伝導、対流も少ない。真空を使わない材料としては最も低い熱伝導率(0.015 W/mK)を持つが、柔軟性がない、機械的強度が小さい、製造コストが高いなどの問題がある。[参照元へ戻る]
◆スキン層
ポリマーの発泡体などで、表面に形成される薄くて緻密な被膜のことをいう。[参照元へ戻る]
◆ゾルゲル法
金属化合物などの溶液から出発し、ゾル(固体を分散した液体の状態)、ゲル(固体がネットワークを作って流動性を失った状態)を経て材料を合成する方法。従来法では高温での焼成が必要なセラミックスやガラスを比較的低温で合成する手法として知られているが、無機材料のさまざまな微細構造や形状を制御する上でも有用な手法である。[参照元へ戻る]
◆超臨界乾燥
内部に溶媒を含む湿潤状態の多孔体を、乾燥時の収縮やひび割れを避けて乾燥する方法。多孔体を乾燥すると、細孔の中に気相(空気)と液相(溶媒)の界面が生じ、この界面にかかる応力のため収縮やひび割れが起こる。超臨界乾燥では、対象を圧力容器に入れ、内部の溶媒を超臨界状態(気体、液体の区別が付かない状態)にしてから、徐々に溶媒を抜いて乾燥を行う。超臨界状態では気相と液相の界面が存在せず、応力がかからないため、収縮が極めて少ない状態で乾燥を行うことができる。電子顕微鏡の生物試料作成、微細な電子回路の洗浄時のパターン倒れ防止、遺跡から発掘した木製品の保護などで利用されている。[参照元へ戻る]
◆揉み試験
材料の柔軟性、復元性、耐久性の評価試験の一つで、両側を固定した薄片状の試料を曲げる、ねじるなどの動作を繰り返し、破断までの回数や重量の減少などを評価する。[参照元へ戻る]



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