発表・掲載日:2014/09/30

二酸化炭素からポリウレタン原料を効率的に合成

-環境に調和したポリウレタン製造プロセスが実現可能に-

ポイント

  • 二酸化炭素を用いてポリウレタンの原料を合成する新しい反応プロセス
  • 二酸化炭素とアミン、スズアルコキシド化合物との反応で芳香族ウレタンが高収率で生成
  • 猛毒のホスゲンを使わない、環境に調和したポリウレタン製造プロセスの実現に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】触媒固定化設計チーム 崔 準哲 主任研究員、安田 弘之 研究チーム長らは二酸化炭素(CO2)とアミンスズアルコキシド化合物とを反応させて、芳香族ウレタンを高収率で得る新しい反応プロセスを開発した。芳香族ウレタンは、現在医農薬品などに用いられる化学物質であるが、ポリウレタンの原料として非常に有望である。

 現在、ポリウレタンの製造には、猛毒で腐食性の強いホスゲンが原料として用いられている。また、製造過程で多量の廃棄物が副生するため、より環境に調和した製造プロセスへの転換が強く望まれている。

 産総研では、安価で豊富に存在するCO2とアミン、アルコールを原料に用いることで、理論上廃棄物が全く生成しない理想的な環境調和型ウレタン合成法の開発に取り組んできた。しかし、これまでに開発した技術では合成できるウレタンの種類が限られ、ポリウレタン原料の元になる芳香族ウレタンを合成することはできなかった。今回、CO2加圧下でアミンとスズアルコキシド化合物を反応させると、芳香族ウレタンが高収率で合成できることを見いだした。

 なお、この技術の詳細は、2014年10月16~18日に旭川グランドホテル(北海道旭川市)で開催される第44回 石油・石油化学討論会で発表される。

従来のポリウレタン製造法と今回開発した芳香族ウレタン合成法の図
従来のポリウレタン製造法と今回開発した芳香族ウレタン合成法


開発の社会的背景

 安全・安心で豊かな社会が希求される中、化学産業の分野では有害物質・廃棄物の削減、エネルギー効率の向上、循環型資源への原材料転換がより一層重要になりつつある。グリーン・サステイナブルケミストリーに基づく化学品、素材、部材の供給は、化学産業の持続的発展に直結するといえる。

 ポリウレタンは、生活・建築資材、自動車部品、塗料などに広く利用されている材料であり、世界での年間生産量は1,900万トン(2013年)に達する。しかし、現状ではポリウレタン原料の合成には、猛毒で腐食性が強く「化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律」の規制物質であるホスゲンを用いる方法が採用されている。また多量の塩素を必要とするなど、この合成方法には問題点が多いことから、これに代わる環境に調和した合成法への転換が強く求められている。

 ホスゲンを用いない合成法としては、これまでにアミンと炭酸ジメチルとの反応で得られるウレタンを熱分解する方法が知られているが、これには別途炭酸ジメチルの合成が必要であり、反応プロセスも多段階となるため、より直接的なウレタン合成法の開発が望まれている。また、ポリウレタン原料にはいくつかの種類が存在するが、ベンゼン環を含むものが全体の9割以上を占めるため、ウレタンの中でも特に芳香族ウレタンの合成が重要である。

研究の経緯

 産総研では、安価で豊富に存在するCO2を原料に、廃棄物が全く生成せず一段階でウレタンを合成する反応プロセスの開発に取り組んでおり、これまでにアセトンジメチルアセタールの存在下で、スズあるいはニッケルを含む化合物を触媒として用いると、CO2とアミン、アルコールから高収率でウレタンが得られることを明らかにしている。反応で生成するウレタンと水が再び反応して原料に戻ってしまうのを、アセトンジメチルアセタールが脱水剤として働いて防ぐため、ウレタンが効率良く得られる点、またアセトンジメチルアセタールは容易に再生でき、繰り返し利用できる点が画期的であった。しかしながら、この方法ではポリウレタン原料の元となる芳香族ウレタンは合成できなかった。

研究の内容

 今回開発したCO2を原料とする一段階でのウレタン合成法では、アルコールの代わりにスズアルコキシド化合物を用いた。これにより、触媒を使わないでCO2と芳香族アミン(アミンの一種)から高収率で芳香族ウレタンを合成できた(図1)。例えば、CO2 (圧力5 MPa、約50 気圧) 、アニリン(芳香族アミンの一種)、アニリンと同量のジブチルスズジメトキシド(スズアルコキシド化合物の一種) を、150 ℃で20分間反応させると、対応する芳香族ウレタンが41 %の収率で得られた。また、アニリンに対して5倍量のジブチルスズジメトキシドを用いた場合、収率は82 %に達した。なお、このときの副生成物の収率はわずか1 %であった。実際にポリウレタン製造に用いられている2,4-ジアミノトルエン(芳香族アミンの一種)をアニリンの代わりに用いたときの目的生成物の収率は49 %であった。

二酸化炭素と芳香族アミン、スズアルコキシド化合物からの芳香族ウレタン合成の図
図1 二酸化炭素と芳香族アミン、スズアルコキシド化合物からの芳香族ウレタン合成

 今回開発した合成法では、スズアルコキシド化合物をアミンと同量以上用いるものの、反応後にスズ残留物を回収し、水を取り除きながらアルコールと反応させるとスズアルコキシド化合物が再生する。次の反応に再使用できるため、反応プロセス全体で消費されるのはCO2と芳香族アミン、アルコールだけであり、しかも化学式上の副生成物は水だけである。また、この方法では、原料などに塩素を一切使用しないことも特長である。

 このように今回開発した合成法は、再使用可能なスズアルコキシド化合物を用いて、プロセス全体としてはCO2、芳香族アミン、アルコールから、ポリウレタン原料の元となる芳香族ウレタンを、効率的に合成できる環境調和性、経済性に優れた反応プロセスであり、ポリウレタン製造プロセスの革新につながるものと期待される。

今後の予定

 今後は、反応条件を最適化することで、反応のさらなる効率化を図る。また、さまざまなアミンやアルコールへの適用性について検証する。さらに、スズアルコキシド化合物の再生条件の最適化や、スケールアップの検討も進め、早期の実用化を目指す。



用語の説明

◆アミン
アンモニア(窒素化学肥料の元になる)に類似した性質をもつアルカリ性有機化合物である。一般に脂肪族アミンと芳香族アミンに分類される。洗剤、塗料、接着剤、医農薬品などさまざまな化学品の原料として利用される。[参照元へ戻る]
◆スズアルコキシド化合物
アルコールの分子構造の一部がスズと結合した化合物の総称。水と反応するとスズ水酸化物とアルコールに分解する。代表的な化合物に、ジブチルスズジメトキシド、ジブチルスズジブトキシドなどがある。[参照元へ戻る]
◆芳香族ウレタン
ポリウレタン原料の元になる化合物である。熱分解させることにより、ポリウレタン原料とアルコールが生成する。[参照元へ戻る]
◆収率
化学反応において、理論上得られる生成物の量(理論収量)に対し、実際に得られた量(収量)の割合。通常、(収量/理論収量)× 100 (%)で表わされる。[参照元へ戻る]
◆ポリウレタン
抗張力や耐摩耗性、耐油性に優れた高分子素材で、塗料、接着剤、ウレタンフォーム、繊維製品、靴製品、自動車部品などさまざまな製品に使われている。[参照元へ戻る]
◆ホスゲン
塩素と一酸化炭素を反応させることによって得られる。猛毒であり、第一次世界大戦ではドイツ軍が化学兵器(毒ガス・窒息剤)として使用した。アルコール、アミン、水などと反応して塩化水素を発生する。[参照元へ戻る]
◆ウレタン
理論上はアミン、CO2とアルコール類を反応させたのち脱水することにより得られる。しかしCO2の反応性が低いため、実際にはホスゲンなど反応性が高い化合物を出発原料として製造される。[参照元へ戻る]
◆グリーン・サステイナブルケミストリー
「生態系に与える影響を考慮した持続可能な化学」、より詳しくは「エネルギー・資源制約を克服して環境との調和を図り、安全・安心で持続可能な社会の構築を目指す化学」と定義づけられる。20世紀末ごろからアメリカ、ヨーロッパ、日本の三極で「地球にやさしい化学」を進める動きが活発化した際に提唱された理念である。[参照元へ戻る]
◆炭酸ジメチル
理論上はCO2とメタノールを反応させたのち脱水することによって得られる。しかしCO2の反応性が低いため、実際には一酸化炭素など反応性が高い化合物を出発原料として製造される。[参照元へ戻る]
◆ベンゼン環
ベンゼンなどの芳香族化合物に含まれる、6個の炭素原子からなる正六角形の構造。[参照元へ戻る]
◆アセトンジメチルアセタール
水と反応しメタノールとアセトンに分解する。アセトンにメタノールを反応させると、アセトンジメチルアセタールを再生できる。[参照元へ戻る]



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