独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 千葉 光一】ナノ材料計測科【研究科長 藤本 俊幸】粒子計測研究室【研究室長 桜井 博】高橋 かより 主任研究員と、計量標準管理センター計量研修センター 衣笠 晋一 センター長は、人工的に作られた合成高分子であるにもかかわらず重合度が単一で分子量のばらつきがない認証標準物質を開発した。
この標準物質の開発は、超臨界流体クロマトグラフィーを用いて、合成高分子の個々の分子を重合度ごとに分離する技術と、分離した単一重合度の高分子を効率よく採取する技術の確立により実現した。今回開発した標準物質には、高分子材料の精密な分子量測定やナノ粒子の粒子径の厳密な計測への貢献が期待される。なお、認証標準物質 ポリエチレングリコール(23量体) [NMIJ CRM 5011-a]は、2014年7月23日より委託業者を通して頒布される。
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頒布が開始されるポリエチレングリコール(23量体)認証標準物質 |
医薬品や半導体をはじめとする現代の工業製品の中には精密、微細を極めたものも多く、高度な機能性の付与やナノメートル・サイズの加工技術が求められており、合成高分子材料を利用する製造・研究開発分野では、分子レベルの制御が必要な段階に至っている。DNAなど、生物が作り出す物質は分子量が大きくても分子の長さがそろっている場合が多く、非常に精密な機能を発揮する。合成高分子でも、分子の長さを正確に制御し、分子量の分布を狭くして、よりシャープな物性を発現させることが期待されている。しかし、多くの場合、分子量のそろった人工的な高分子を合成することは、現在でも困難であり、技術革新の余地を多分に残している。
これまで合成高分子の標準物質は世界各国の標準研究所から頒布されているが、すべて分子量の分布がある状態、つまり重合度の異なる高分子の混合物であった。高分子材料の製造・研究開発分野での精密化・微細化のニーズに応え、高分子計測を高精度化するため、分子量が完全にそろった高分子からなる標準物質が求められている。
産総研ではこれまで、合成高分子の分子量が認証値として与えられている標準物質としてポリエチレングリコールやポリスチレンを原料とする約10種類の標準物質の頒布を行ってきた。他国が平均的・代表的な分子量だけを値付けている(図1の1)のに対して、産総研の標準物質では、含有するすべての重合体の分率(すなわち分子量の分布の状態)まで認証値として値付けられている(図1の2)。そのため、各種クロマトグラフィーや質量分析計など、分子量の平均値だけではなく分布の広狭まで測定できる装置の校正や妥当性評価に使用できる。
しかし、分子量に分布を持つ標準物質を使って、計測機器を精度良く校正するのは、必ずしも容易ではない。これは、計測機器によって、各分子量での検出感度が異なるため、機器の種類が違うと分子量分布が異なって計測されるためである。計測機器の計測値を標準物質に値付けされた分子量分布と比較するには、あらかじめ検出器の特性を調べておいて、分子量分布の計測値を補正する必要があるが、一般にこのような補正は非常に煩雑で、不確かさが大きい。産総研ではこの問題を解決するため、分子量をはじめとする各種物性値を、補正をせずに直接的に精密計測できる、図1の3のような分子量のばらつきがない標準物質の開発に取り組んできた。
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図1 単一な重合度を持つ高分子標準物質ができる過程の模式図 |
ポリエチレングリコールは、水溶性で、しかも経口摂取可能な数少ない合成高分子の一つとして、医薬品や生活用品など多方面で使用されている。近年はタンパク質などの改質剤やドラッグ・デリバリー・システムの基盤材料などとして、精密な分子量の制御が求められている素材であり、標準物質としてのニーズも高い。今回、単一の分子量を持つポリエチレングリコールの標準物質を開発した。
従来のような低分子物質の重合反応では、副生成物を完全に抑えられないため、単一の分子量を持つ高分子を得ることはむずかしい。今回の標準物質は、超臨界流体クロマトグラフィーを用いて多数の異なる重合度の分子が含まれる市販の試料から、ある単一の重合度の分子だけを分離する技術と、分離した単一重合度の分子を効率よく自動的に採取するシステムの開発によって実現した。なお、超臨界流体クロマトグラフィーの分取システムの開発は日本分光株式会社の協力を仰いだ。
図2に、平均分子量が約1000(重合度に換算すると約23)の市販ポリエチレングリコールを超臨界流体クロマトグラフィーによって分離した例を示す。今回は超臨界流体として、温度・圧力・流量などを正確に制御した二酸化炭素を用い、充填剤とポリエチレングリコールの相互作用を適切に調整して、重合度が異なる多数の成分が混在している試料から目的の重合度を持った高分子を分離した。図中の四角で囲まれた部分が重合度23の高分子の箇所で、ここに含まれる高分子だけを採取して、単一重合度のポリエチレングリコール(23量体)を精製した。ポリエチレングリコールの繰り返し単位の分子量は44であり、ポリスチレンの104やポリカーボネイトの254などより1重合度あたりの分子量が小さいため、重合度ごとに高分子を分離するには分離条件の最適化が重要であった。今回開発した標準物質のポリエチレングリコール23量体の質量分率は、拡張不確かさを勘案した上で0.998±0.002(kg/kg)と高純度であった。なお、今回開発した技術を用いて23量体以外のポリエチレングリコール標準物質も開発が可能である。また、ポリエチレングリコール以外の一般的な高分子にも適用できる。
今回開発した標準物質は、図1の3に示したように単一の重合度を持ち、図1の1や2のように分子量の分布がないことから、高分子のさまざまな測定の高精度化に寄与できる。例えば、高分子の分子量測定装置の校正や妥当性確認、分解能評価などを高精度に行うことができる。また、ナノ粒子計測の際の粒子径標準としても利用できる。さらに、粘度、密度、屈折率などの物性値の計測では、分子量の分布に対する補正が不要になるため、分子量依存性が詳らかでない物性値であっても換算に伴う不確かさが生じず、高精度なデータを得ることが可能となる。
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図2 超臨界流体クロマトグラフィーによるポリエチレングリコールの分離例
(nは重合度を示す) |
今回開発した標準物質は、認証標準物質「NMIJ CRM 5011-a ポリエチレングリコール(23量体)」として、2014年7月23日より頒布が開始される。