発表・掲載日:2014/07/02

微細トランジスタの不純物濃度分布を高精度に測定する手法を開発

-次世代半導体トランジスタの開発に貢献-

ポイント

  • 走査トンネル顕微鏡を用いた半導体トランジスタの測定をシミュレーション
  • 測定時に試料内部を流れてしまう電流の影響をシミュレーションで補償
  • ナノスケールでの不純物分布の高精度測定を通じ、次世代トランジスタの開発に貢献


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 安田 哲二】ナノスケール計測・プロセス技術研究グループ 多田 哲也 研究グループ長、福田 浩一 主任研究員は、微細トランジスタの不純物濃度分布を高精度で測定するための走査トンネル顕微鏡(STM;Scanning Tunneling Microscope)シミュレーション技術を開発した。

 STMは、半導体試料表面の静電ポテンシャルや半導体内のキャリア濃度を反映するトンネル電流を測定できるため、微細トランジスタのドーパント不純物濃度分布測定への活用が期待される。しかし、STMは測定に際し試料に電圧をかけるため、その電圧や、それによって試料内部を流れる電流が、試料のポテンシャル分布を変化させてしまって正確なポテンシャル分布を測定できないという問題があった。従って、正しいポテンシャル分布を得るために、その影響を取り除く必要があった。今回開発したシミュレーション技術では、STM探針と半導体試料の間に電圧をかけた時の影響、特に探針と試料の間に流れるトンネル電流が試料内部にも流れる影響を計算機シミュレーションにより取り除ける。この技術により、STMを用いてポテンシャルや不純物濃度の分布の高精度測定ができるようになった。これまで難しかったナノメーターレベルの正確な測定が可能となることから、次世代トランジスタの開発への貢献が期待される。

 なお、この技術の詳細は、近日中に、米国物理学協会の科学雑誌Journal of Applied Physicsに掲載予定である。

半導体試料のSTM測定の計算機シミュレーション図
半導体試料のSTM測定の計算機シミュレーション
探針と半導体試料を含めた計算により探針位置の不純物濃度に応じた電流が得られる。


開発の社会的背景

 近年の大規模集積回路(LSI)の発展に伴って、そこで使われるトランジスタの微細化は限界に迫ろうとしており、不純物ドーパントの高精度制御が必要とされている。それには高い空間分解能で不純物濃度分布を測定することが不可欠で、STMは非破壊で高い空間分解能で測定できる手法として注目を浴びてきた。図1に半導体試料のSTM測定の概念図を示す。半導体試料とSTM探針の間に電圧をかけると、探針直下の試料表面の静電ポテンシャルとキャリア濃度に依存してトンネル電流が流れる。STMは探針でスキャン(走査)するので、各位置の不純物濃度を反映しているトンネル電流からn型・p型の不純物濃度分布を測定できると期待された。

 しかし、STM探針と試料の間に電圧をかけるため、与えた電圧やトンネル電流が試料内に流れる影響で、探針直下の静電ポテンシャルやキャリア濃度が変化するため、実際の不純物濃度の情報は得られない。この影響を取り除くにはSTMの計算機シミュレーションが必要とされていたが、これまで原子スケールで原理的に解くSTMシミュレーションは提案されていたものの、半導体試料内を電流が広範に流れる影響を解析できる計算機シミュレーション技術はなかった。

半導体試料のSTM測定概念図
図1 半導体試料のSTM測定の概念図
トンネル電流はn型・p型など、探針直下の不純物濃度を反映しているため、左図の各点での電流電圧特性は、右図のようにその位置の不純物濃度によって異なる。

研究の経緯

 産総研ナノエレクトロニクス研究部門ナノスケール計測・プロセス技術研究グループは、微細半導体デバイスの物理解析を高精度化するために、計算機シミュレーションのTCAD技術を援用し、ナノメートルの精度で物理量を測定する手法の開発に取り組んできた。

 今回、測定値との差の原因を一つ一つ想定して、重要な因子を絞り込んでいく研究方法によりSTMの測定をできるだけ正確に再現・解析できる計算機シミュレーション技術の開発に取り組んだ。

研究の内容

 今回開発したSTMシミュレーターは、半導体試料とSTM探針の構造を半導体製造プロセスシミュレーションによって構築し、STMの測定条件を入力すると、試料と探針の間の距離の自動調整や探針の走査などのSTMの測定手順を自動的に再現し、半導体デバイスシミュレーションによって測定されるトンネル電流電圧特性を予測する。

 図2にシミュレーションの電流計算の概念図を示す。半導体デバイスシミュレーション技術を取り入れたことで、試料と探針の間に流れるトンネル電流と、半導体内部に流れる電子・正孔電流を矛盾なく計算できるようになった。

シミュレーションの電流計算概念図
図2 シミュレーションの電流計算の概念図

 図3に不純物濃度が既知の半導体試料をSTMで測定した電流電圧特性(マーカー●で表示)と今回開発したシミュレーターによる予測値(実線で表示)を示す。半導体内部の電流の影響を考慮することで、半導体試料の測定値を精度よく計算できることが初めて検証された。

STMで測定した半導体試料の電流電圧特性(点)とシミュレーション結果(実線)の図
図3 STMで測定した半導体試料の電流電圧特性(点)とシミュレーション結果(実線)
シミュレーションは測定結果を精度よく再現している(3x10-13[A]以下はSTMの測定限界)。
なお、点線は電流の広がりを無視したシミュレーション結果で、測定値と合わない。

 図4に今回開発した技術を用いて不純物分布を推定するテストを計算機上で行った結果を示す。半導体製造プロセスシミュレーションでn+p接合の不純物濃度分布(線で表示)を想定し、今回開発したシミュレーターで、そのSTM測定結果を予測した。予測したSTM測定結果から、今回のシミュレーション技術で逆に濃度分布を求めて、はじめに想定した濃度分布と比較した。想定した不純物分布とは異なる不純物分布の初期値から開始して推定した濃度分布がマーカーで示してある。推定した濃度分布ははじめに想定した不純物濃度分布と、0.01 µm(10 nm)の精度でよく一致している。このように今回開発したシミュレーターを用いれば、STMの測定で半導体試料の不純物分布を高精度に推定できる。

n+p接合の不純物分布推定テスト結果の図
図4 n+p接合の不純物分布推定テスト結果

今後の予定

 今回開発したSTMシミュレーション技術を半導体デバイスの開発者に提供し、微細デバイスの実現を加速させるとともに、STMの測定者に提供し、測定手法の向上に寄与する。さらに、つくばイノベーションアリーナ ナノテクノロジー拠点(TIA-nano)や産総研スーパークリーンルーム(SCR)産学官連携研究棟で、産業界と大学が一体となって次世代技術の研究を進めるための共用インフラとして活用する。



用語の説明

◆走査トンネル顕微鏡(STM; scanning tunneling microscope)
非常に先端の細い探針を物質の表面に近づけ、探針と試料の間に流れるトンネル電流を基に試料表面の形状や、電子状態を観測する装置。探針位置を試料表面でスキャン(走査)することで、線上や面内の情報を得る。探針の先端を数十ナノメートル程度にまで細くすることで、高空間分解能で観測できる。[参照元へ戻る]
◆静電ポテンシャル
電気的な位置エネルギーのこと。電位とも言い、MKS単位系での単位はボルト(V)。[参照元へ戻る]
◆キャリア
半導体内で電荷を持って動くことで、電流となる粒子。半導体内を自由に動き、負の電荷を持つ電子と、電子が不足した状態であるが自由に動き、正の電荷を持つ正孔がある。[参照元へ戻る]
◆トンネル電流
電子がトンネル効果によって電位による障壁を透過することで流れる電流。STMでは探針と半導体試料の間の真空ギャップをトンネル電流が流れる。[参照元へ戻る]
◆ドーパント
デバイスの動作に必要な電気特性を発現させるために導入される微量不純物元素。[参照元へ戻る]
◆大規模集積回路(LSI)
シリコンなどの半導体基板上に、微細加工技術により大量のトランジスタなどの素子を作りこんだ回路。[参照元へ戻る]
◆空間分解能
測定可能な位置の精度。[参照元へ戻る]
◆n型・p型
半導体の不純物は種類によって、自由に動ける電子を与えるn型と、電子を不足させることで正の電荷をもつ正孔を与えるp型がある。半導体のn型領域はn型不純物、p型領域はp型不純物がより多い場所を指す。[参照元へ戻る]
◆TCAD (Technology CAD)
半導体デバイスの材質形状やドーパント不純物分布を予測する半導体製造プロセスシミュレーションと、デバイスの電気的特性を予測する半導体デバイスシミュレーションからなる、半導体デバイス開発用の CAD システム。[参照元へ戻る]
◆半導体製造プロセスシミュレーション
半導体製造プロセス条件とフォトマスク情報から、デポジション・エッチング・イオン注入・酸化・熱処理などの個々の製造工程をシミュレーションし、材質・形状とドーパント不純物濃度を計算するシミュレーション。[参照元へ戻る]
◆半導体デバイスシミュレーション
半導体の材質・形状と印加電圧などの動作条件の情報をもとに、ポアソン方程式・電子電流連続の式・正孔電流連続の式などの半導体の基本方程式を解いて、半導体デバイスの電気特性を計算するシミュレーション。[参照元へ戻る]
◆n+p接合
半導体のn型不純物が特に多いn+領域と、p型不純物が多いp領域が接触した構造。2領域に電圧を与える際、n+領域に正電圧を与えると電流が流れにくく、負電圧を与えると電流が流れやすい整流特性があり、ダイオードとして用いられる。[参照元へ戻る]
◆つくばイノベーションアリーナ ナノテクノロジー拠点(TIA-nano)
TIA-nano は、世界水準の先端ナノテク研究設備・人材が集積するつくばにおいて、産総研、独立行政法人 物質・材料研究機構、国立大学法人 筑波大学および大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構が中核となり、さらに産業界が加わって、世界的なナノテクノロジー研究・教育拠点構築を目指すものであり、2009 年 6 月に発足した。
TIA-nano は、2010年 6月に閣議決定された『新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ~』においても「21 世紀の日本の復活に向けた 21 の国家戦略プロジェクト」の中の一つに位置付けられており、今後ナノテクノロジーに係る研究開発・人材育成活動を軸に、わが国だけでなく世界的なイノベーションエンジンとなることが期待されている。[参照元へ戻る]
◆スーパークリーンルーム(SCR)産学官連携研究棟
この研究棟は、3000 m2のスーパークリーンルーム(空気清浄度 クラス 3(JIS 規格))と1500 m2の研究クリーンルーム(空気清浄度クラス 5(JIS規格))を備え、研究用のクリーンルームとしては世界トップクラスを誇る。この施設では、直径 300 mmのシリコンウエハーを用いた一貫試作ラインとシリコン以外のさまざまな材料に対応できる試作設備を利用して、現在、複数の研究開発プロジェクトが実施されており、わが国最大級の産学官連携研究拠点としての活動を推進している。[参照元へ戻る]



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