発表・掲載日:2014/05/20

砂の主成分であるシリカからケイ素化学産業の基幹原料を効率的に合成

-有機ケイ素原料の省エネルギー・低コスト製造に新たな道-

ポイント

  • シリカとアルコール、有機脱水剤を用いてアルコキシシランを一段階で合成する新反応を開発
  • 二酸化炭素と金属アルコキシド触媒を共存させることで反応のさらなる高効率化を実現
  • シリカとアルコールという安価でありふれた材料を出発原料とし、省エネ、低コスト化に期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 触媒固定化設計チーム 深谷 訓久 研究チーム付、崔 準哲 主任研究員、安田 弘之 研究チーム長、佐藤 一彦 研究センター長らは、ケイ素化学産業の基幹原料の一つで、シリコーンなど、さまざまな有機ケイ素材料の原料としても有望なテトラアルコキシシランを、砂の主成分であるシリカとアルコールとの反応により、一段階で効率的に合成できる技術を開発した。

 テトラアルコキシシランは、化学式の上ではシリカとアルコールとの反応で生成し、その際に水が副生する。しかし、逆の反応であるテトラアルコキシシランと水からシリカとアルコールが生成する反応の方がはるかに進行し易いため、シリカとアルコールとの反応でテトラアルコキシシランを合成することは困難である。今回、シリカとアルコールとの反応系に、副生する水を除去するための有機脱水剤を加えると、テトラアルコキシシランが一段階で得られることがわかった。また、この反応系に二酸化炭素と、触媒として金属アルコキシドアルカリ金属水酸化物を共存させることで、反応のさらなる高効率化を実現した。この技術は、砂からの有機ケイ素原料の省エネルギー・低コスト製造に新たな道を開くものである。

 この技術の詳細は、2014年5月22~23日に東京国際フォーラム(東京都千代田区)で開催される第3回 JACI/GSCシンポジウムで発表される。

砂からの有機ケイ素原料の製造と有機ケイ素材料を含む多様な製品群の図
砂からの有機ケイ素原料の製造と有機ケイ素材料を含む多様な製品群


開発の社会的背景

 テトラアルコキシシランは、高純度合成シリカや電子デバイス用の保護膜、絶縁膜の原料などとして有用であり、幅広い産業分野で使用されているシリコーンをはじめとするさまざまな有機ケイ素材料の原料としても有望である。テトラアルコキシシランは、工業的には、天然のケイ石(シリカが主成分)を出発原料に、大量の電気エネルギーを用いて高温で炭素と反応させることで、いったん金属ケイ素に還元したのち、これを塩素と反応させて四塩化ケイ素とし、さらにアルコールと反応させる方法、もしくは金属ケイ素を直接アルコールと反応させる方法により製造されている。しかし、いずれの方法も、高温を要する金属ケイ素の製造過程を経るため、典型的なエネルギー多消費プロセスである。またこれが、金属ケイ素から製造されるテトラアルコキシシランなどさまざまなケイ素原料のコスト高の一因ともなっている。

 一方、シリカから直接テトラアルコキシシランを得る方法として、アルカリ金属水酸化物などの触媒を用いてシリカとジアルキルカーボネートとを反応させる方法が知られている。この方法は、金属ケイ素を原料としないため、エネルギー効率的に有利である。しかしながら、比較的高価な化合物であるジアルキルカーボネートを、シリカに対して少なくとも2倍量投入する必要があり、テトラアルコキシシランの工業的製法としては経済性に課題がある。

研究の経緯

 産総研では、金属ケイ素を経由しないテトラアルコキシシランの製造方法として、シリカとアルコールを直接反応させる方法に着目した。有機脱水剤、二酸化炭素、少量の触媒を共存させることにより、シリカとアルコールからテトラアルコキシシランを効率よく合成できることを見いだした。

 なお、本研究開発は、経済産業省未来開拓研究プロジェクト「産業技術研究開発(革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発プロジェクトのうち有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発)」(平成24~25年度)と独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」(平成26~33年度)(プロジェクトリーダー:佐藤 一彦)による支援を受けて行った。

研究の内容

 シリカとアルコールを反応させると、化学式の上ではテトラアルコキシシランと水が生成する(図1)。しかし、テトラアルコキシシランが生成したとしても、水と反応してシリカとアルコールに戻ってしまうので、実際にはこの反応でテトラアルコキシシランを収率良く得ることは困難である。しかし、生成する水を反応系から逐次取り除いてやれば、シリカとアルコールに戻る反応が抑えられ、テトラアルコキシシランが高収率で得られる可能性がある(図1)。

シリカとアルコールを反応させたときの化学式と今回開発した合成技術の図
図1 シリカとアルコールを反応させたときの化学式と今回開発した合成技術

 今回、シリカ(純度:99.7 %以上、粒子径:75-150 µm)とメタノールとの反応に、脱水剤としてアセトンジメチルアセタールという有機物を加えると、反応温度242 ℃、反応時間24時間で、テトラメトキシシランが18 %の収率(シリカ基準)で得られることがわかった(図2)。また、反応系に二酸化炭素を共存させ、さらに触媒として金属アルコキシドとアルカリ金属水酸化物を少量添加すると、反応が高効率化した。例えば、シリカ、メタノール、アセトンジメチルアセタールの反応を、二酸化炭素加圧下(2 MPa)、少量のテトラメトキシチタン水酸化カリウムを加えて行うと、反応時間24時間で収率が48 %に向上した。さらに反応時間を96時間に延ばすと収率は88 %に達した。これは、メタノールが二酸化炭素と反応して活性化し、これがシリカとより効率的に反応するためと考えられる。また金属アルコキシドはメタノールと二酸化炭素との反応を促進すると考えられる。一方、アルカリ金属水酸化物は、シリカの分解すなわちケイ素-酸素結合の切断を促進する働きがある。

 アセトンジメチルアセタールは水と反応するとアセトンとメタノールに変化する。しかし、アセトンジメチルアセタールはアセトンから容易に再生可能であり、再び脱水剤として使用することができる。また二酸化炭素は反応促進剤として機能しているだけであり、反応で消費されないため、再利用できる。したがって、この反応プロセス全体での副生成物は水のみである。さらに今回開発した方法では、塩素化合物を使用しないため、従来の四塩化ケイ素を原料とする製造方法に比べて、製品に塩素が混入する恐れがないことも特長である。

シリカとメタノールの反応に有機脱水剤などを添加した場合の収率の比較図
図2 シリカとメタノールの反応に有機脱水剤などを添加した場合の収率の比較

 今回開発した技術によりシリカとアルコールという安価でありふれた原料から、ケイ素化学産業の基幹原料であるテトラアルコキシシランを高効率で合成できるようになった。金属ケイ素を経由しないプロセスなので、有機ケイ素原料の省エネルギー・低コスト製造に繋がり、今後の有機ケイ素材料の利用拡大が期待される。

今後の予定

 今後は、有機脱水剤や触媒の構造を改良することで、反応のさらなる効率化を図る。また、多様なケイ素源やアルコール種への適用性について検証する。さらに、有機脱水剤の再生や触媒のリサイクルについての検討も行い、テトラアルコキシシランの現行製造法に対するコスト優位性を評価するとともに、スケールアップの検討も進めることで、数年後の実用化を目指す。



用語の説明

◆シリコーン
シロキサン結合(-Si-O-Si-)を主骨格とし、ケイ素原子にさらにアルキル基、アリール基などの有機基が結合した高分子化合物の総称。重合度、有機基、高次構造などにより、オイル、グリース、ゴム、樹脂などの形態をとる。耐熱性が高く、撥水性、電気絶縁性、耐薬品性に優れるため、電気・電子、自動車、化粧品・トイレタリー、建築・土木などさまざまな産業分野で使用されている。[参照元へ戻る]
◆テトラアルコキシシラン
ケイ素原子にアルコキシ基が四つ結合した構造のケイ素化合物の総称。四塩化ケイ素または金属ケイ素とアルコールとの反応で得られる。加水分解してシリカとアルコールが生成する。テトラメトキシシランやテトラエトキシシランは、高純度合成シリカや電子デバイス用の保護膜、絶縁膜の原料などとして使用される。[参照元へ戻る]
◆シリカ
二酸化ケイ素の通称。石英、クリストバライトなどの結晶性シリカとシリカゲル、ケイソウ土などの非晶質シリカに大別される。いずれもSiO4の四面体が酸素原子を共有して三次元的に連なった構造を有する。シリカゲルは化学的・物理的安定性に優れ、表面積などの細孔特性を広範囲に制御できることから、乾燥剤、吸着剤、触媒担体、医薬品・食品添加など幅広い用途に使用されている。[参照元へ戻る]
◆触媒
化学反応において、少量存在することで、反応速度を速めたり、特定の反応を選択的に進行させたりする物質のこと。触媒自体は化学反応の前後で変化しない。[参照元へ戻る]
◆金属アルコキシド
金属原子にアルコキシ基が結合した構造の金属化合物の総称。[参照元へ戻る]
◆アルカリ金属水酸化物
リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムなどのアルカリ金属の水酸化物。水に溶けて強い塩基性を示す。[参照元へ戻る]
◆有機ケイ素原料
分子内にケイ素-炭素結合を有し、シリコーンなどの有機ケイ素材料の原料となるケイ素化合物の総称。最も代表的な有機ケイ素原料であるジメチルジクロロシランは、金属ケイ素とクロロメタンの反応で得られ、これを加水分解することでジメチルシリコーンが製造されている。[参照元へ戻る]
◆ケイ石
シリカを主成分とする鉱物や岩石の総称。鉱物としての石英、堆積岩の一種のチャート、変性岩である珪岩などが含まれる。高純度のケイ石を、カーボン電極を使用したアーク炉で溶融還元すると金属ケイ素が得られる。ガラスやセメントの原料としても用いられる。石英の粒からなる砂はケイ砂と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆金属ケイ素
単体のケイ素。カーボン電極を使用したアーク炉で、天然の高純度ケイ石(シリカが主成分)を溶融還元して得られる。ケイ素化学産業では、シリコーン、半導体シリコン、合成石英などの原料として使用される。[参照元へ戻る]
◆四塩化ケイ素
ケイ素原子に塩素原子が四つ結合した構造のケイ素化合物。加熱した金属ケイ素に塩素または塩酸を反応させ、蒸留精製して製造される。シリコン単結晶、光ファイバー、合成石英、テトラアルコキシシランなどの原料として使用される。[参照元へ戻る]
◆ジアルキルカーボネート
炭酸の二つの水素原子をアルキル基で置換した構造の有機化合物。炭酸エステルともいう。アルキル基がメチル基のものはジメチルカーボネート(炭酸ジメチル)であり、ポリカーボネートの原料やリチウムイオン二次電池の電解液として使用される。[参照元へ戻る]
◆収率
化学反応において、理論上得られる生成物の量(理論収量)に対して、実際に得られた量(収量)の割合。通常、(収量/理論収量)×100(%)で表わされる。[参照元へ戻る]
◆メタノール
最も炭素数の少ないアルコール。メチルアルコールともいう。化学品の合成原料や溶剤などとして使用される。[参照元へ戻る]
◆アセトンジメチルアセタール
2,2-ジメトキシプロパンともいう。水と反応して2分子のメタノールとアセトンが生成する。アセトンにメタノールを反応させると再生する。[参照元へ戻る]
◆テトラメトキシシラン
ケイ素原子にメトキシ基が四つ結合した構造のケイ素化合物。オルトケイ酸テトラメチルともいう。加水分解してシリカとメタノールが生成する。テトラエトキシシランとともに、高純度合成シリカや電子デバイス用の保護膜、絶縁膜の原料などとして使用される。[参照元へ戻る]
◆テトラメトキシチタン
チタン原子にメトキシ基が四つ結合した構造のチタン化合物。[参照元へ戻る]
◆水酸化カリウム
カリウムの水酸化物。水に溶けて強い塩基性を示す。[参照元へ戻る]
◆活性化
安定な分子や物質に外部からエネルギーを与えて、その反応性を高めること。[参照元へ戻る]
◆アセトン
最も炭素数の少ないケトン。溶剤などとして広く使用される。アセトンジメチルアセタールが水と反応したときの主生成物の一つ。[参照元へ戻る]


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