独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】環境応答機能薄膜研究グループ 【研究グループ長 吉村 和記】 山田 保誠 主任研究員らは、透明状態での可視光透過率が70 %を超える新しい調光ミラーを開発した。
鏡状態と透明状態を切り替えることができる調光ミラーを用いた窓ガラスは、透明な複層窓ガラスに比べると夏場に高い冷房負荷低減効果があり、鏡状態と透明状態の切り替えの繰り返し耐久性が実用に足る調光ミラー材料や安全なスイッチング方式が開発され、早期の実用化が期待されている。
今回開発した調光ミラーは、繰り返し耐久性の高いマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーの表面に適切な反射防止層をコーティングすることで、透明状態での可視光透過率を70 %以上に向上させた。これにより、道路運送車両の保安基準上、自動車のフロントガラスに要求されている透過率の条件を満たせるので、開発した調光ミラーを自動車内空間の温熱制御のために窓ガラスへ応用できる可能性が示された。
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透明基板側から見た透明状態での可視光透過率が70 %の今回開発した調光ミラー(左:鏡状態、右:透明状態) |
建築物や自動車の窓ガラスは外光の取り入れや視界の確保のため必須であるが、同時に大きな熱の出入り口となっている。そのため、外部から入ってくる光の透過率を調節(調光)できるガラス(調光ガラス)を用いれば大きな省エネルギー効果が期待される。これまでにもさまざまな種類の調光ガラスが開発され、電気的に光の透過率を調節できる調光ガラス(エレクトロクロミック調光ガラス)はすでに市販されているが、普及するためにはより低コスト化が求められている。
また、これまでのエレクトロクロミック調光ガラスは、薄膜部分が濃い青に着色して光を吸収することで調光するため薄膜部分の温度が上昇し、薄膜から熱が室内に再放射されるため、冷房負荷低減効果が損なわれるという欠点があった。一方、光を吸収するのではなく反射することで光の透過率を調節できれば、より効率的に日射の遮蔽ができる。このような透明な状態と鏡の状態がスイッチングできる調光ガラス(調光ミラー)の実用化が期待されている。
産総研では、2002年から調光ミラー用薄膜材料の研究開発に着手し、マグネシウム・ニッケル合金を用いた実サイズの調光ミラー窓ガラスを作製し、実際の建物に設置してその冷房負荷を実測し、通常の透明な複層窓ガラスと比べて30 %以上の冷房負荷低減効果があることを実証した。
しかし、この調光ミラーは、窓ガラスに応用するには鏡状態と透明状態間の切り替えの繰り返し耐久性が不十分であった。そのため、10000回以上の切り替え耐久性をもつマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーを開発した(2012年9月20日プレス発表)。ところが、この調光ミラーの透明状態での可視光透過率は、最高で約 55 %であり、南に近い方角に面した窓に用いた場合、夏場の冷房負荷の低減量より、冬場の暖房負荷の増大量が多く、年間の冷暖房負荷が増加することがわかった。さらに、自動車のフロントガラスへの応用も考え、透明状態での可視光透過率が70 %以上の調光ミラーの開発を目指した。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成20年度産業技術研究助成事業「調光ミラー複層ガラスの省エネルギー効果の評価手法の開発、及び省エネルギー効果を最大にするように光学特性を最適化した調光ミラーの作製」による支援を受けて行った。
今回、反射防止膜を用いて透明状態での可視光透過率の最大化を図った。反射防止膜として最適な透明物質の屈折率と膜厚をシミュレーションによって見積もったところ、屈折率2.1、膜厚60 nmの場合に可視光透過率が74 %に達することがわかった。屈折率2.1の材料として安価で汎用性のある酸化チタンを選択し、マグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーの表面にコーティングした。
図1にこの調光ミラーの透明状態と鏡状態の透過率スペクトルを示す。スペクトルから透明状態での可視光透過率(Tvis)と日射透過率(Tsol)はそれぞれ71.3 %、60.9 %と見積もられ、シミュレーションの結果に近い70 %以上の可視光透過率を示した。また、鏡状態でのTvis、Tsolはそれぞれ5.6 %、5.5 %と見積もられ、非常に大きな調光幅を持っていた。今回開発した調光ミラーは70 %以上の可視光透過率を示すので、夏場の冷房負荷低減だけでなく、暖房負荷まで考慮した年間の冷暖房負荷を低減できる。
鏡状態では酸化チタン反射防止膜がコーティングされた側からは濃紺色に見え(図2左)透明基板側からでは銀色の鏡が見える(図2右)。反射防止膜をコーティングしていない場合は、鏡状態での外観はどちらから見ても銀色の鏡であり(図3)、酸化チタン膜の効果で鏡状態での反射が低減されていることがわかる。反射防止膜つきの調光ミラーを、酸素を含まず水素を含んだ雰囲気にさらすと透明状態に変化し、逆に水素を含まず酸素を含んだ雰囲気にさらすとまた鏡状態に戻った(図1)。
さらに、調光ミラーを建物に利用する際、夜間など外界が暗く室内が明るい場合に鏡状態にすると、これまでの調光ミラーでは窓ガラス全面が姿見のようになり非常に違和感を覚えた(図3左)。今回開発した調光ミラーでは室内から見た場合の鏡状態での反射率が非常に減少したため、違和感を抑えることも可能となる。
また、自動車のフロントガラスには、法規上70 %以上の可視光透過率が義務づけられているが、今回開発した調光ミラーによりこの条件を満たすことができた。今後普及が期待されている電気自動車などには大きな熱源となるエンジンがないため、冬場の車内の暖房にエネルギーが必要となることが予想され、日射の利用が燃費に大きく影響する。また同様に屋外駐車場に駐車中の夏場の冷房負荷も燃費に大きく影響する。そのため、光学特性を切り替えることができる調光ミラーは冬、夏どちらでも対応でき、その実用化が自動車の燃費向上に大きく貢献できると考えられる。
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図1 今回開発した調光ミラーの透過率スペクトル |
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図2 今回開発した調光ミラーの鏡状態の外観(左:反射防止膜側から、右:透明基板側から) |
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図3 反射防止膜のない従来の調光ミラーの鏡状態の外観(左:調光膜側から、右:透明基板側から) |
調光ミラーを窓ガラスとして利用する場合、太陽光に対する耐候性の評価は必須である。今後は暴露実験を行い、近い将来、調光ミラーガラス窓を実用化しオフィスビルや自動車の窓材に用いて冷暖房負荷を大幅に低減できるよう研究開発を進める。