JST 課題達成型基礎研究の一環として、産業技術総合研究所の宮寺 哲彦 研究員らは有機薄膜太陽電池の開発において、結晶成長技術を駆使することで、吸収した光エネルギーを効率よく電荷に変換し、効率よく電荷を取り出せる理想的な構造の発電層を構築することに成功しました。
有機薄膜太陽電池では、正の電荷を運ぶドナー材料と負の電荷を運ぶアクセプター材料がランダムに混ざったバルクヘテロジャンクションと呼ばれる構造が主流となっています。ランダムに混ざった構造のため、これまで、発電層を構成する各材料の結晶構造や混ざり方を制御することが難しく、発電効率の向上の妨げになっていました。
本研究グループは、Ⅲ-Ⅴ族化合物太陽電池でよく使われる結晶成長手法を、バルクヘテロジャンクション構造の有機薄膜太陽電池の作製手法である共蒸着法に初めて適用しました。その際に、独自の工夫としてビフェニルビチオフェンと呼ばれる材料をテンプレート(鋳型)層とし、その上にドナー材料(亜鉛フタロシアニン)とアクセプター材料(フラーレン)を共蒸着させました。その結果、両材料の混ざり方や結晶性を制御することができ、電荷が効率よく流れる理想的なバルクヘテロジャンクション構造を構築できました。今回開発した方法により効率の良い電荷生成、電荷取り出しが実現され、光電変換効率が1.85%から4.15%と、約2.2倍向上することを実証しました。
今後、この手法をさまざまな有機半導体材料に適用し、有機薄膜太陽電池のさらなる高効率化を実現させることで、フレキシブルで安価な太陽電池の実用化を加速していくことができると考えられます。
本研究成果は、米国化学会発行の「ACS Applied Materials and Interfaces」に近く掲載されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名:「ヘテロエピタキシーを基盤とした高効率単結晶有機太陽電池」
研究者:宮寺 哲彦(産業技術総合研究所 太陽光発電工学研究センター 研究員)
研究期間:平成23年10月~平成27年3月
この研究領域は、化学・物理・電子工学などの幅広い分野の研究者の参画により異分野融合を促進し、次世代太陽電池の実用化につながる新たな基盤技術の構築を目標として、理論研究から実用化に向けたプロセス研究にわたる広域な研究を対象とするものです。
有機薄膜太陽電池はフレキシブルなプラスチックフィルム上に作製でき、製造コストを大幅に低減できるなどの利点から、次世代の太陽電池として注目を集め、世界中の大学・研究機関や企業などが研究にしのぎを削っています。有機薄膜太陽電池の実用化にはさらなる効率向上が必須ですが、現在の作製方法では、異なる材料をランダムに混ぜてバルクヘテロジャンクションと呼ばれる構造を構築するため、発電層の構造を制御することが難しく、効率向上の妨げになっています。太陽光を吸収して発生した正負の電荷を効率よく電極まで到達させるために、正の電荷を運ぶドナー材料と負の電荷を運ぶアクセプター材料がきれいに分離し、電極まで電荷の通り道がつながった構造(図1)の実現が望まれていました。
研究グループは、これまでⅢ-Ⅴ族化合物太陽電池で使われるヘテロエピタキシーと呼ばれる結晶の向きをそろえて結晶成長させる手法を駆使し、異なる種類の有機材料を構造制御して製膜することで、最適なバルクヘテロジャンクション構造を持つ有機薄膜太陽電池の発電層を構築する研究に取り組んできました。これまで有機薄膜太陽電池の発電層の構築で使われる共蒸着法で、ヘテロエピタキシーを実現する試みはありませんでしたが、本研究では、ビフェニルビチオフェン(BP2T)と呼ばれる材料をヘテロエピタキシーの鋳型(テンプレート)層とし、その上にドナー材料である亜鉛フタロシアニン(ZnPc)とアクセプター材料であるフラーレン(C60)を共蒸着させて理想的な構造の発電層を形成することに成功しました(図2)。
有機発電層の形成は以下のステップで行いました。
(1)BP2Tの自己組織化により高結晶性のテンプレート層を形成。
(2)ヘテロエピタキシーによってZnPcをBP2T上に成長。
(3)C60はBP2T結晶の隙間に成長。
共蒸着プロセスでは(2)と(3)が同時に行われ、その際、ドナー材料とアクセプター材料が異なる場所に成長していくことで、正負の電荷の通り道が別々に形成された理想的な構造が実現されます。また、ZnPcは高い結晶性を持っていることが確認されました。このように、ドナー材料とアクセプター材料が分離し、高い結晶性を持つ構造が構築されて、効率よく電荷が運ばれる理想的な構造が実現しています。この手法を用いて有機薄膜太陽電池を作製したところ、発電効率が2.2倍向上し、さらに素子特性のばらつきも減少しました(図3)。
このような構造を実現させる駆動力としては、自己組織化による結晶化((1)に寄与)、ヘテロエピタキシーによる結晶化((2)に寄与)、分子間相互作用の違いによる相分離構造の構築((2)、(3)に寄与)が関与しています。結晶成長技術を駆使し、共蒸着でヘテロエピタキシーを実現することによって、これまで不可能であったバルクヘテロジャンクション構造の制御を実現したことで、理想的な構造の発電層を構築し、太陽電池特性の向上に成功しました。
これまで共蒸着で構造制御をすることは困難でしたが、本手法によって構造制御が可能であることが示されたので、今後、さまざまな有機半導体材料に適用することで有機薄膜太陽電池のさらなる高効率化が期待されます。特に、これまで有機薄膜太陽電池では高分子系の材料を用いて高い効率が達成されている傾向がありますが、本研究成果により低分子系材料で発電層の構造を制御できるため、高分子系有機薄膜太陽電池を凌駕する高い性能の低分子系有機薄膜太陽電池の実現も可能であると考えられます。