国立大学法人筑波大学 数理物質系 守友浩教授、櫻井岳暁准教授、独立行政法人物質・材料研究機構 太陽光発電材料ユニット 安田剛主任研究員、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 小野寛太准教授、間瀬一彦准教授、武市泰男助教、国立大学法人広島大学 大学院理学研究科 高橋嘉夫教授、独立行政法人産業技術総合研究所 太陽光発電工学研究センター 吉田郵司研究センター付らの研究グループは、軟X線顕微鏡を用いて、有機太陽電池のナノ構造を調べ、それぞれの分子領域内で分子が混合していることを発見しました。この発見により、有機太陽電池のエネルギー変換機構が明らかになり、高効率な有機太陽電池の設計指針が得られると期待されます。
バルクヘテロジャンクション型有機太陽電池は、エネルギー変換効率が高いという特徴があります。これまで、高分子材料とフラーレンの単一分子ドメインとの間に綺麗な界面があることが、電池としての効率を高める上で重要であると考えられていました。しかし、変換効率を最適化した試料のドメイン構造を、軟X線顕微鏡という新しい手法を使って詳しく調べた結果、それぞれのドメインで分子が混ざっていることが分かりました。つまり、界面はむしろ「汚い」ほうが電池としての性能が優れる、ということが初めて分かり、これまでの常識を覆す結果が得られました。
本研究成果は、日本応用物理学会が発行する雑誌「Applied Physics Express」のオンライン版に4月16日付けで公開されます。
本研究成果の一部は、以下の事業・研究領域・研究課題等によって得られました。
① 双葉電子記念財団「有機太陽電池の電荷生成効率の決定手法の開発」 守友 浩
② 独立行政法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「太陽光と光電変換機能」研究領域(早瀬修二 研究総括):「放射光による有機薄膜太陽電池のエネルギー損失解析」 櫻井 岳暁
有機太陽電池は、従来、有機電子供与体(有機p型半導体)と有機電子受容体(有機n型半導体)を層状に接合した構造(p-nヘテロ接合)が用いられていましたが、近年、これら2つの材料を混合して作製するバルクヘテロジャンクション型のものが開発され、エネルギー変換効率の高さから、次世代太陽電池として期待されています。このタイプの太陽電池が高いエネルギー変換効率を示す理由としては、電子供与体である高分子材料と電子受容体であるフラーレンとのナノドメインが接合することにより、大きな接合面を持つためと考えられていました。しかしながら、実際に各分子領域内の構造を調べた報告例は極めて少なく、特に、熱処理条件を変えてエネルギー変換効率を最適化した混合膜において、接合状態などの詳細は明らかにされていませんでした。
そこで本研究グループは、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーの軟X線顕微鏡という新しい手法を用いて、変換効率を最適化した試料のドメイン構造を調べました。その結果、それぞれのドメインで分子が混ざっていることが明らかとなりました(図1)。つまり、むしろ界面は「汚い」ほうが電池としての性能が優れる、ということが初めて分かりました。
|
図1 従来考えられていた接合状態(左)と本研究結果でわかった分子混合による構造(右) |
周期的なナノ分子領域が形成されやすい組み合わせとして、電子供与体である高分子には液晶性共役高分子であるF8T2、電子受容体にはフラーレンPC71BMを用いて混合分子膜を作成し、軟X線顕微鏡観察を行いました。
図2に軟X線領域における、F8T2とPC71BMの吸収スペクトルを示します。この吸収スペクトルは、有機化合物を構成する主要元素である炭素原子によるものです。この図の通り、二つの分子のスペクトルは大きく異なることから、構造も異なることが分かります。
|
図2 軟X線領域におけるF8T2とPC71BMの吸収スペクトル |
測定には、240度の高温で熱処理を行った混合膜(A膜)と、80度の低温で熱処理を行った混合膜(B膜)を用いました。A膜は、純粋な高分子領域と純粋なフラーレン領域とに完全相分離を起こしており、エネルギー変換効率は0.81%です。B膜は、相分離が見られず、F8T2/PC71BM混合膜中で最も高いエネルギー変換効率(2.28%)を示します。まず、A膜の吸収強度のイメージを測定しました(図3)。軟X線のエネルギーは、図2のa,b,c,dの位置に合わせました。例えば、フラーレンの吸収ピーク(b)に合わせてイメージを測定すると、図3(b)のように白と黒の明確なコントラスト(相分離)が観測されます。白い部分がフラーレン領域、黒が高分子領域に対応します。
|
図3 A膜の軟X線吸収強度イメージ |
次に、最も高いエネルギー変換効率を示すB膜の吸収強度のイメージを測定しました(図4)。同様にフラーレンの吸収ピークに合わせてイメージを測定すると、相分離が小さくやや不明瞭ですが、図4(b)のように白と黒のコントラストが観測されます。
|
図4 B膜の軟X線吸収強度イメージ |
次に、白い領域と黒い領域の吸収スペクトルを詳細に調べました。図5に白い領域のスペクトルの一例(白丸)を示します。このスペクトルは、F8T2とPC71BM、いずれの吸収スペクトルにも一致しませんでした。しかしながら、PC71BMの吸収スペクトルを0.66、F8T2の吸収スペクトルを0.23の割合(体積比)で足し合わせる(黒線)と、白い領域の吸収スペクトルと良い一致を示しました。従来、高分子領域とフラーレン領域は純粋な成分のドメイン同士が接合しているとこの結果より、それぞれの成分の密度を考慮して計算すると、フラーレン領域では29重量%の高分子が混合していることが分かりました(図5)。黒い領域で同様な解析を行ったところ、高分子領域では33重量%のフラーレンが混入していることが分かりました。
|
図5 フラーレン分子領域での軟X線吸収スペクトル |
本研究により、バルクヘテロジャンクション型有機太陽電池のエネルギー変換効率には、分子混合が重要な役割を担っていることが明らかになりました。さらに、軟X線顕微鏡の偏光依存性を調べることにより、高分子領域とフラーレン分子領域との界面における分子配向が明らかにできると考えられます。研究グループでは、有機太陽電池のエネルギー変換機構を解明し、高効率有機太陽電池の開発に貢献していきます。